22 肉祭り1
その夜、満を持して肉祭りが開催された。
食堂の前に位置する庭には、肉を焼くための網が用意され、目の前で肉の塊が焼かれていく。
肉取得の功労者である第六騎士団のみならず、第一や第二、第五の騎士団からも参加者が少なからずいたのは、やっぱりお肉大好きな騎士の行動としては当然だと思う。
たくさんのお肉が振る舞われ、それ以上のお酒が配られる。
ふふふ、私も立派に『成人の儀』を終え、成人しているので、お酒が飲めるのですよ。
私は、目の前に置いてあった、黄色の飲み物を手に取ると、一気にあおってみた。
「……う――ん、しょわしょわするな? きんとするというか、ちょっと苦いような。美味しいのか、これ?」
周りにいる騎士の手前、慣れているふりをしてみたけれど、アルコールを飲むのは、『成人の儀』の夜に続いて、まだ2回目なのだ。
ふふふ、でも、私、すごい。
騎士団に入隊して、お酒まで飲むなんて、完璧に大人の仲間入りだわ!
嬉しくなって、ごくごくごくとグラスを空けてみる。ふふん、やっぱり私ってイケる口だわ。
新しいグラスを取って、半分くらい飲んだところで、ファビアンに見つかった。
「フィーア、大丈夫? 頬が真っ赤だけれど」
「うん、今日は、頬を赤くしたい気分なのよ」
あ、なんか、このセリフ格好良くない? 目指すべき姿があって、そのためにアルコールを必要としているなんて。大人っぽくっていい!
私は自分のセリフが気に入ってにまにましていたけれど、ファビアンはそんな私を見てふふふと笑った。
「フィーアが酔いつぶれたら、きっと私が抱きかかえて送ることになるのだろうね。ふふ、鎧を身に着けていない今、何て言い訳するのかな?」
「ふふん。何を言っているの。鎧を脱いだ私は、羽のように軽いわよ」
言いながら、ファビアンに美味しそうな部位のお肉を取ってあげる。
「フラワーホーンディアは、今日の目玉だから、最初は出さないらしいわよ。でも、バイオレットボアーも十分美味しいから、食べてみて」
「うん、確かに。美味しいね」
一口齧ったファビアンが、納得したような顔で咀嚼している。
よしよし。このままファビアンにたくさんのお肉とお酒をすすめ、昼間の体重の記憶を消してしまおう。
にまにまとしながらファビアンにお酒をすすめていると、入口の方が騒がしくなった。
振り向くと、シリル第一騎士団長とサヴィス総長が連れ立って入ってくるところだった。
わぁ、今日2回目の遭遇ですよ!
団長もそうだけど、総長なんて雲の上の存在だから、滅多にお目にかかれないはずなんだけど、遭遇率が異様に高い。うーん、気分は、SSランクの魔物に遭遇したってところですな。
昼に助けてもらったお礼を言いにいこうと思ったけれど、総長も団長も数歩も進まないうちに大勢の騎士に取り囲まれている。
これは、しばらく近付けないな。
まぁ、今日は無礼講だし、とりあえず食べようとお肉をほおばり、ファビアンと楽しく話をしていたところ、団長に呼ばれてしまう。
……はて?
首をかしげながら、ファビアンとともに団長に近づいていくと、食堂の一部を区切って作られた個室に通される。部屋の中には、一緒に魔物討伐をした第六騎士団第3小隊の騎士たちも集められていた。
……あれ?
なんか、首の後ろがちりちりしてきたぞ。これは、アルディオ兄さんにお説教をされる時の感覚だわ。だ、団長まさか……
私は、さり気なく数歩下がり、ファビアンの後ろに隠れてみる。
「フィーア、見えています。前に出ていらっしゃい」
「……はい」
仕方なく、できるだけ気配を消して前に出ていく。
目の前には、シリル団長が立ちはだかっており、その一歩後ろに(サッシュの色から判断すると)第六騎士団長が立っていた。さらに2、3歩奥には、サヴィス総長が泰然と椅子に腰かけている。
……どうしよう。怒られる予感しかしないんだけど。
シリル団長の指示で、本日の第3小隊メンバーが横3列になって、団長の前に並べられた椅子に座らされる。
全員が座ったのを確認すると、おもむろにシリル団長は口を開いた。
「さて、皆さんに集まってもらったのは、他でもありません。あなたがたの今日の雄姿を褒めたいと思ったのですよ。絶対的に不利な状況で、Bランクの魔物に遭遇しておきながら、一人の死者も出すことなく、魔物を追い詰めていた手腕は見事です。感服しました」
にこやかな笑顔で団長は褒めてくれるが、さすがは歴戦の騎士たち。
誰も、団長の誉め言葉には騙されていない。
無言で眉間にしわを寄せたまま、落とされるであろう雷に対して身を守っている。
「―――が」
突然、団長の笑顔が消えて真顔になる。
「なぜ、指揮を執っていたのが、第一騎士団の新人なのかを教えてもらえませんかねぇ?」
どがら、がっしゃ―――ん!!
効果音をつけるなら、そんな感じだ。
今、落ちた! 確実に、シリル団長が雷を落とした!!
ヘクター小隊長が、だらだらと額から汗を流しながら発言する。
「誠に遺憾ながら、私は、出合い頭に魔物の一撃を受け、前後不覚に陥ってしまいました。恥じ入るばかりです」
逃げた! ヘクター小隊長が、謝罪の形を取って、完全に逃げ出しましたよ!
ほう、といった感じで軽く顎を上げると、シリル団長は、小隊長代理以下の第3小隊をぐるりと見回す。
「それで? あなた方は、それだけがん首を揃えておきながら、何を考えて、うちの新人に指揮を任せたのですかね?」
「………………」
「『星降の森』は第六騎士団の管轄ですよね。ということは、第六騎士団の全員に、かの森の『生息魔物リスト』は配布済ですよね。つまり、全員がそれを読んでいるはずですので、かの森に棲んでいる全ての魔物の種類・特性は把握済みですよね」
「………………」
「それで、話は元に戻るのですが、あなた方は、森の魔物に対する知識を十分に持ち合わせながら、そして、それだけがん首を揃えておきながら、何を考えて、うちの新人に指揮を任せたのですかねぇ?」
「………………」
さすが、ベテラン騎士たち。不要なことは一切言わず沈黙を守っている。
正解です、皆さん! 沈黙は金、ですよ!!
「おやおや、どなたも私の質問には答えてくれないのですか。団が異なるだけで口も利いてもらえないとは、騎士団とは存外、情のない組織なのですね」
わざとらしく悲し気な表情をつくると、シリル団長はうそぶいた。
そして、にこりと私に微笑みかける。
「ですが、私の団の団員ならば、そんな冷たい扱いはしないでしょう。きっと、私の質問に素直に答えてくれるはずです。ねぇ、フィーア?」
「ひ、ひいいいいいいい……!!」
怖い。笑顔が怖い。さっき、真顔が怖いと思ったけど、笑顔はそれ以上に怖い!!
「ファ、ファ、ファビアン。た、助けて……」
息も絶え絶えにつぶやきながら、右隣りに座ったファビアンを仰ぎ見ると、彼は真っ青な顔をして歯を食いしばっていた。
だ、だめだ。これは、助けにならない……
「し、し、小隊長代理。助けてください……」
最後の助けとばかりに、左隣りに座った小隊長代理を見つめると、彼は瞳孔が開ききった眼でシリル団長の後ろにいる第六騎士団長を凝視していた。
第六騎士団長は、40歳を少し過ぎたくらいの錆色の髪をした肉体派の騎士だった。成熟した大人の魅力に溢れているが、今はその魅力が威圧感という一方向に集結している。腕を組み、傲然と部下を睥睨しているその姿は、魔族の一員にしか見えない。
む、無理だ。今の小隊長代理は、蛇に睨まれた蛙だ。いや、魔族に睨まれた蛙か。こちらも、助けにならない……
くっ、人間は、しょせん一人って本当ね。
今から、この嵐吹き荒れる状態のシリル団長に一人で立ち向かわなければならないなんて。
「う、うふふふ……。も、もちろんですよ、シリル団長。私がお答えできることならば、なんだって答えます」
私は、引きつった笑みで団長に答えた。
う、うふふふー。きっともう二度と体験したくないと思うような、楽しい時間の始まりですよ―――……









