21 回復薬2
「フィーア?!」
思わず地面に倒れこんだ私を見て、団長が駆け寄ってくる。
そして、心配そうに声を掛けてくるが、とても返事ができる状態ではなかった。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!
いたーい!いたい、いたい、いたい、いたい、いたい―――!!
これ、違う。回復薬の作り方を間違っている。
作用する方向が違う。
あああ、黒竜ザビリアが回復薬を使用した際、あまりの痛みで攻撃してきたのが、分かるな。というか、ザビリア、今何しているんだろう?
あ、いかん、意識が混乱してきた。誰よ、こんな回復薬作ったのは!
これは、完全に世に出しちゃいけない、失敗作です―――――!!
地面をのたうち回る私を見て、団長が心配そうにつぶやいている。
「たまに、回復薬が合わない者がいるんですよね。腕のこの怪我をかすり傷と言っていたあたり、フィーアが痛みに弱いとも思えませんので、回復薬が合わない体質なのでしょう」
……ええ、そうですね。回復薬は、使用者の回復能力を無理やり高めることでキズを治す仕組みだけれど、これは作用の仕方が間違っています。これでは、回復魔力が高ければ高いほど、痛みを感じる仕様ですね。だから、私は、死ぬほど痛いですううううううううう!
「しかし、困りましたね。この痛みは、傷が治るまで定期的に発生します。これでは、第六騎士団とともに帰城させるのは、難しいですね」
団長が、フラワーホーンディアとの戦闘の後片付けをほぼ終えた第六騎士団をちらりと見ながらつぶやく。
私は、激痛に苛まれながらも、なんとか声を出した。
「い、いやです。第六騎士団と一緒に帰ります。今日は、肉祭りの日なんです……」
「はい?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、ですよ! 痛くないと思えば、痛くないんです。でも、お肉は、食べたいと思っても、ないと食べられないんです! 心頭滅却しても火はやはり熱し、です!!」
「……フィーア。傷が治ったら、じっくり話をしましょうね」
団長が、これ以上はないというほど優し気に微笑みながら提案してきた。
「い、いやです。お説教をする時のアルディオ兄さんと同じ圧を感じます。私は、今日、頑張ったんです。お肉を食べさせてください!」
私は、がばりと起き上がると、団長から距離を取る。
あ、少し痛みが引いてきた気がする……
「治った! 治りました! 痛みはありませんから、第六騎士団と一緒に帰城します」
いや、ほんとうに。こう見えても、元大聖女ですよ。これくらいのケガ、瞬殺です。瞬きする間に治せますよ。ええ、回復薬を飲んだことで状態異常回復も必要になった分、ひと手間増えましたが、それでも瞬きする間ですとも。
「シリル団長、お話の最中に申し訳ありません」
割り込まれた声に振り向くと、ファビアンが立っていた。
「お許しをいただけるのであれば、私がフィーアの対応をします。彼女は、私より一回り以上小さいので、必要があれば担いでいきます。団長には総長の警護があると思われますので、よろしければ私に任せていただけませんか?」
ファビアンの提案に考え込む姿勢を示したものの、団長は、すぐにファビアンの提案を肯定した。
「……そうですね。では、お任せします。何度か激痛を訴えると思われますので、その際は担いでいってください。決して、他の騎士たちと離れないように」
そうして、団長は一瞬逡巡した後、再度口を開いた。
「魔物には、魔物の勢力図があります。この大陸を治めている三大魔獣の一角が欠けたらしいとの報告が入っています。そのせいで、魔物の分布が常にない状況となっているとのことです。この地は、その一角が欠けた場所から相当離れているので問題ないと考えていたのですが、フラワーホーンディアが深淵から出てきたということは、少なからず影響を受けているのかもしれません。ですから、常にない魔物と遭遇する危険があります。決して、他の騎士たちと離れないように」
「承知しました」
ファビアンは、真面目な顔で団長に答えると、私を引き取ってくれた。
よ、よかった。これで、お肉祭りに参加できるし、こっそりと回復魔法を使って、この激痛から逃れられる。
第三小隊に合流すると、みんなから声を掛けられた。
「フィーア! お前、腕を怪我しているじゃないか。こっちにこい。包帯を巻いてやる」
言われた通りに近づいていき、腕を差し出すと、なぜか髪をぐちゃぐちゃにされる。
「お前、すげーな! あんなヘンテコな魔物の特性、よく知っていたな!」
「あいつ、マジ、やべーよ! 取り囲んだら炎を出すから離れないといけないし、離れたら炎を消して攻撃してくるからまた取り囲まないといけないし! お前の声掛けのタイミングがずれていたら、今夜の肉祭りに肉の方で参加していたわ!」
「いや、お前が肉塊になったとしても、肉としては参加させないから!! 肉のお前には、参加権ないから!」
「ふっふっふ、フラワーホーンディアは、激うまです!」
盛り上がる騎士たちを前に、私は、知っている情報を得意気に披露した。
「今まで食べたお肉は何だったんだ! って、本気で思う味をしています。びっくりします。舌がとろけます。取り合いになります。大喧嘩になりますよ」
「マジか……」
騎士の何人かは、既にフラワーホーンディアの味を想像し始めたようで、うっとりと死体となった魔物を見つめている。
ほわーん、タフですね。今まで生きていた魔物を、もうお肉としてしか見られないなんて、さすが騎士様です!
私は、騎士の一人にぐちゃぐちゃに包帯を巻いてもらい、彼らとともに帰路についた。
そして、しばらく歩いて……突然の激痛にうずくまった。
「ぐぎいいいいいいい!!」
しまった! 回復薬を飲んでいたのを忘れていた!
「おい、フィーア、どうした?!」
「腹でも壊したのか?」
周りの騎士たちが、心配して声を掛けてくれる。
あまりの痛みに声も出せない私に代わって、ファビアンが答えてくれた。
「回復痛だと思う。先ほど、腕の怪我を治すために、回復薬を服用しているから、回復痛がぶり返してきたのじゃないかな」
「あ―――」
「うん、あれは、どうしようもないな」
既に何度も回復薬を経験済であろう騎士たちが、同情したように頷いている。
そして、ファビアンと私の盾を持ってくれた。
「鎧を着ているから、肩に抱きかかえるとフィーアが苦しいぞ。横抱きにした方がいい」
そんな風に騎士の誰かが話していると思ったら、腕が伸びてきて、地面にべっちゃりとへばりついていた私を抱きかかえる。
「……ひっ!」
ファ、ファビアン、横抱きはいけないわ!!
あなたは、ただの業務の一環のつもりでしょうけど、私が邪な気持ちを抱いたらどうするの!!
それに……
「こ、これは、鎧のせいだから! 私の鎧は、通常の鎧よりも重くなるという呪いがかかっているの。だ、だから、ファビアンが重いと思っても、完全に間違いなく鎧の重さだからね!!」
私は、必死になって大事なことを言い募った。
未だ激痛は続いているが、鎧の重さを主張することの方が重要だ。
「あ――、うん、そんな呪いは聞いたことねえが、フィーアが言うのならあるかもしれねぇな」
「へ――、お前すげえな。支給品の鎧から、そんな呪いアイテムを引き当てるなんて」
先ほどとは違って、騎士たちの視線が生温かくなった気がしたが、私は気にしないことにした。
要は、言質を取ることが大事なのだ。
皆さん、呪いの鎧を肯定しましたね。ちゃんと、聞きましたからね!
それから、痛みがなくなったタイミングでファビアンから降ろしてもらった私は、休憩時に木の陰に隠れ、こっそりと聖女の力を使った。
当たり前だが、腕のキズも、定期的に激痛を感じるという状態異常も瞬時に治る。
……ケガをしたから治す。単純な話なのに、どうして回復薬を飲むことで複雑になるのかしら。









