226 筆頭聖女選定会 一次審査17
「ローズ聖女、実のところ、私は先ほどプリシラと一緒に欠損部位を治したから、重症者を治癒するこつを掴んだの」
まずはローズの興味を引くことが大事よね、と敢えて自信満々な態度で発言すると、側で聞いていたアナが鼻の頭に皺を寄せた。
「つい先ほどフィーアは、『プリシラがあっという間に欠損部位を再生させてしまったから、学ぶ時間がなかった』と言っていたんじゃなかったかしら?」
細かいわね。
「さっきはそうだったけど、時間が経ったら色々と身に付いてきたみたい」
笑みを浮かべてローズを見ると、彼女は未だ衝撃から立ち直っていない様子で、私の言葉もよく聞こえていないようだ。
そう言えば、シリル団長が言っていたわね。
『3回の審査のうちの1回でいいので、聖石を使ってローズ聖女を上回ってほしいと考えています。王太后のもとで育ってきたのであれば、どのような勝負の場でも、ご自分が負けるとは考えないタイプに成長しているはずです。そのため、1度でも敗北した場合、その事実にローズ聖女が動揺して、普段通りの力が出せなくなるのではないかと期待しています』
うーん、ローズの前で回復魔法を使ってもいないのに、彼女はプリシラの話を聞いただけで動揺し、一人では立っていられないほどの状態になってしまったのかしら。
こんなにすぐ動揺するようじゃ、森や山で想定外の強い魔物に出遭ったりしたら、大変なことになるわよ。
いえ、今世で聖女は戦闘に参加しないから、そもそもこんな仮定は成り立たないのかしら。
私は自力で立っていられない様子のローズに、少し休憩することを提案する。
「ローズ聖女、体調が悪そうだから少し休んだらどうかしら? それで、元気になったら一緒に患者を治癒しましょう。私はアナたちの様子を見た後、もう一度プリシラと一緒に患者を治癒する予定だから、その時に誘いに来るわね」
「「「も、もう一度プリシラ聖女と患者を治癒するの!?」」」
驚きの声を上げるアナたちに頷くと、私は廊下で警備している騎士を呼んできてくれるようお願いした。
即座に入室してきたのはカーティス団長で、団長は私がローズを抱えている姿を見ると、無言で近寄ってきて彼女を支える。
「カーティス、ローズ聖女は気分がすぐれないみたいだから、控室に連れていって休ませてあげてくれない?」
カーティス団長は表情を変えることなく、淡々とした声を出した。
「……私は無骨な騎士ですので、一人では何か無調法があるかもしれません。お手数ですが、ご一緒に付いてきてもらえますか?」
「え」
素直に付いていったら、お説教されるんじゃないかしら。
何も悪いことをした覚えはないけど、カーティス団長が私に同行を求める時は、言いたいことがある時なのよね。
逃げ道を探して周りを見回すと、廊下に立っているシリル団長と目が合う。
あ、このままこの場に残ったら、シリル団長にお説教されるパターンだわ。
お説教相手として、カーティス団長がいいか、シリル団長がいいか……
「カーティス、もちろん付いていくわ!」
ううう、カーティス団長にお説教されるのは嫌だけど、シリル団長にお説教されるのはもっと嫌よね。
そんな風に正しい答えを導き出した私は、しぶしぶカーティス団長に付いていったのだった。
ローズを控室のベッドに寝かせた後、隙を見て逃げ出そうとしたけれど、さすが相手は騎士団長だけあって、気付いた時には、隣の控室にカーティス団長と2人で閉じ込められていた。
「あ、あら、カーティス、選定会に参加中の聖女が、騎士とともに個室に閉じ籠っていいものかしら? 不正を疑われたらどうするの?」
「…………」
冗談混じりに言ってみたけど、真顔で見つめられる。
まずいわね。冗談を受け入れる余地がないほど、生真面目モードだわ。
「フィー様……」
カーティス団長が何か言いかけたので、皆まで言わせず言葉を発する。
「聖石よ! 聖石を使って治癒したの!! 嘘だと思うならプリシラに聞いてみてちょうだい。欠損を治す時、ちゃんと彼女に聖石を握らせたから!!」
カーティス団長はものすごく優秀だ。
重症患者の病室であれほど騒いだのだから、モーリスを治癒したことは団長に知られているわよね、と早々に言い訳を始める。
カーティス団長は黙って聞いていたけれど、私の言い訳の言葉が尽きてしまうと、苦悩した様子で質問してきた。
「……フィー様は選定会で何をされたいのですか?」
「えっ」
ストレートに質問されたためドキリとしたけれど、正直な気持ちを言葉にする。
「そうね、第一次審査では患者を全員治したいわ。それから、聖女たちの魔法が上達してほしいわね」
カーティス団長は驚いた様子で目を見開いた。
「そんなことを考えていたのですか?」
「えっ、ええ」
「フィー様が選定会に参加したのは、シリルたちに頼まれたからではありますが、一方では現在の聖女たちの魔法を見たいのだろう、と推測していました。現在の聖女たちの実力を確認したいだけなのだと。しかし、そうでした。あなた様はどこまでも聖女でしたね……」
カーティス団長の声に咎める響きがなかったため、私は恐る恐る頷く。
それから、選定会で目にしたアナやメロディ、ケイティ、プリシラといった多くの聖女たちの魔法を思い浮かべながら答えた。
「選定会で、多くの聖女が魔法を使う場面を目にしたわ。皆、能力は高いのに、能力に見合った治癒が行えていないの。そして、患者を治せなくて当然だと考えているの。おかしいわよね」
「…………」
黙り込んだカーティス団長は、300年前の聖女たちのことを思い出しているのだろうか。
プライドを持って患者と向き合い、確実に怪我や病気を治していた聖女たちの姿を。
あるいは、人々から感謝され、慕われ、微笑んでいた聖女たちの姿を。
「たった300年よ。その間に、聖女はこんなに歪められてしまったわ。これは聖女たちのあるべき姿ではないから、私は彼女たちに正しい魔法を返してあげたいの」
私の言葉を聞いたカーティス団長は顔を歪めた。
「それは……あなた様がするべきことでしょうか」
「ええ、私の役割だわ」
300年前、私は大聖女として誰よりも多くの人々を治したし、優れた魔法を行使していた。
それらの魔法が正しく伝えられていたら、聖女たちは今とは異なる姿になっていたはずだ。
だから、これは私の役割だ。
私が彼女たちに正しい魔法を取り戻してあげるべきだろう。
カーティス団長は苦悩した様子で黙り込んだけれど、途切れ途切れの声で質問してきた。
「フィー様は……聖女を歪めた者を罰したい、とは思わないのですか?」
思ってもみないことを聞かれ、私はきょとりとして目を丸くする。
「ええ、思わないわ。そんな時間があるなら、聖女たちに魔法を教えたいもの」
至極当然の答えを返すと、カーティス団長が泣きそうな表情で唇を噛み締めた。
どうしてそんな表情をするのか分からなかったけれど、そんな団長を見たくないと思い、別の角度から話をする。
「それにね、結果として聖女は歪められてしまったけれど、元々、そうなることを意図されていたかは分からないわ。もしかしたら聖女を崇め奉りたいと思って行動したのに、上手くいかずに、聖女が歪んでしまったのかもしれないでしょ」
「……あなた様は、本当にお優しいですね」
「えっ?」
お説教される流れだったのに、なぜか褒められているわよ。
とてもいいことだけど、とぱちぱちと瞬きをしていると、俯いたカーティス団長がくぐもった声を出した。
「フィー様、300年前には、全ての聖女の中心にあなた様がいました。いつだって無条件に人々を治癒し、そのことを純粋に喜ばれるあなた様が、全ての聖女の手本になっていたのです」
突然、カーティス団長が300年前の話を始めた理由は分からなかったけれど、ここは遮る場面ではないと思ったため、黙って彼の言葉を聞く。
「ですが、もはや聖女たちの中心に大聖女様はいません。ですから……今の聖女は誰もが献身的に、人々を治すことだけを考えているわけではないのです」
「どういうことかしら?」
カーティス団長の言いたいことが分からずに聞き返すと、団長は分かりやすい言葉に言い換えてくれた。
「聖女の中には、患者を治癒することよりも、自分の立場やプライドを守ることを優先する者がいるということです」
「そうなのね」
分かったわと頷いたけれど、カーティス団長は私が理解していないと思ったようで、苦しそうに顔を歪める。
「私の言葉を理解したように頷かれましたが、きっとあなた様には理解できないでしょうね。そして、できれば一生涯、フィー様はそのような聖女を知らずに過ごしてくださればと思います」
つまり、どこかに望ましくない聖女がいるから、カーティス団長は私にその聖女と関わらないでほしいと思っているのね。
「カーティスは私に美しいものばかりを見せようとするのね。でも、私はそこにあるもの全てを見たいの」
そこにあるものを正しく見つめることができたら、私にできることが分かるはずだから。
「フィー様……」
苦し気なカーティス団長を見て、私はなぜかふと300年前の兄たちを思い出した。
私を殺そうと考えた兄たちを。
……そうね。どうしても分かり合えない相手はいるのだ。
あの悪意がどうやって生まれたか、私は分かっていないから、もしかしたらまた、私の知らないうちに悪意が生まれるかもしれないと、カーティス団長は心配しているのかしら。
どこかに―――聖女たちの中に、悪意の種があるかもしれないと?
それでも。
私が正しく行動すれば、その種は芽吹かないかもしれないわ。
「300年前、私は志半ばで倒れ、聖女たちに私の魔法を伝えることができなかったわ。だから、今それをやりたいの」
私の言葉を聞いたカーティス団長は、ぐっと唇を噛み締めた。









