219 筆頭聖女選定会 一次審査10
「え、プリシラ聖女がモーリスの担当になったの?」
扉横のボードを見上げると、確かにモーリスの名前の隣にプリシラの名前が書いてあった。
「まあ、最も治癒難易度が高いモーリスを選ぶなんて、さすがプリシラ聖女ね!」
感心した声を上げると、隣でアナが首を傾げた。
「それはどうかしら。さすがのプリシラ聖女でも、欠損はどうにもできないはずよ」
「えっ?」
治癒できる自信があるから、モーリスを選んだのじゃないのかしら?
そう考える私の前で、メロディとケイティがアナに同意する。
「プリシラ聖女ともあろう人が、完全に血迷ったわね! 古い欠損なんて、どれだけ魔力を注いでも効果が表れるはずないから、優勝の目はなくなったんじゃないかしら」
「現行の筆頭聖女が隠し玉を出してきたから、何が何でも優勝するようにと、プリシラ聖女は大聖堂からプレッシャーを受けているはずよ。それなのに、こんな風に勝負を投げ出すなんて、一体何を考えているのかしら」
私たちが騒いでいたからか、他の聖女たちも寄ってきて、ボードに書かれたプリシラの名前を指さしては驚愕した様子を見せる。
けれど、集まってきた聖女の中にプリシラとローズはいなかったため、2人はまだ来ていないのかしらと周りを見回した。
「フィーア、誰か探しているの?」
アナから質問されたので、正直に答える。
「ええ、プリシラ聖女とローズ聖女はまだ来ていないみたいね」
きょろきょろと病院内を見回しながら答えると、アナとメロディがおかしそうな笑い声を上げた。
「ふふふ、フィーアったら、2人が病院に来る前提で話をしているのね! 私たちは皆、昨日魔法を使ったから、普通に考えたら今日は誰も来ないはずよ」
「ええ、聖女は魔法を使った後に魔力不足に陥るから、3日間は魔法を使わないの。魔力回復薬を飲んだとしても、丸一日かけて半分の魔力しか回復しないわ。全力で魔法を行使した翌日も試験会場に来る聖女なんて、通常はいないわよ」
「でも、聖女たちは皆、赤い魔力回復薬を飲んだでしょう?」
晩餐室に置いていた全ての瓶が空っぽになっていたことを思い出しながら答える。
それに、私たちの周りには今日もたくさんの聖女がいるわ、と聖女たちを目で追っていると、アナがおかしそうにぐるりと目を回した。
「その通り! だからこそ異例にも、審査二日目の今日も試験会場は多くの聖女でにぎわっているわ。これは驚くべきことよ! フィーアが選定会の常識を変えたから、今頃は事務局の全員が慌てふためいているんじゃないかしら。ただ、フィーアが探している2人は、私たちと能力も意識の高さも違うのよね。プリシラ聖女とローズ聖女であれば、昨晩、教会特製の魔力回復薬を飲んだんじゃないかしら。そうであれば、きっと痛みにのたうち回っているはずよ」
「えっ!」
思ってもみないことを言われ、目が丸くなる。
そんな私に対して、ケイティが肩を竦めた。
「ちっとも驚くべきことじゃあないわ。あの2人だったら、痛みに耐えてでも筆頭聖女になりたいと思うはずだもの」
「そうなのね」
痛みに耐えてでも患者を治そうとする志の高さは敬うべきね。
と考えたところで、噂をすれば影でプリシラ本人が現れた。
彼女は気分が悪いのか真っ青な顔をしており、ふらふらしていてまっすぐ歩けない様子だ。
アナが顔をしかめながら囁いてくる。
「ほら、やっぱりプリシラ聖女は教会伝統の透明な魔力回復薬を飲んだみたいね。息も絶え絶えじゃないの」
本来であれば、薬を飲むと体調がよくなるはずなのに、薬を飲んだことで息も絶え絶えというのはいかがなものかしら、と思いながらアナに言い返す。
「それだけでなく、王家秘伝の魔力回復薬も飲んだみたいね。プリシラ聖女の魔力が完全に回復しているわ」
「何で分かるの?」
不思議そうに聞いてきたアナに、当然の答えを返す。
「見れば分かるわよね」
「……分からないわ。詳しい説明を求めたいところだけど、聞いても昨日みたいに『ずどん』と言われて終わるんでしょうね。いいわ、私は愚行を繰り返さない、時間を無駄にしない聖女だから。ええと、それで何だったかしら? そうそう、プリシラ聖女が王家特製の魔力回復薬を飲んだって話ね。ふうん、プリシラ聖女が『やせ薬』のうたい文句に魅かれたのなら、意外と俗っぽいところがあるのかしら」
人間らしいところもあるじゃないの、と続けるアナに、私は首を傾げる。
「プリシラ聖女は魔力が完全回復しているのよね。どうして自分の不調を治さないのかしら?」
体調不良を治すのに大した魔力は使わないし、体調が万全になった方がいいパフォーマンスを発揮できると思うんだけど。
「フィーアの言うことはごもっともなのだけど、プリシラ聖女はあの不味い魔力回復薬を飲んで、激痛に耐えて、魔力を回復させたつもりになっているんでしょう。もったいなくて魔力を使う気になれないんじゃないの?」
それはあり得る話だけど……
「プリシラ聖女は自分にかける魔力を惜しんでいるのかもしれないわね。多分、プリシラ聖女は自分のことを差し置いて、モーリスを治したいと思っているんじゃないかしら」
アナは呆れたように両手を広げた。
「それほど筆頭聖女になりたいってこと? だとしたら、やっぱり患者を選び間違えたわね!」
プリシラは自他ともに認める大聖堂ナンバー1の聖女だ。
そんなプリシラは患者の治癒経験も多いはずで、治癒する相手を選び間違えるとは思えない。
だから、あえてモーリスを選んだはずなのよね、と思いながら見ていると、プリシラはふらふらしながら重症者の病室に入っていった。
プリシラはそのまま頼りない足取りでモーリスのベッドに近付いていったけれど、激痛が走ったのか、苦しそうな表情でつんのめる。
そのため、モーリスは慌てて両腕を伸ばすと、プリシラを抱きとめた。
「おい、大丈夫か?」
数秒ほど、プリシラは声を出すのもままならない様子で唇を噛み締めていたけれど、少し痛みが薄れたのか、勢いよく上半身を起こした。
「も、もちろんよ!」
気丈に言い返すプリシラに、モーリスは顔をしかめる。
「いや、絶対に大丈夫じゃねえだろ! 何だその顔色は。湖のように真っ青じゃないか」
「う、うるさいわね! そんなことより治しに来たわ」
「は? 君は昨日、魔法を行使したばっかりじゃないか! あと3日は回復魔法を使用できないんじゃないのか? それに、オレより病人みたいな聖女様に治してもらうことなんてできねえよ」
至極まっとうなことを言うモーリスに、なぜだかプリシラは慌てた様子を見せる。
「なっ、何を言っているの! あなたは患者なんだから、そんな我儘が通るわけがないでしょう! それに、私を誰だと思っているの! 大聖堂で最も優れている聖女なのよ。ちょっとくらい顔色が悪くたって、何てことはないわ」
「……そうは思えないが」
モーリスが聖女についてプリシラ以上に詳しいはずもないので、彼は自信満々に言い返すプリシラに反論できない様子だ。
そんなモーリスを見たプリシラは、形勢逆転とばかりに強気になった。
「いいから、おとなしく治療されなさい!!」
そう言うと、プリシラは背筋を伸ばし、ゆっくりと息を吸って吐いた。
それを何度か繰り返すことで、彼女の表情が落ち着いてくる。
けれど、背中部分は汗で張り付いており、額からも汗が流れ落ちているので、体調が悪いことは間違いないだろう。
なのに、集中することで痛みを誤魔化し、回復魔法をかけようとしているのだ。
「まあ、やっぱりプリシラ聖女は立派な聖女だわ。激痛に耐えて患者を治そうとしているもの」
私の言葉を拾ったアナが鼻に皺を寄せる。
「それはどうかしら。プリシラ聖女は選定会の優勝を捨ててまであの患者を治そうとしているのよ。だから、よっぽどの理由があるんじゃないかしら。たとえば……モーリスの実家は大金持ちで、彼を治してもらうために、家族が教会にたくさんの喜捨をしたとか」
「それはないんじゃないかしら」
この場合、可能性があるとしたら、モーリスの家族でなく王家(王弟)が権力を利用して……ってことになるのだろうけど、教会の権力は独立しているから、王家の言うことを聞くはずがないのよね。
だから、プリシラが教会から何らかの指示を出された、という可能性はないんじゃないかしら。
私はやっぱり、プリシラはモーリスを治す自信があると思うのだけど。
そう考える私の前で、プリシラはモーリスに向かって両手を上げると、呪文を唱え始めた。








