203 筆頭聖女選定会1
一週間後、とうとう筆頭聖女選定会の日を迎えた。
はっきり言って、この一週間は大変だった。
サヴィス総長の執務室で別れた後、シリル団長とセルリアンは自らの行いを振り返ったようで、深く反省した様子を見せたからだ。
どうやら自分たちが要望したせいで、私に大きな負担をかけてしまったと遅ればせながら気付き、罪悪感に苛まれたようなのだ。
そのため、私が選定会で恥をかかないようにと、最低限の知識を付けさせようとしてきた。
具体的には、第一騎士団長室に呼び出され、シリル団長から真剣な表情で提案された。
「フィーア、あなたが聖女様についての知識に欠け、おかしなことを口走って恥をかいたとしたら、全て私のせいです。私は貴族として、幼い頃から聖女様に関する一通りの知識を教え込まれています。あなたさえよろしければレクチャーしますよ」
嫌だ。シリル団長とマンツーマンでお勉強だなんて、そんな時間は罰ゲームでしかない。
しかも、私は聖女についてかなり詳しいから、答え過ぎて怪しまれる未来しか見えない。
「ほほほ、私は自習がはかどるタイプなんです。シリル団長は遠い遠いところから、私を見守っていてください」
「フィーア……」
心配そうな表情で見つめられたけれど、ここで負けてなるものかとにこりと微笑む。
「大丈夫ですよ! 私は追い込まれれば、力を発揮するタイプですから」
「私の見立てでは、既にあなたは追い込まれています。それなのに、その状況に気付いていないことが問題だと思います」
「ああー、シリル団長にとってはそうかもしれませんが、私にとってはまだまだ余裕がある状態です。ほほほ、くぐり抜けた死線の数の違いですかね」
「フィーア……」
シリル団長から残念な者を見る目つきで見られたけれど、団長が私の人生全てを知っているわけではないため、言い切ることが大切だと自信満々な態度を崩さないことにする。
それに、前世ではたくさんの戦闘経験があるのだから、あながち嘘でもないのだ。
「大丈夫です! 任せてください! 団長の部下は案外できますから」
私の自信ある態度が功を奏したのか、シリル団長は心配そうな様子を見せながらも、しぶしぶ引き下がってくれた。
そんな風にやっとのことでシリル団長を撃退したというのに、翌日にセルリアンが押しかけてきた。
「フィーア、王城の図書室から聖女に関する本を持ってきたよ! これらは全部禁書だから、王族以外は手に取ることもできやしないものだ。これらを読んで、他の聖女たちと差をつけるんだ」
セルリアンは両手に10冊近い本を持ってよたよたと近づいてくると、私の目の前の机にどんと置いた。
ううーん、自習室で静かに読書を楽しんでいたのに、よく分からない本をたくさん持ってこられたわよ。
私は用心深い表情で一番上に積まれた本を手に取ると、タイトルに目を通す。
古めかしい本の表紙には、飾り文字で『<真実版>騎士団長たちは見た! 大聖女様の危険なお茶会』と記してあった。
「いや、これは全く役に立たない本よね! 主催者は大聖女様かもしれないけれど、お茶会の話を読んで、一体どんな知識が身に付くというのかしら!?」
セルリアンったら何て本を持ってきたのかしら、と思いながらもう1冊手に取ってみる。
「次の本は……『大聖女様の夢見る詩歌集』。ほほほ、どうして大聖女様の黒歴史が、禁書になって後生大事にしまってあるのかしら! 何か一つくらいは、まともな本はないの?」
禁書に収めるほど大事な蔵書であることは分かっていたけれど、私は放り出すように詩歌集をテーブルの上に置くと、さらにもう1冊を手に取った。
「あら、この本は装丁が綺麗ね。……『イケメン筆頭公爵様の優雅な一日』。こ、これはもはや聖女関連の本でもないじゃない! シリウ……300年前の近衛騎士団長のことを面白おかしく書いた本だわ!!」
びっくりするほど役に立たない本ばかりを積み上げられたことに気付いて目を剥くと、セルリアンは困った様子で肩をすくめた。
「いや、そうは言うけど、大聖女様のことといったら、この国で最も重要な事柄だよ。だから、聖女関連の禁書といえば、大聖女様に関するものばかりだ」
そんな馬鹿な。大聖女のお茶会や詩歌情報が、この国の重要事案だとでも言うのかしら。
さらには、大聖女の近衛騎士団長だったシリウスをモデルにした本までもが禁書ですって?
そんなものよりも、300年前の薬草図鑑を残しておくべきじゃないかしら。
「セルリアン、せっかく持ってきてもらって悪いのだけど、私に必要な本はこの中に1冊もないみたいよ」
「フィーア、聖女たちのような女性だらけの世界では、いかに最初にマウントを取るかが大事なんだよ。出会い頭に誰も知らない大聖女様の話をぶっ放したら、絶対に聖女たちはビビるから!」
「ビビられてしまったら、彼女たちの魔法が実力通り発揮されないかもしれないじゃない。私は聖女たちのすごい魔法が見たいのよ」
その言葉を聞いてやっと、セルリアンは私が選定会に参加する目的を思い出したようだ。
「……そうだったね。フィーアは聖女に希望を抱いているの?」
「もちろんよ!」
自信満々に答えると、セルリアンは言葉に詰まる様子を見せた。
「そうか。……それは、邪魔をしたね」
彼は形容しがたい表情を浮かべると、机の上の本をもう一度抱え上げ、ふらふらと去っていった。
◇◇◇
「……というようなことばっかりだったから、この一週間は、改めて自分を常識人だと再認識する日々だったわね」
回想から戻ってきた私は独り言ちると、筆頭聖女選定会の開会式が執り行われる部屋をぐるりと見回した。
私がいるのは王城の広間で、いかにも儀礼式典に使用されるような煌びやかな空間だった。
部屋は広く、天井も高く、さらには見上げた天井いっぱいに、王国に関する伝説や歴史が主題の天井画がびっちり描いてある。
左右の壁には大理石の付け柱が等間隔に並び、その柱頭には黄金の飾りが埋め込んであった。
明るい時間帯にもかかわらず、シャンデリアの灯りは全て灯され、王城の権威と豪奢さをあますことなく示す空間となっている。
広間の最奥には一段高くなった場所があったので、偉い人が来るのだろうなと思いながら、その前に並べてある10脚ほどの椅子に向かって歩いていった。
近付いてみると、椅子には既に聖女たちが座っており、彼女たちは白色や赤色のいかにも聖女らしい服を着用している。
「あっ、よかったわ。ドリーにもらった服を着てきて正解ね! これなら彼女たちの中に紛れ込んでも違和感はないはずよ」
自前の服でなく、なんちゃって聖女の衣装を着てきてよかったわ、と満足しながら空いている席に座ったけれど……隣に座る聖女からじろりと顔を見つめられる。
けれど、それは仕方がないことだろう。
なぜなら今日の私は、顔全体を隠すように真っ白いベールを被っているのだから。
私自身も理由が分かっていないのだけど、シリル団長から選定会で被るようにとこのベールを渡されたのだ。
几帳面なシリル団長のことだから、私が言いつけを守っているかどうかを必ず確認しに来るはずだ。
そのことを見越して、とっても従順な私はベールを被っているんだけど、これは一体何なのかしら。
他の聖女たちは何も被っていないし、取ってもいいだろうか……と、ベールを外しかけた私だったけれど、次の瞬間、慌ててもう一度ベールを深く顔に被せた。
というのも、中央の扉が開かれ、規則正しい足音を響かせながら20名ほどの騎士が入室してきたからだ。
「えっ、騎士? まさか知り合いがいるってことは……ひっ、全員が白い騎士服!?」
我が黒竜騎士団において、副団長以上しか白い騎士服は着用できなかったはずだけど……と確認すると、誰もがサッシュを身に付けていた。
恐ろしいことに、全員が騎士団長のようだ。
やばい、ということは関係者だらけじゃないの!
バレたら面倒くさいことになりそうだから、素顔を晒すわけにはいかないわね!!
ベールを両手で押さえ、びくびくしながら横目で見ると、残念なことに顔見知りの騎士団長が全員揃っていて、彼らの誰もが顔も視線も動かさないのに、こちらを観察していることがびしばしと伝わってきた。
こわー。騎士団長こわー。
仲間の騎士でいる時には気付かなかったけれど、こうやって相対すると、騎士団長って隙がない有能な騎士じゃないの。
何だか隅々まで観察されている気がするわね、と恐怖を覚えた私は、いまさらながら首元に結んでいたリボンを外して髪を束ねると、ベールの中に押し込んだ。
赤い髪は私のシンボルマークだから、さらしていたら身バレする危険度が上がるように思われたからだ。
というか、シリル団長が私のことを、言いつけを守るいい部下だと信用してくれるのはいいけれど、事前にもっと説明してくれるべきだったんじゃないかしら。
見知った顔が揃うと分かっていたら、私だってもう少し色々と用心したのに。
そう思いながらもう一度視線をやったところで、見たことがない騎士団長がたくさんいることに気が付いた。
王都在住の騎士団長は7名しかいないから、この場に20名ほど揃っているということは、国中から集まってきたのだろう。
騎士団長は各地で国防を担う重要な業務に就いている。
その全員が集められるなんて、よっぽどこの選定会に重きを置いているのだろう。
そう考えていると、私たちの真横に位置する扉が開かれ、王太后と教会関係者らしき者たちが入ってきた。
全員が席に着いたところで、再び横の扉が開くと、ローレンス国王(影武者)とサヴィス総長が入ってくる。
久しぶりに見たローレンス王の影武者は豪奢な金髪を持つ青年で、黒髪のサヴィス総長と並ぶと、どちらも引き立って見えるという不思議な効果をもたらしていた。
思わず見とれていると、一段高い位置に置かれている椅子に王が座り、その斜め後ろに総長が立つ。
ローレンス王は着座のまま、目の前に並べられた椅子に座る聖女たちを見回すと、選定会の開催を宣言した。
「本日は我が国の誉れある聖女たちが一堂に会したことを嬉しく思う。これより我が国の次代を担う聖女を選定すべく、筆頭聖女選定会を開催する!」
その瞬間、会場の雰囲気がびりりと引き締まったように感じた。









