207 筆頭聖女選定会 一次審査1
馬車から降りた場所は、立派な建物の玄関前だった。
馬車が止められた場所から建物の入り口まで、外から中を窺い知ることができないように背の高い衝立がいくつも置かれている。
どうやら選定会に参加する聖女は一般の人々の目に触れさせない、というシリル団長の約束は履行されているようだ。
問題は私が既にベールを外してしまったことなのよね……と思ったけれど、やってしまったものは仕方がないので諦めることにする。
一方のシリル団長とカーティス団長は諦めが悪いようで、信じられないとばかりに目を見開いて絶句していた。
そのため、私は重々しい表情を作ると、2人に近付いていく。
「ベールを外さざるを得ない、大変な事件が起きまして」
小声で伝えたところ、2人はその言葉だけでは納得しなかったようで、私の腕を掴むと詳細を尋ねてきた。
「「どういうことですか?」」
えっ、それはまだ考えていないんだけど。
とは思ったものの、こういう場合はスピードが大事だと知っているので、とりあえず口を開く。
「大きな声では言えませんが、文官の一人にウィッグを着用している方がいらっしゃいまして、不運にも風で飛ばされてしまったのです」
「はあ」
何を言い出すんだとばかりに、シリル団長が気の抜けた相槌を打つ。
「そうしたら、ウィッグの下からぴかぴかの頭が現れまして、今は秋真っただ中ですから寒さで風邪を引いてはいけないと、咄嗟にベールを外してその方の頭を覆ったのです」
「……へー、それは人助けをしましたね?」
シリル団長がなぜだか疑問形で返事をする。
私は生真面目な表情を作ると、その通りだと大きく頷いた。
「そうなんです、完全なる人助けですね! ということで、やんごとなき理由でベールを外さざるを得なかったというわけです!!」
「…………」
もはや相槌を打つ気もなくなった様子のシリル団長に代わり、カーティス団長が苦悩した様子で眉間に皺を寄せた。
「フィー様の慈悲深さは存じ上げておりますが、そこは手を差し伸べるべきではありませんでした!!」
「えっ? あっ、ええ、そうかもしれないわね」
というか、全ては創作なのよね。
カーティス団長が信じ切っている様子なのには心が痛むけど、嘘だとバレたらお説教されるだけだから、ここは創作話で押し通してしまおう。
もしも実際に、今披露したような場面に遭遇したら、きっと私は文官の頭にベールを被せるはずだし、今回はたまたまそんな場面に遭遇しなかったというだけだと考えることにしよう。
「ごもっともな意見ではあるけれど、既にベールを外してしまったわ。全ての聖女に顔を見られてしまったことだし、もうこのままでいんじゃないかしら」
「…………」
一瞬押し黙ったカーティス団長だったけれど、すぐにはっとした様子で口を開いた。
「しかし、今回の会場は病院になっています! 不特定多数の者が入院していますので、このままでは彼らにフィー様の姿を見られることになります。それを避けるためにも、今からでもベールを被ることをお勧めします」
ああ、この建物は病院なのね。
第一次審査では病気の方を治すということだったから、入院患者が対象なのかしら。
「カーティスの心配は分かるけど、ちらりと顔を合わせた相手のことをいつまでも覚えているものかしら。多分、人々は聖女のことを衣装込みで記憶するから、後日、騎士服姿の私を見ても、気付きもしないと思うわよ」
王都にはものすごくたくさんの人が住んでいて、毎日多くの人と出会ったり、かかわったりしているのだ。
たまたまちょっと私と顔を合わせたとして、そんなに長い間覚えているものかしら。
さらに、後日、騎士服を着用したきりりとしている私と出会ったとして、『あの時の慈愛に満ちた聖女様だ!』と思うものかしら。
思わないわよねー、と一人で納得していたところ、カーティス団長が真剣な表情で言い返してきた。
「フィー様のことを目にして、覚えていないですって? あり得ないことです!!」
出たわよ、カーティス団長の私贔屓が。
そもそもカーティス団長は人一倍心配症だから、懸念事項を全て潰さないと安心できないタイプなのよね。
けれど、カーティス団長の心配事全てに付き合っていたら、ガッチガチに縛られて何もできなくなるから、どこかで妥協してもらえないかしら。
というか、ここは病院だから、自分のことだけじゃなくて入院患者の気持ちを考えないといけないわよね。
「カーティス、一次審査の内容がこの病院の患者を治すことだとしたら、皆さんはベールを被っている怪し気な聖女を嫌がるんじゃないかしら?」
カーティス団長はびくりと体を跳ねさせたけれど、迷う様子もなく言い切った。
「たとえそうだとしても、一番大事なのはフィー様です!!」
全く意見を曲げようとしないカーティス団長に、安心させるための言葉を続ける。
「心配しなくても大丈夫よ。誰だって騎士と聖女を兼務するとは考えもしないから、後日、騎士服姿のきりりとした私を見たとしても、病院で出会った聖女だとは考えないわよ」
私たちの会話を聞いていたシリル団長が、隣から口を差し挟んできた。
「確かに聖女様が他の職業に就くとは、誰も考えないでしょうね。しかし、フィーアの赤い髪は見事ですから、この赤い色が皆の記憶に残るのじゃないでしょうか」
シリル団長ったら余計なことを言うわね。
「世の中には、自分のそっくりさんが3名いるらしいですよ。『あの時の聖女ですか?』と尋ねられたら、『人違いのそっくりさんです』と答えれば、皆さん納得しますよ」
私の言葉を聞いたシリル団長は顔をしかめた。
「聖女であることは大変なステータスのため、わざわざ隠そうとする者はいないでしょう。そのため、聖女であることを否定したら、相手が引く可能性は確かに大きいはずです。しかし、フィーアの想定は雑で乱暴過ぎませんか」
乱暴と言うよりも、色々なパターンに対応できる柔軟なアイディアと言ってほしいわね。
「どのみち、私は審査の最後までいませんから、途中で消えた聖女のことなど誰も気にしませんよ。ちなみに私は今、シリル団長の言いつけを守って、ローズ聖女が危険な聖女なのかどうかを調査しているところです。調査した結果、必要があれば、ローズ聖女に『この世界には強大で、脅威となる聖女がいるのだ』と知らしめて、私はぱぱっと選定会を後にしますから」
そこまで言ったところで、私は1つのことを思い出す。
「あっ、そう言えば、シリル団長に『ローズ聖女以外の者の前では私の魔法を見られないようにする』と約束してもらいましたけど、ベールを取ってしまったので不要になりましたね」
私の言葉を聞いたシリル団長とカーティス団長は残念な者を見る目で、私の晒された顔に視線を定めた。
そんな2人に私は胸を張る。
「ですが、ご安心ください! 私の魔法を見て驚かれても、全て『聖石』のせいにしますから。そして、驚かれ過ぎないように、ローズ聖女以外の前では自重しますから」
2人は何か言い返したそうな表情をしていたけれど、聞いてもいいことはないと分かっていたので、「そろそろ行かないと!」と早口で言うと、制止される前に建物の中に走っていった。
同じ馬車に同乗していた3人の聖女は先に移動していたので、ぐずぐずするわけにはいかないのは事実なのだ。
建物に入ると、事務官の一人が待っていてくれたので、彼の案内に従って廊下を歩く。
会議室のような部屋に通されると、既に私以外の聖女は全員席に着いていた。
申し訳ない気持ちで急いで空いている席に座ると、隣にいたアナから興味深気に話しかけられる。
「さすがフィーア、国王推薦枠だから騎士たちとも顔馴染みなのね! というか、2人ともすっごいイケメンだったわね!!」
私は渋い表情でアナを見つめた。
「アナ、あの2人の顔立ちに着目しているようじゃまだまだよ。大事なのは中身だから」
2人の中身を知ったら、どれだけイケメンだろうとも浮かれてばかりはいられないわよ、とはっきり言いたいところだけど、理性を働かせて自重する。
というのも、シリル団長は公爵だから、上位の聖女に選ばれた参加者は、シリル団長と結婚するかもしれないことに気が付いたからだ。
そうであれば、シリル団長の幸福のために、悪口に近い言葉は胸の中にしまっておこう。
おやおや、改めて考えると、私はものすごくシリル団長を思いやっているわよね。
それなのに、どうして上司を想うこの素敵な真心が、シリル団長に伝わらないのかしら。
不思議に思っている間に事務官が前に出てきて、審査会についての説明を始めた。
私は居住まいを正すと、話に集中する。
「ここは王都で最も大きな病院になります。第一次審査はこの病院で、5日間かけて行うため、聖女様方におかれましては、本日より5日の間、この病院に通っていただくことになります」
事前に説明されていた話によると、選定会が行われる2週間はずっと、聖女たちは王城で寝泊まりするとのことだった。
つまり、今日から5日間は、王城と病院を往復することになるのだろう。
「入院患者の病状は全て病院で把握しており、カルテを作って保管しています。聖女様は自由にカルテの閲覧ができますので、閲覧を希望される方は私どもにお申し付けください」
なるほど、直接的ではないにしても、医師と協力して患者を治すことになるのね。
「聖女様方におかれましては、患者を治癒される場合、事前に私どもにお伝えください。聖女様が治癒される際には必ず事務官が立ち会い、その後、医師とともに患者の回復具合を確認いたします。それから、私どもの方で病状と回復度合いをレポートにまとめます。最終的には、5日間の成果レポートを審査員に提出し、その内容を基に審査結果を判断いただくことになります」
ということは、1回限りではなく、5日間を通した回復魔法の成果を評価されるのね。
「聖女様方は毎日病院に来る必要はありませんので、休養が必要だと思われる方は王城に留まり置きください。なお、第二次審査は第一次審査が終了した日から4日後に実施します。そのため、最終日に聖女様方が魔力を使い果たしたとしても、第二次審査に影響は出ません」
そう言えば、王城勤めの聖女であるドロテが、『大量に魔力を使用した後の3日間は魔法を使用しません』と言っていた。
第二次審査は中3日空けて行われるとのことだから、魔力が枯渇した後3日間は魔法を使用しないというのは、教会が定めた聖女共通のルールなのかもしれない。
「最後に、全ての審査を通して、審査員が現地審査にうかがう場合があることをお伝えして説明を終わります」
ふうん、さすがに国王(影武者)が来ることはないだろうけれど、場合によっては筆頭聖女やサヴィス総長が見に来るということかしら。
「それでは、これから病室にご案内いたします」
事務官の言葉とともに、閉じられていた部屋の扉が開かれる。
私は他の聖女たちとともに立ち上がると、患者が待つ病室に向かったのだった。









