206 筆頭聖女選定会4
馬車に同乗している聖女たちは、アナ、メロディ、ケイティと名乗った。
アナは18歳で朱色の髪の東部出身、メロディは22歳で茶色い髪の西部出身、ケイティは25歳で葡萄色の髪の南部出身とのことだった。
3人ともによくしゃべるタイプのようで、馬車の中でずっと話し続けていた。
初めのうちは選定会に参加することになった経緯をそれぞれ話してくれたのだけれど、いつの間にか最終日に行われる聖女の順位付けの話にシフトする。
「1位になったら、国王の妃になるんでしょう? でも、女性嫌いと評判だから、そんな方の妃になっても苦労するんじゃないかしら」
セルリアンがサヴィス総長に近々王位を譲る話は公表されていないので、聖女たちは新たな筆頭聖女が国王と結婚するものだと思っているらしい。
というか、国王と結婚することを想像した3人の聖女が顔をしかめたのを見て、筆頭聖女になりたくない聖女たちがいることにびっくりする。
選定会に参加する聖女については、これまでプリシラとローズしか知らなかったため、全員が筆頭聖女になりたがっているものだと思い込んでいた。
けれど、中には、筆頭聖女になった際に付随してくる特典が気に入らない聖女もいるようだ。
彼女たちが言う「国王」とは影武者のことだろうけど、セルリアンが貶されたような気持ちになって口をへの字にしていると、アナが頬杖をつきながら続けた。
「相手が絶世の美女ならば諦めもつくけれど、ムキムキマッチョの男性と国王を取り合って負けたりしたら、一生立ち直れないわー」
実際にはあり得ないたとえだけど、確かにそれは自信を喪失するわねと頷く。
その間に、メロディが話を引き取った。
「それから、次席聖女のお相手は王弟でしょ。開会式に出席されていたのを見たけど、ものすごい迫力だったわ。騎士団のトップだから威圧感があるし、側にいると緊張して気が休まらなさそう。顔はものすごくよかったし、背も高くてカッコよかったけど、遠くからうっとりと見つめているべき相手で、結婚する相手じゃないわよね。無駄なことは一切しゃべらないし、笑顔もないから、一緒に暮らすのは大変そうだもの」
ああー、内情を知っている騎士の私からすると、サヴィス総長はものすごく頼りになるし、魅力的なのだけど、外側から見えるものだけで判断すると、厳しそうな印象を受けるのかもしれない。
王弟の立場であれば、お飾りの総長職でもおかしくないのに、サヴィス総長はガッチガチの騎士だから、第一印象では怖く感じるのでしょうね。
最後にケイティが皆の意見をまとめるかのように口を開いた。
「3位以下の聖女は貴族に嫁ぐらしいから、王族に嫁ぐより気楽よね! 希望を言わせてもらうなら、上位の聖女の結婚相手は高位貴族で大変そうだから、御免こうむりたいわ。案外、10位くらいが一番いいんじゃないかしら」
ううーん、この聖女たちはある意味すごいわね。
教会内で推定順位が付いているというのもあるのでしょうけど、聖女としての自分の立ち位置がどの程度のものかというのには関心がなく、付随事項の結婚についてのみ興味を示しているわよ。
そして、結婚相手を勘案した結果、サヴィス総長は「楽じゃない」と判断されたわよ。
だけど、サヴィス総長にぴったりの聖女を探しにきた私からすると、それじゃあ困るのよね。
ほほほ、ここは私がサヴィス総長の素晴らしさを披露する場面じゃないかしら。
「お言葉だけど、私はサヴィス総長がとっても素敵だと思うわよ! メロディの言った通りイケメンだし、強いからどんな悪漢からも守ってくれるはずよ。それに、たくさんの女性に愛嬌を振りまくよりは、硬派の方がいいんじゃないかしら。寡黙で何を考えているのか分からないところはあるけど、考え方によってはミステリアスだわ」
私の言葉を聞いた3人は一瞬押し黙った後、考えるかのように首を捻った。
「フィーアの言葉はほとんど妄想で成り立っているんじゃないの?」
「見て分かる事実は、王弟がイケメンだってことだけよ」
「服から出ている部分は顔だけでしょう。騎士団のトップというのは、王弟に与えられた名誉職だろうから、実際には体も鍛えていなくて、脱いだら貧弱だと思うわよ」
「サヴィス総長が脱いだら貧弱!!」
逆にそんな総長を見てみたいわね。
「いやいや、サヴィス総長は脱いだらすごいと評判よ! それはもう見事なシックスパックらしいから」
ことあるごとにザカリー団長が、サヴィス総長の筋肉情報を伝えてくるから間違いないはずだ。
力説したにもかかわらず、アナは私を疑わしそうに見やった。
「王族の長所情報って、99%誤情報だと思っているわ。王弟はイケメンだから、脱いだらすごいという夢を見ていたい気持ちは分かるけど、無理でしょうね。そもそも王族ってのは、我儘で自分勝手で扱いに困るようなタイプばっかりらしいわよ」
「いやいやいや、それはセル……国王には、もしかしたら当てはまるかもしれないけど、サヴィス総長には当てはまらないわよ。総長は思いやりがある公明正大な人物だもの。部下と食事をする時、威圧感を与えないようにと、騎士服ではなく私服を着てくる細やかさがあるのよ」
まあ、これは私の完全なる推測だけど。
「えっ、それは意外ね! 相手のことを思いやる方には見えなかったけど、そんなタイプなのね」
メロディがびっくりした様子で尋ねてきた。
そのため、私はここぞとばかりに言い募る。
「そうよ! 志が高いし、頭がいいから、話をすると面白いわ。遊び心もあるから、一緒にいると楽しくもなるのよ」
騎士団のトップを相手に、面白いとか楽しいとかいう表現は当てはまらないかもしれない。
そのため、ちょっとリップサービスが過ぎるような気もしたが、概ね嘘ではないはずだと胸を張る。
「第一印象では分からないものね」
ケイティが信じられないとばかりに頭を振った。
ここが攻めどころだわと理解した私は、とっておきの話を披露する。
「総長はさらに気前がいいし、気遣いの達人なのよ! 以前、騎士の1人が自宅の武器庫にしまってあった古びた剣を総長に差し上げたことがあったの。そうしたら、代わりに総長が使用している高価な剣とお揃いのものをわざわざ作らせて、部下に下賜したのよ」
もちろんこの場合の「騎士の1人」とは私のことだ。
自宅の武器庫にしまわれていた剣には特殊な方法で魔法を付与したため、滅多にないような強力な剣になったけど、……新たにもらった剣というのはその対価ではあったけれど、私の言葉に嘘はない。
思い付く限りのサヴィス総長とっておき話を披露したからか、3人は感心したように私を見つめてきた。
そのため、やっとサヴィス総長の素晴らしさが伝わったのね、と嬉しくなったけれど……
「フィーアったら、ものすごく王弟に詳しいのね! 途切れることなく王弟情報が飛び出てくるから、感心しちゃったわ!!」
「え!? サヴィス総長の素晴らしさに感心したんじゃなくて、私に感心したの?」
想定外のことを言われたため、驚いて目を丸くする。
おかしいわ。私はこれでもかとサヴィス総長のお勧め情報を披露したのに、どうして情報自体でなく、それを伝えた私に着目するのかしら。
小首を傾げている間に、メロディとケイティが話を引き取った。
「サヴィス王弟に秘密のファンクラブがあるって聞いたことがあったけど、会員は全員男性騎士って話だったわ」
「基本はそうだけど、特別枠があって、選ばれし女性会員もいるってことだったわよ。ふふっ、フィーアは国王推薦枠で選定会に参加するのだから、国王のコネを使って特別女性会員になったんじゃないの」
王弟だから国王とは兄弟だものね、いいコネを持っているわねー、と続けられる。
それから、3人は興味深そうに尋ねてきた。
「もしかしてあなたの本命は王弟殿下なの?」
またもや本命が出てきたわねと思いながら、おなじみとなった答えを口にする。
「ええ、その通りよ! 私の本命はサヴィス総長だわ!!」
3人はなぜだか急に目をきらきらさせてきた。
「まあ、そうなのね! 確かに外見は滅茶苦茶カッコいいわよね!」
「でも、その分女性が寄ってきそうじゃない。王族でもあることだし、ああいうタイプが好きな女性には異様にモテるはずだから、一筋縄ではいかないわよ」
「でも、女性がどれだけ近寄ってきても、心を動かされそうなタイプには見えないから大丈夫じゃないかしら。ふふふ、こうなったら、フィーアがプリシラ聖女かローズ聖女を蹴落として、2位になるしかないわね!!」
なぜだかサヴィス総長のお相手に、と勧められたため慌てて否定する。
「え? それは恐れ多いから結構よ! 私はむしろ順位が付かないくらいの覚悟でいるから!!」
そもそも順位が付けられる前に途中で抜けるつもりだしね。
「フィーアったら、そんなに赤い髪をしているのに謙虚なのね! やだー、私はこういう遠くから見守る系の娘って好きなのよ」
「分かるわー、自信満々のプリシラ聖女や、王太后の威光を笠に着ているローズ聖女は鼻持ちならないから、フィーアに頑張ってほしいわよね」
「うんうん、私もシンデレラロマンスって好きだわー」
盛り上がる3人を見て、楽しそうねと笑みを浮かべたところで、はたと気が付く。
……あれ? そう言えば、私が聖石を使う場面はローズ以外に見られないよう配慮する、とシリル団長が言っていたわよね。
全部お任せしていたけど、実行するためには、聖女たちと仲良くなってはいけないような気がしてきたわよ。
もしかして選定会の開会式で被っていたベールは、騎士団長避けのためでなく、聖女避けのためのものだった、なんてことがあり得るのかしら??
そう言えば、シリル団長から『選定会で被るように』と言われたのであって、『選定会の開会式で』と限定されなかったわよね。
つまり、私は聖女たちと仲良くならずに、選定会の間中ずーっとベールを被って皆から離れているべきだったのかしら。
「そうだとしたら、シリル団長の説明不足よね」
私は口の中でぼそりと呟くと、頭を抱えた。
ああー、団長は一を聞いて十を知るところがあるから、他人も同じようなものだと考えて説明を怠ることがあるのよね。その悪い癖がここで出たのかしら。
だけど、聖女たちと仲良くならなければ、誰がサヴィス総長にぴったりなのか分からないわよね。
いや、『サヴィス総長が一目ぼれするような聖女を見つけてくる』というのは、私が勝手に言い出したことで、シリル団長はむしろ止めていたんだったかしら。
うう、ますます私はベールを被り続けていなければならなかった気がしてきたわ。
でも、聖女たちに回復魔法を見せてもらいながら、私の魔法を一切見せないなんて、それはとっても失礼よね。
選定会は優秀な聖女たちが一堂に会する滅多にない機会だから、一緒に魔法を使って、互いに学び合う機会にすべきじゃないかしら。
どうせ何かあったら、聖石のせいにすればいいんだし。
これまで彼女たちと面識がなかったことからも、元々、滅多に会えない相手だろうから、選定会後は二度と聖女たちと会うことはないんじゃないかしら。
どのみち、今さらベールを被れ、と言われても時すでに遅し、よね。
そう考えながら馬車を降りると、そこにはシリル団長とカーティス団長が待っていた。
有能そうな表情を浮かべていた2人だったけれど、私を見た途端にぎょっとした様子で一歩後ろに下がる。
「フィーア!」
「フィー様!」
まあ、初対面の振りをする場面で、まるで知り合いかのように名前を呼ぶなんて、よっぽど動揺しているのね。
そんな2人の態度から、どうやらベールを被り続けることが正解だったようだわ、と私は答えを知ったのだった。
本日コミックス9巻が発売されました!
大半がWEBにない、書籍オリジナルの話になります。
サザランド編アフター、アルテアガ帝国SIDE、霊峰黒嶽編スタートと、大変楽しい巻になっていますので、お手に取っていただければ嬉しいです。よろしくお願いします。









