210 筆頭聖女選定会 一次審査4
「私はフィーアに色々と教えてほしいわ!!」
「私ももっと強力な聖女になりたい!」
「知らないことを教えてもらえるのなら、願ってもないことだわ!!」
アナ、メロディ、ケイティの3人は即答してきた。
そのため、私は自然と笑顔になる。
「よかったわ、私に分かることであれば何でも教えるわね! ただ、私は師匠もなく、禁書を片手に独学で学習してきたから、古い情報しか持っていないの。最近の魔法については、逆に教えてもらえるとありがたいわ」
「「「任せておいて!!」」」
自分たちの胸を力強く叩く3人を見て、頼もしいわね、と嬉しくなる。
その後、3人がどの患者を治すかを検討したいと言い出したので、私はその間にもう一度、全ての病室を回ることにした。
先ほど確認した際、命に別状がある患者は1人もいなかったので、審査を邪魔しない程度の軽い魔法をかけて、患者の痛みや苦しみを改善させようと思ったのだ。
軽症者、中等症者、重症者とそれぞれの病室を回り、こっそり魔法をかけ終わったところで、私はふうっとため息をつく。
「これでしばらくの間、皆が苦しくなることはないはずだわ」
全員を完治させたいところだけど、ここは審査会会場だから我慢するのよ、と自分に言い聞かせる。
その時、私の小声を拾ったらしい一人の患者が話しかけてきた。
「君はすごいな。どんな魔法か知らないが、ずきずきとうずいていた痛みが消えてなくなったぞ!」
振り返ると、深緑色の髪をした40代くらいの男性が、半身を起こしてベッドに座っていた。
私がいるのは重症者の病室だったため、長患いをしているのかしら……と視線をやると、両脚が膝の下で欠損していた。
シンプルなシャツの下から覗く首は太く、胸周りも厚くて、鍛えている様子が見て取れたため、まるで騎士のようだわとの感想を抱く。
私の予想は当たっていたようで、その男性は自ら元騎士だと紹介してくれた。
「突然声を掛けて悪かったな。初めまして、聖女様。オレはモーリスと言って元騎士だ」
「やっぱり! 体付きを見て、そうじゃないかと思ったの」
「体付き……」
戸惑った様子で呟かれたため、あっ、しまった、と慌てる。
私は騎士だから、仲間を見る目で体格を確認しただけなのに、私が騎士だと知らない人が聞いたら、男性の体を眺めまわす破廉恥な聖女だと誤解されてしまうかもしれない。
「ちっ、違うわ! 私は純粋な気持ちで、モーリスの立派な筋肉を確認しただけよ!!」
言葉を発しながら、本当にこの発言で誤解は解けるのだろうかと心配になったけれど、モーリスはぽかんと口を開けた後、おかしそうな笑い声を上げた。
「ははは、そうか! 純粋な気持ちでオレの筋肉を確認したのか! 聖女様の気持ちは伝わった」
「そ、それはよかったわ」
本当に私の気持ちが正しく伝わったのかは疑問だったけれど、日々成長している私は、ここは問い返す場面ではないと学習していたため、言葉通り受け入れることにする。
すると、モーリスは嬉しそうに、服の上から胸元をゆっくり撫でた。
「騎士だったのは10年も前の話だから、そう言ってもらえて光栄だな」
それから、モーリスは朗らかな調子で太ももをぱしりと叩く。
「何たって、10年前に脚を失ってしまったからな! とても騎士は続けられない」
モーリスは明るい表情でそう言ったけれど、私は騎士だから、騎士たちが騎士であることに誇りを持っていることをよく知っていた。
騎士であり続けたい、と心の底から願っていることも。
モーリスは10年前に騎士を辞めたと言ったから、今は別の仕事をしているのだろう。
それなのに、自己紹介で「元騎士だ」と発言したのは、騎士だった過去に誇りを持っていることの顕れに違いない。
彼の怪我をした部位をじっと見つめていると、モーリスは困ったように眉を下げた。
「失ってすぐだとしても、四肢の欠損は聖女様が治癒できるレベルを超えている。ましてや10年も経っているのだから、どうにもならないことは承知している。オレのことは気にしなくていい」
そう言われても、気にしないことは難しい。
無言になった私の気持ちを思いやってくれたようで、モーリスは脚の怪我について説明してくれた。
「10年前、オレはやんごとなき身分の騎士を庇って、脚を怪我したんだ。それがオレの職分だし、当然のことをしただけなのに、そのやんごとなき身分の騎士はオレが脚を失ったことを未だに気にしていてね。だから、万に一つの望みをかけて、ほんの少しでも何かが改善するようにと、今回の選定会の患者の中にオレをねじ込んできたんだ」
モーリスの話から判断するに、その「やんごとなき身分の騎士」は大変な権力を持っているようだ。
その騎士が誰なのかは分からないけれど、「やんごとなき身分の騎士」と言ったら、一番に思い浮かぶのはサヴィス総長だ。
それから、シリル団長に……デズモンド団長も意外なことに貴族だから、この辺りだろうか。
この面々であれば、10年前には既に騎士だったとしても不思議はない。
ただし、この3名は無理を通すタイプではないから、自分の権力を使って選定会の患者の中に、懇意にしている者を入れるといった特別な措置をするようには見えない。
腕を組んで、やんごとなき身分の騎士が誰かを考えていると、モーリスが言葉を続けた。
「だから、オレだけが患者の中でずば抜けて治癒難易度が高いんだ。もちろん、オレの脚がどうにもならないことはオレ自身が分かっているし、既に諦めている。だから、オレのことはいない者だと思ってくれて大丈夫だから」
それは難しい相談だ。
ううーん、シリル団長はすごい回復魔法をかけてローズを驚かせてほしいと言っていたけど、それがこれなのかしら。
いずれにしても、病人を目の前にして治さないでいることは難しいわよね。
私には聖石があるから、回復魔法を使用したとしても、後から何とでも言い訳が立つはずだ。
問題はモーリスの発言からも分かるように、体の欠損を治すことが今の聖女には難しいと思われていることで、果たしてこの怪我を治すことは「驚いた」の範囲で収まるものなのかしら。
以前、サザランドで片足が欠損した男性を治癒した時は、皆から驚かれただけで済んだから、いけそうな気はするけれど。
そもそも300年前には、多くの聖女が欠損を再生させていたわよね。
だから、技術的に難しいものではないのだけど……あら、ということは、他の聖女たちと協力して治せばいいのかしら。
選定会に出る聖女たちであれば、難しい話ではないはずだし。
「モーリス、私は選定会に参加している聖女で、フィーアと言うの。私の聖女としての能力はそう高くないけど、選定会には素晴らしい聖女がそろっているから、力になれるかもしれないわ!」
どうにかして聖女たちの力を借りて、モーリスを治したいわね、と思いながら発言すると、彼は顔をしかめた。
「オレの怪我を見たうえでそういうことを言うあたり、確かに君の聖女としての能力は高くないかもしれないな」
それから、モーリスは考えるかのように腕を組む。
「しかし、長年悩まされてきた幻肢痛を消してもらったことだし、他の聖女様ができないことができる、特別な聖女様であることは間違いない。他の聖女様であれば、『それくらいの痛みは我慢してください』と相手にもしない痛みに着目して、対応してくれたんだからな。それから、患者と話をして明るい気持ちにさせてくれるいい聖女様だ」
嫌味なく爽やかにそう言われたため、モーリスこそがいい患者だわと思う。
「ありがとう、褒めてもらえて嬉しいわ。でも、私がかけたのは魔法というよりもおまじないなのよ。実際に痛みが消えたというのならば、モーリスは思い込みが激しいタイプかもしれないわ」
実際には痛みと苦しみを軽減させる魔法をかけたのだけれど、一旦治療を始めてしまうと、その患者の担当になるという説明を思い出したため、魔法ではないと言い張ることにする。
恐ろしい話だけれど、私は全患者に対して痛みを軽減させる魔法をかけたから、下手をすると全員が私の担当になってしまうわ。
残念なことに、私の説明はモーリスにとって受け入れにくいものだったようで、彼は納得がいかない様子で顔をしかめた。
「オレが思い込みが激しいタイプだって?」
モーリスの性格はよく分からないけれど、これ以上しゃべるとやぶへびになると思った私は、にこりと微笑んで無言を貫くに留める。
それから、心の中でアナ、メロディ、ケイティの3人に、どうやって話を持ち掛けようかしらと考えた。
賢い私は、3人の力を借りてモーリスを治療することを閃いたのだ。
私はモーリスに「また来るわね」と笑顔で手を振ると、その場を後にした。
いつも読んでいただきありがとうございます!
お待たせいたしました。少し先が見えたので更新します。
励ましのコメント等をたくさんありがとうございました!! おかげさまで、ゆっくり考えることができました。
どうぞよろしくお願いします。









