205 筆頭聖女選定会3
窓の外を眺めていたローズは、無表情に私を見上げてきた。
前回会った時も思ったけれど、彼女はすごく落ち着いていて、感情の揺らぎがほとんどない。
今だって、緊張している様子もなく、静かな様子で座っていた。
「よかったら話をしてもいいかしら? 一人でいたいのならば、別の機会に声をかけるわね」
第一次審査を前に一人で心を落ち着けたいかもしれないから、その場合は邪魔をしてはいけないわ、と思いながら尋ねると、ローズは表情を変えないまま口を開いた。
「問題ないわ。あなた、やっぱり聖女だったのね」
私はにこりと微笑むと、ローズと向かい合う形の椅子に腰を下ろす。
ローズは私の一連の動作をじっと見つめていたけれど、私が着席するとすぐに口を開いた。
「これまであなたを見たことがないから、教会に所属している聖女ではないわね。国王がずっと秘蔵していたの?」
私は嘘にならないように気を付けながら言葉を返す。
「そうね、私はずっと聖女とは関係ない暮らしをしていたわ。そして、この選定会に出るように言ってくれたのは国王だわ」
ただし、セルリアン自身は私のことを聖女だと思っておらず、聖石に頼っているなんちゃって聖女だと考えているのだけど。
「私は教会の教えを一切受けていないから、一般的な聖女の知識が欠けているかもしれないわ」
というか、そもそも私の聖女の知識は300年前のものなのよね。
いくら現代の回復魔法が劣化しているとは言え、300年の間に進化した部分もあるはずだから、色々と教えてほしいわよね。
「もしよかったら、聖女について色々と教えてもらえると嬉しいわ。代わりに、私に分かることがあれば、何でも教えるわ」
これでも前世では大聖女と呼ばれていたのだから、聖女としての知識はなかなかのものだと思うのよね。
おかしな提案をしたつもりはなかったけれど、ローズは異なる捉え方をしたようで、不快そうに片方の眉を上げた。
「フィーアは図々しいのね。これから筆頭聖女の選定会が行われるのよ。それに先んじて、どうして私が現筆頭聖女から教授された至高の技の数々をあなたに教えなければならないの」
「えっ」
確かに現筆頭聖女である王太后は、今世で最高の技術を持っているはずだから、ローズが身に付けているのは至高の技術で間違いないだろう。
「それに、フィーアが国王に秘蔵されていたとしても、高名な聖女に師事していないのであれば、大した技術があるはずもないわ。そんなあなたから教わることはないし、むしろあなたが私を陥れるために虚偽の技を教える可能性が高いわよね」
「私はそんなことしないわ」
ローズは何かを誤解しているようね、と私は慌てて否定する。
それから、常々思っていたことを提案した。
「聖女の数は限られているから、皆が持っている知識を持ち寄って、共有すべきじゃないかしら。私はそう考えているから、知っていることは何だって教えるし、誤った情報を提供することはないわ」
ローズは頑固そうな表情を浮かべたまま首を横に振る。
「知識の共有なんてとんでもないわ。この場にいるのは全員、筆頭聖女になりたい者ばかりよ。あなただってそう。だから、私に近付いてきたのは、私の知識をかすめ取って、さらには私に誤った知識を与えて蹴落とすためでしょう」
困ったわ。私は話の持っていき方を間違えたのかしら。
一度誤解を与えてしまった以上、この場ですぐに正すのは難しい気がするわ。
どうしたものかしら、と困っていると、扉が開いて事務官が入ってきた。
「馬車の準備ができましたので、これから審査会場に移動します」
ローズは素早く立ち上がると、私を見下ろしてきた。
「私のことを世間知らずの御しやすい相手だと考えていたのならばお生憎様ね! 私が得た知識は私だけのものよ」
それは違うのじゃないかしら。
知識も技術も皆と共有してこそ広まるし、多くの者を救うことができるのに。
ローズの頑なな表情を見て、今すぐの説得は難しいと思った私は、どうしたものかしらと考えながら、事務官の後に付いていった。
その後、選定会に参加する聖女は、4人ずつに分かれて馬車に乗り込んだ。
全員が乗車したところで、3台の馬車が一斉に動き出す。
どうやら街へ向かっているようね、と思いながら同乗する聖女たちに視線をやると、無表情のまま見つめ返された。
視線が合うということは興味の表れよね、と嬉しくなった私は、今度こそ誤解を与えないようにとにこやかに微笑む。
「こんにちは、フィーア・ルードです! 私は最近まで、王都から離れた場所にある自宅で過ごしていたので、皆さんと顔を合わせるのは初めてですね。私は教会にいたことがなく、聖女について詳しくないところがあるため、色々と教えてもらえると嬉しいです。それから、私にできることがあれば、お手伝いするので何でも言ってください」
私は一気にしゃべり過ぎたようで、聖女たちは用心深そうな表情を浮かべた。
先ほど、ローズと話をした時も誤解を招いてしまったことだし、私の会話術にまずいところがあって一歩引かれた態度を取られるのだろうか。
ううう、全員が無言で見つめてきたから、またダメなのかしらと内心でがっかりしていると、1人の聖女がぶっきらぼうな調子で口を開いた。
「教会にいたことがないのなら、この選定会には特別推薦枠で参加しているの?」
「ええ、国王推薦枠よ」
興味を持たれたことに嬉しくなり、素直に返すと、私の言葉を聞いた聖女たちがぐっと唇を噛み締めた。
「そう。……あなたは本命の1人なのね」
「本命?」
まあ、ここでも本命という言葉が出てきたわよ。
騎士団内での「本命」は、「一番強い騎士」という意味だったから、この場合は「一番能力の高い聖女」ということかしら。
「それを選ぶための選定会じゃないのかしら?」
1番優れた聖女を選ぶために筆頭聖女選定会が開かれているのよね、と思いながら答えると、聖女の一人が肩を竦めた。
「建前はそうだけど、教会内で暮らしている聖女たちには、暗黙の了解として既に序列が付いているのよ。明確に順位を教えられたことはないけど、所属する教会や普段の立場から、皆何となく把握できているわ」
私の隣に座っている聖女が、同意するかのように頷く。
「その通りね。だから、本日参加している教会推薦組の10名の中には、推定1位もいれば推定10位もいるってわけ。ちなみに、教会推薦組の上位3名は、全員が大聖堂所属だわ。この選定会で本気で1位を狙っている教会推薦組は、その3名くらいじゃないかしら」
残る1人の聖女が諦めた様子で肩を竦めた。
「残りの教会推薦組は地域のバランスを考えて、王国各地から招集されたけど、大聖堂所属の聖女に比べると力が劣ることは誰だって分かっているわ。だから、地方から参集した聖女は皆、1位になるつもりはないんじゃないかしら。ちなみに、私は南部地域から呼ばれたから、王都観光をするつもりで来たの」
初対面にもかかわらず、3人ともあけすけに話してくれたことにびっくりする。
「あの……3人とも、とても気さくに話してくれるのね。とても嬉しいわ」
シャーロットやサザランドのサリエラ、ペイズ伯爵家のエステルと優しい聖女はいたけれど、集団で接する場合はどうしても構えて話をされることばかりだったので、目の前の3人の態度に嬉しくなる。
素直にそのことを伝えると、呆れたように見つめられた。
「いや、これくらいで驚かれてもね。私に言わせれば、フィーアの方が変わっているわよ」
「そうそう、国王推薦なんて、筆頭聖女推薦のローズ聖女、教会推薦ナンバー1のプリシラ聖女と争えるポジションじゃないの。さっきもローズ聖女に牽制されていたし、間違いなく意識されているわよね。この場に、つんとして口もきかない聖女がいるとしたら、あなたの方でしょう。しかも、そんなに赤い髪をしているんだから、威張り腐っていても不思議じゃないわ」
「本当に見事な赤い髪をしているのね。そんな髪色の聖女なら、私たちなんて相手にならないわと天を仰いでいるのが普通よ」
ぽんぽんと飛び出てくる言葉に目を丸くする。
まあ、とってもフレンドリーな態度だけど、これが仲間意識というやつかしら。
私が聖女だと思っているから、皆は親切に話をしてくれるのかもしれないわ。
そして、実際に私は聖女だから、騙しているわけではないし。
そう考えながら、聖女たちと仲良く話せることが嬉しくなった私は、にこりと微笑んだのだった。
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