228 筆頭聖女選定会 一次審査19
プリシラの言葉を聞いた私は、呆れながら頭を左右に振った。
まあ、プリシラったら、結婚ってものを分かっていないわね。
同じ屋根の下で一緒に暮らすことになるのだから、相手が誰になるかでものすごく変わってくるわよ。
「プリシラったら、結婚相手が誰でも同じなわけがないじゃない! サヴィス総長か、シリル団長か、デズモンド団長かで、ものすごく変わってくるわよ」
それこそ選択を間違えたら、天国が地獄に変わるわよ。
たとえば、結婚相手として一番よさそうなのは……うーん、サヴィス総長かしら。
相手が何をしても文句を言わずに、好きにさせてくれそうだもの。
一方のシリル団長は、隙あらば説教をしてきそうだから、規則正しい生活をしなければならなくなりそうね。
休みの日に一日中夜着のまま過ごしたり、ベッドの上で寝ころびながらお菓子を食べたり、といったことができなくなりそうだわ。
そして、デズモンド団長は常に文句を言ってそうだから、一緒に暮らすこと自体が大変そうね。
いや、でも、デズモンド団長は残業ばかりしているから、滅多に家に帰ってこないのかしら。
そうだとしたら、デズモンド団長との生活が一番快適かもしれないわね。
「うーん、私が思うに、女性嫌いで仕事中毒の騎士が、結婚相手としては最高じゃないかしら?」
「……フィーアの趣味って変わっているのね」
「いや、私の趣味の話ではなく、プリシラの結婚相手の話よ」
私は笑顔でプリシラを見つめると、ポケットに手を入れて、小さな瓶を取り出した。
「はい、プリシラ。とりあえず、この魔力回復薬を飲んでみて。即効性だから、すぐに効くわよ」
「……フィーアのすぐってどのくらいなの?」
用心したような表情で尋ねられたので、心配することはないわと笑顔で答える。
「そうねえ、その薬を飲み終わって2秒後くらいかしら」
「本当にすぐじゃないの!」
そう言っているじゃない。
プリシラが恐る恐る魔力回復薬を口にするのを見ながら、私は首を傾げた。
「でも、ローズ聖女が帰っちゃったから、今日はもう少しだけ治したら終わりにしましょうか?」
ローズ聖女は中等症者の病室で、アナと患者を取り合っていた。
つまり、ローズは治療相手にこだわるタイプみたいだから、彼女に選択の余地があるよう、患者を多めに残しておいた方がよさそうだ。
そう思ってプリシラに提案すると、彼女は珍しく冗談を言ってきた。
「何ならこのまま帰ってもいいわよ」
「またまた、プリシラったら」
治癒するのは難しいと分かっていながら、モーリスを選んだプリシラが、魔力が全回復した状態で、患者を残して病院から帰るわけがないじゃない。
私の魔力を通しておかしくなったという右腕も、ほとんど元に戻っているようだし、回復魔法を使うのに何の問題もないわ。
「患者も残り少なくなってきたから、明日くらいで治療し終わるかもしれないわね」
ぽつりと零すと、プリシラはぎょっとした様子で目を見開く。
「フィーア、重症者の病室はモーリスが出ていっただけよ! 明日一日でどうにかできるようなものじゃないわ」
「でも、選定会には12人の聖女が参加しているでしょう? 軽症者と中等症者の患者はほとんど残っていないから、患者の数が聖女の数を下回るんじゃないかしら。どうやら患者の補充もされないみたいだし」
当然の見解を示すと、プリシラは何を言っているのかしらとばかりに顔をしかめた。
「重症者はそもそも、完治させることができない患者なのよ! モーリスを治したことが例外中の例外なんだから」
プリシラは興奮した様子で大きな声を出すと、説得するかのように説明を始める。
「フィーア、教会に所属する聖女には元々、回復魔法を使う際には中三日空けるというルールがあるわ。多分、初日と最終日の2回しか聖女は患者を治癒しないと、事務方は想定していたんじゃないかしら」
「それなのに、聖女たちは毎日治癒しているから、患者が足りなくなったってわけね」
なるほどと思いながら、プリシラの言葉に納得していると、彼女はそうではないと首を横に振った。
「そうじゃないわ。毎日連続で治癒するのはすごいことだけど、それでも患者が不足することはないわ。さっきも言ったけど、重症者は治せるような相手じゃないんだから!」
「でも、目の前に患者がいるのに、治さないわけにはいかないでしょう?」
第一次審査は5日間かけて行われる。
そして、今日は3日目だから、全ての患者を治癒するために残されているのはあと2日しかない。
最終日を予備日と考えたら、やっぱり明日、全員を治してしまった方がいいんじゃないかしら。
そう考えながら、首にかけているネックレスを指先で撫でる。
そろそろ聖石のネックレスを外したいと思っていたから、ちょうどいいわ。
「フィーア、あなた今、すごく悪いことを考えているでしょう」
プリシラからそう尋ねられたけど、ネックレスを外そうと考えることは悪いことではないわよね。
「いいえ、ただ、プリシラは教会でナンバー1の聖女だったわねと考えていたの。あなたの言うことなら、他の聖女たちも受け入れるんじゃないかしら」
「……それは無理よ。私に人望があるわけじゃないから」
「でも、回復魔法の腕前は認められているのでしょう? 明日は皆にこの綺麗な石を使った治癒法を教えてもらえないかしら」
「その石って、さっきモーリスの時に使ったやつよね。フィーアのものすごい魔力に意識を取られて忘れていたけど、その石も魔力を放出していたから、何だったのかしらと気になっていたのよ。その石は何?」
私は邪気のない笑みを浮かべた。
「うふふ、やってみた方が早いから、ちょっと使い方を練習してみましょうか」
プリシラは用心深い表情をしたけど、好奇心が強いタイプのようで、すぐに手を伸ばしてくると、恐る恐ると言った様子で聖石を手に取る。
「この綺麗な石はね、魔法に勢いを付けてくれる優れものなのよ!」
私は聖石の有用性をアピールすると、プリシラとともに聖石を効果的に使用する練習を開始したのだった。
その後、2人で重症者を治癒したのだけど、一人を治癒し終わったところで、プリシラが「もう限界よ!」と叫びながら、病院の入り口に向かって走り出した。
プリシラは限界だと叫んだけれど、走るスピードは速いし、とっても元気に見える。
そう思ったものの、プリシラが振り返りながらきっと睨んできたので、空気を読んで口を噤んだ。
2人で王城に戻り、用意された部屋に戻ろうとしたところで、今日はまだ『大聖女の薔薇』に魔力を流していないことを思い出す。
そのため、私はプリシラと別れて薔薇園に向かった。
けれど、薔薇園に到着したところで、警備中の騎士たちが緊張していることに気が付いた。
これはもしやと思ったら、案の定、薔薇の木の間によく見知った姿を見つける。
「サヴィス総長!」
まあ、薔薇園で一体何をしているのかしら。
驚いて走り寄ると、サヴィス総長は淡々とした声を出した。
「フィーア、お前を待っていた」
「えっ!」
王城で一番忙しい総長が、いつ来るかもしれない私を薔薇園で待っていたですって?
それはつまり、サヴィス総長は私に用事があるということね。
私は言いつけられたことをちゃんとやっているわよね。怒られることなんてしていないわよね。
ぐるぐると頭の中で最近の出来事を反芻し、怒られることは何もないと結論を出す。
安心した私は、にこやかな笑みを浮かべると、総長と向かい合ったのだった。









