【挿話】第三回騎士団長秘密会議 前
「だから、オレは言ったんだ!」
高級娯楽室にデズモンド第二騎士団長の大きな声が響いた。
同じ部屋で酒を飲んでいた王都在住の騎士団長たちは、無言でデズモンドを見つめる。
皆の視線は感じているだろうに、デズモンドはそれら全てを無視すると、涼やかな表情をしている第一騎士団長に向かって激した言葉を続けた。
「フィーアは絶対にコントロールできないハリケーンだと! それから、お前の想像もしていない結末を引き起こすと! お前はどこまでも常識的な考えをするから、あいつがどんなハチャメチャなことをやらかすか予想できるはずがないんだ! それなのに、なんであの天災を野に放っちまったんだ!?」
「いやいや、デズモンド、野に放つくらいならまだいいが、放たれた先は筆頭聖女選定会だ。ここ30年で最も重要なイベントだ。だからこそ、被害がこれほど甚大になったんだ」
ザカリー第六騎士団長が至極当然な言葉を差し挟むと、無言で酒を飲んでいた騎士―――シリル第一騎士団長は感情を読ませぬ表情を浮かべた。
「あなた方はフィーアが筆頭聖女選定会に参加していると決めてかかっているようですが、彼女は騎士ですよ」
白を切り通そうとするシリルを前に、デズモンドはかっとした様子で声を荒げた。
「シリル、お前はまだそんな誤魔化しが通用すると思っているのか!? オレたちは選定会の開会式で、件の聖女を目にしたんだぞ! そして、今回、第一次審査の結果が出たが、規格外の高ポイントを叩き出したフィーア・ルードという聖女がいる! こんな馬鹿げた数字、オレらが知っているフィーア以外の誰が出すっていうんだよ!!」
デズモンドは憲兵司令官という立場上、誰よりも早く選定会の結果を入手していた。
常識的に考えたら持ち出し禁止の極秘情報だが、彼は重要情報の扱い方も、この場にいる騎士団長たちの口の堅さも正しく理解していたため、躊躇うことなくデータを開示する。
「見てみろ、このポイントを!」
デズモンドは手に持っていた数枚の紙を、第一騎士団長に突き付けた。
そこにははっきりと、第一次審査に参加した聖女の名前と獲得したポイントが記されていた。
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◇筆頭聖女選定会 第一次審査 結果◇
1位 フィーア・ルード 242ポイント
2位 プリシラ・オルコット 225ポイント
3位 アナ 132ポイント
4位 メロディ 126ポイント
5位 ケイティ 125ポイント
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シリルは筆頭聖女選定会の管理責任者に任命されている。
そのため、デズモンドが示した情報は既知のものだったろうに、改めて目にしたことで思うことがあったのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……今回、聖女の全員が高得点を得ています。前回の筆頭聖女選定会の最高点と今回の最低点が同じですから」
デズモンドが示した順位表には、前回のデータは含まれていなかったが、シリルの驚異の記憶力により、前回データとの比較が行われたようだ。
デズモンドは順位表をテーブルの上に投げ出すと、激高した声を上げる。
「ああ、そうだな! それもこれも全部フィーアのせいだろう!! オレは言ったじゃないか。フィーアに聖石を持たせるのは、鬼にぴかぴかの金の棒を与えるようなものだと!!」
確かに言ったな。
そして、そのことはこの場にいる騎士団長の全員が聞いていた。
騎士団長たちが酒の入ったグラスを片手に、シリルとデズモンドの会話を見守っていると、デズモンドが威嚇するように顎を上げてシリルを見下ろした。
しかし、睨み合うだけでどちらも口を開こうとしなかったので、ザカリーがとりなすような言葉を差し挟む。
「シリル、お前が立場上認められないって言うのなら、その聖女を『フィーアもどき』と表現してもいい。で、そのフィーアもどきは何で選定会に出て、これほど好き勝手に暴れているんだ?」
ザカリーがその場の騎士団長たちを代表して質問すると、シリルは観念したように目を瞑った。
「……私とセルリアンが望んだのです」
「何をだよ! 選定会に参加して、大事な会をぶち壊すことをか? はっ、確かにセルリアンは聖女が大嫌いだから、そうなったら高笑いしそうだな!!」
デズモンドの揶揄するような声を聞いたシリルは、苦悩する様子で唇を噛み締める。
「私は聖女様を尊敬しています。しかし、王太后が掲げる聖女像にはどうしても賛同できないのです」
10年前に起こった出来事をうっすらと把握している騎士団長たちは、シリルの心情が理解できたため、はっとしたように息を呑んだ。
それから、難しい顔で頷く。
シリルが王太后を排除したいと考えても仕方がない、と思ったからだ。
「筆頭聖女の考えは、全ての聖女様に影響を与えます。そのため、王太后の子飼いであるローズ聖女が新たな筆頭聖女として選ばれることを、私は望みません」
シリルの説明は理路整然として分かりやすかったため、やはり騎士団長たちは無言で頷く。
「ですから、私はフィーアにお願いしたのです。3回の審査のうち1回でいいので、聖石を使ってローズ聖女を上回ってほしいと。ローズ聖女は勝つことしか知らないはずなので、一度でも敗北したら動揺し、普段通りの力が出せなくなるのではないかと期待したのです」
シリルにしては非常にまどろっこしく中途半端な手を取るな、と騎士団長たちは考えた。
有能なる第一騎士団長であれば、もっと簡単な方法や、もっと完全にローズ聖女を排除する方法を持っているだろうに、直接手を下したとは言えないような間接的な方法を選んでいる。
恐らく、これが聖女を敬愛するシリルが、筆頭聖女選定会に介入する限界なのだろう。
あるいは、聖女に対して真っ向勝負しか挑もうとしないサヴィス総長のやり方なのだろう、と騎士団長たちは考えた。
しかし、そんなまどろっこしい方法を取りながらも、今回、シリルにとって好ましい結果が出たのではないか、と騎士団長たちはテーブルの上に投げ出された書類を見ながら考える。
そんな騎士団長たちを見つめながら、シリルが話を締めくくった。
「この件に関して、私には公正な視点も冷静な観点も欠けています。そのことは自覚していたため、実行するかどうかの判断はフィーアに委ねました。彼女はただ、選定会を見学するくらいの気持ちで参加したのだと思います」
しんみりしていた騎士団長たちだったが、最後の一言を聞いたことで顔を引きつらせる。
「……シリル!」
案の定、一番に我慢できなくなったデズモンドが非難の声を上げた。
「お前は、まだ学習していないのか! フィーアが選定会を見学するくらいの気持ちでいるから、お遊びの結果で収まると本気で考えているのか?」
デズモンドはシリルの答えを待つ時間すら我慢できないようで、激した言葉を続ける。
「いいか、フィーアに限っては予定調和という言葉は存在しない! あいつには物事を穏やかに収めることはできないんだ!!」
ザカリーがその通りだとばかりに大きく頷く。
「デズモンドの言う通りだな。フィーアは何だって好き勝手にやる。通常であれば、能力の限界があるから、好き勝手にやったとしても常識の範囲内の結果で収まるが、フィーアはなぜか限界を突破しちまう。だからこそ、厄介なんだよな」
「……言葉もありません」
シリルは下手な言い訳をすることなく、恥じ入るように俯くと、全ての非難の言葉を受け入れた。
第一次審査のみとはいえ、常識外れの結果が出たため、何を言っても無駄だとシリルは悟ったのだろう。
こういうところがシリルの憎めないところなんだよな、と騎士団長たちが思っていると、シリルが俯いたままぽつりと呟いた。
「正直に言って、私がほしかった結果は出ました。ここからローズ聖女が逆転することはまず不可能です」
その通りだ。
先ほど順位表をちらりと見たが、ローズ聖女は下から数えた方が早かった。
多分、フィーアのことだから、頼まれたことを遂行しようと考えたのではなく、好き勝手にやった結果、シリルの望む通りになったのだろうが、それでもシリルにとって好ましい結果を呼び込んだことは事実だ。
フィーアはものすごいな。
その場にいる全ての騎士団長が感心する。
ただし、王太后はこの結果を許容できないだろう。
だから、これから自分たちはフィーアの後始末をやらされ、大変な目に遭うのだろうな、と騎士団長たちはげんなりした。
しかしながら、一方では、シリルの過去を知っているため、彼の望み通りの結果になったことを素直に喜ぶ。
そんな中、シリルが心の底からといったため息をついた。
「ですから、フィーアにはもはや選定会を後にしてもらっても問題ありません。しかし、肝心のフィーアが選定会が楽しくなってきたようで、これっぽっちも抜ける気配が見えないのです。第二次審査はフィーアにとって厳しいものになるでしょうから、恥をかく前に途中退場してほしいのですが」
「あああ……」
そうだった、フィーアが参加している選定会はまだ継続中なのだった。
そのことを思い出し、騎士団長たちは頭を抱えたのだった。








