208 筆頭聖女選定会 一次審査2
受けた説明によると、病院の方針としては自宅療養が基本で、長くても数日間の入院しか許可されず、そもそも軽症の者は入院できないらしい。
しかしながら、この5日間に限っては選定会ということで、普段とは異なる措置が取られているとのことだった。
用意された病室は3つだ。
患者の重症度によって部屋が分けられているとのことで、軽症、中等症、重症と分類されていた。
病人の数はどの部屋も12名とのことだったので、選定会に参加する聖女が12名であることを考えると、一人の聖女が軽症、中等症、重症の患者を1人ずつ治療するよう見込んでいるのだろうか。
「うーん、評価ポイントはどうなっているのかしらね。軽症の者を多く治した方がいいのか、完治できないとしても重症の者に挑戦した方がいいのか」
アナが悩む様子で呟いたので、先ほど浮かんだ考えを口にする。
「軽症、中等症、重症の患者を1人ずつ治療したらどうかしら? それぞれの患者数が聖女の数と一致するから、それを見込んでいると思うのよね」
アナは口をへの字に曲げた。
「それじゃあ選定会側の思う壺じゃないの。皆が同じことをしたら、主催者側は順位をつけやすいわよね。そんな平均的な能力で聖女を測ってほしくないわ」
うん? アナは聖女それぞれの能力の個性に着目して、聖女たちの長所を見ろと言っているのかしら。
とってもいいことを言うわね!
「そもそもそんなことができるオールマイティーな聖女はいないでしょう。回復魔法のかけ方にも癖や特徴があるから、軽症者を治すのが得意な者もいれば、重症者を治すのが得意な者もいるはずで、人それぞれ得意分野は異なるはずだわ」
続けて、メロディがごもっともな意見を述べたので大きく頷く。
「メロディの言う通りだわ!」
全面的に彼女の意見に同意していると、最後にケイティが力強く提案してきた。
「審査期間として5日間が与えられたのだから、まずは堅実に軽症者を治すべきじゃないかしら。それで、いけそうならばもう少し重篤な患者を治してみるのはどう? とりあえず、病室を見に行きましょう」
私は頷くと、馬車で一緒だったアナ、メロディ、ケイティとともに軽症者がいる部屋に向かった。
入り口でそれぞれカルテをもらい、目を通す。
「へー、医師のカルテって初めて見たけど、詳しく書いてあるのね」
「うん、悪い部位が特定してあるから、その部分に集中して魔法をかければいいのは助かるわよね」
「そう言えば、国から『聖女は医師と協力して病人を治癒するよう努めること』って通知が出たわよね。教会の主教が『聖女の権威を下げるやり方だ』と憤慨して、取り合っていなかったけど」
3人はカルテを見ながら、感心した声を上げる。
私はふと思い出したことがあって立ち止まった。
そう言えば、以前オルコット公爵のロイドが同じようなことを言っていたわね。
『聖女様と医師が組み、前もって医師が調べていた疑わしい部位に回復魔法をかける方法が推奨されているが、聖女様はその方法を好まない』って。
聖女と医師を組ませることが、聖女不足を解消するための国の方針ならば、選定会に便乗して、聖女たちにその方法を試させようとしているのかしら。
選定会に参加するのはこの国でもトップクラスの聖女たちだから、彼女たちが医師と組むのをよい方法だと認めて取り入れるようになったならば、自然と国中に広がっていくはずだもの。まあ、いいことを考えたわね。
そう感心しながらカルテに目を通すと、確かに主な症状や所見が詳細に記載してあった。
「ああー、3人の言う通り、これはとっても便利ね!」
私は扉口に立つと、カルテから顔を上げて、部屋の中にいる患者を見回す。
「ん?」
思わず声が出ると、隣でアナが理解したとばかりに頷いた。
「分かるわ、思ったよりも患者が元気よね。顔色がいいし、互いに話をしたりしているもの。カルテを見ると、『咳が止まらない』とか『声がかすれる』とかの症状が書いてあるから、治癒するのにテクニックが要りそうだけれど、患者の状態は悪くないわね」
考える様子でカルテを見つめるアナに、私は戸惑いながら返事をする。
「あ、いえ、この部屋の患者が想像よりも元気だったから驚いたわけではなく……」
途中で口を噤むと、私は無言で3人の聖女を見つめた。
けれど、きょとりとした表情で見返されたので、何でもないと首を横に振る。
その時、苛立たし気な声が響いた。
「扉を塞がないでちょうだい!」
「あ、ごめんなさい」
慌てて端に避けると、プリシラが立っていた。
手には何も持っていない様子だったので、カルテを差し出す。
「どうぞ、参考になるかもしれないわ」
けれど、プリシラは不要だとばかりに手を振った。
「結構よ! 軽症者くらい、悪い部位が不明でも何とでもなるわ」
「そうなのね」
プリシラはカルテをもらい忘れたのかと思ったけれど、不要だと判断してもらわなかったのね。
彼女はこの部屋の患者たちを治癒するのかと思われたけれど、ぐるりと患者たちを見回した後、すぐに方向を転換して入ってきた扉から出て行った。
その途端、アナが詰めていた息を吐き出す。
「ふー、出て行ってくれてよかったわ! プリシラ聖女はもったいぶっているから、他の聖女の前では回復魔法を使いたくないのかしら」
アナの言葉を聞いて首を傾げる。
「そんな様子じゃなかったわ。もしかしたらこの部屋の患者さんは元気だったから、もっと苦しんでいる方から救おうとしたのかもしれないわ」
「ええー、プリシラ聖女はそんな献身的なタイプじゃないと思うけど!」
でも、それ以外にこの部屋を即座に出て行った理由が分からないのよね。
治癒できるかどうかを確認するためならば、もう少し長い時間が必要なはずだし。
というか、重篤者というのはどれくらいの症状なのかしら。
苦しんでいる人がいるのならば、まずはそちらから治した方がいいのじゃないかしら。
「フィーア、どうしたの?」
「いえ、重篤者が苦しんでいるのならば、そちらから治した方がいいんじゃないかしら」
「ああー、うーん、気持ちは分かるけど……これは選定会だからね。馬車の中では色々と言ったけど、私たちだって地方教会の期待を一身に背負ってきているから、少しでもいい順位を取りたいわけよ。重症者というのは……患者を1度治癒し始めたら担当聖女という形になって、完治させるまで他の患者は治癒できないって説明だったじゃない。気軽に手を出すのは難しいわよね」
ケイティが悩む様子で言葉を続けるので、私は頷く。
「そうね」
素直に頷いたというのに、アナとメロディが疑わしそうな顔をする。
「いや、フィーアは全然納得していないわよね」
「表情に出ているわよ」
えっ、騎士団で鍛えた私のポーカーフェイスはどこへいってしまったのかしら。
両手でぴたぴたと顔を押さえながら、思ったことを口にする。
「えーと、私はただ苦しんでいる人たちにとって、今が選定会の場であることは関係ないんだろうなって思ったの」
私の言葉を聞いた3人は、「ああ」と呻くと眉を下げた。
「くうーっ、国王推薦枠の聖女って、教会のどろどろした思惑とは遠いところにいるから純真なのね。選定会でいい順位を取ることしか考えていない自分が恥ずかしくなってきたわ」
「ええ、本当だわ。私も聖女になりたての頃はこんな風にキラキラしていたのかしら。……もう、フィーアったら、とりあえず見るだけだからね」
「そうね、まずは全ての部屋を確認して、それから、どの患者を治療するかを決めましょう」
3人は私の希望に沿って、中等症者と重症者の病室を回ることを提案してくれた。いい人たちだわ。
まずは中等症者の病室に行くと、カルテを受け取る。
この部屋には医師の力で回復させることは難しい、と見込まれた患者が集められていた。
「半年間頭痛に悩まされている」、「喀血が見られベッドから起き上がれない」といった症状がカルテに書いてあり、誰もが顔色を悪くしてベッドに横になっている。
軽症者の病室とは患者の雰囲気が異なり、彼らは病状に苦しんでいるようだった。
病室には私たち以外の聖女もいて、皆が難しい顔をして、一人一人をゆっくり確認している。
最後に重症者の病室に行くと、3年以上の間、症状が固定している者が集めてあった。
第一次審査は病人を対象としているものの、この部屋に限っては古い怪我を負っている者も患者に含まれるらしい。
カルテに目を通すと、「3年前に骨折した際の足の骨の変形」や、「4年前の病気時から残る右腕のしびれと痛み」などと記載されていた。
アナが患者に聞こえないようひそりと囁く。
「これは難しいわね。古傷にしろ、悪い病状が残ったにしろ、何年も前に原因が消滅して症状だけが残ったものは、まず治癒できないもの」
メロディも神妙な顔をして頷いた。
「そうね、軽減はできるけど、ほとんど魔法の効果がないのよね」
ケイティはカルテに目を落とす。
「地域のご領主様が過去の傷が痛むと言い出して、治療を試みたことがあったけど、あまり改善しなかったわ。過去の傷は一筋縄ではいかないわよね。……カルテを見ると、10年前のものもあるわよ」
私も真似して小声で話をする。
「古傷を治す時に大事なのは勢いよね。勢いがあれば、何とかなるんじゃないかしら」
前世でも時間が経った古傷を治すのが不得意な聖女がいたけれど、彼女たちは魔力の出力量が少なかった。
古傷の場合は一気に治す必要があるから、出力量を通常よりも多くしないと上手くいかないのだ。
全ての部屋を確認した私は、3人の聖女とともに、さて、どうしたものかしら、と考え込んだのだった。









