202 選定会参加準備 下
その日の午後、王城の庭で薬草摘みをしていると、カーティス団長が顔を覗かせた。
彼は時々、こうやって私の様子を見に来てくれる。
いつもだったら、珍しい薬草を見つけましただとか、街に出たので流行りの菓子が手に入りましただとか、顔を覗かせるきちんとした理由があるのだけれど、今日の訪れは昨日のことが気になったからだろうなと推測する。
声をかけられて顔を上げると、カーティス団長は両手いっぱいにお菓子の箱と薬草を抱えていたので、予想が外れたわと目を丸くした。
「たくさんね、カーティス」
「街に出たところ、たまたま流行りの菓子が手に入りまして。それから、王城まで戻ってくる途中で、珍しい薬草を見つけました」
「そうなのね」
カーティス団長が手渡してくれた薬草は特殊な場所でしか育たないから、森の奥深くでしか見つからないはずだ。
それなのに、街から王城までの道々で見つかったのね、と不思議に思ったけれど、深く聞かない方がいい事柄に思えたため、座っていた場所の隣をぽんぽんと叩く。
「座ってちょうだい。あなたが持ってきてくれたお菓子はたくさんあるから、一緒に食べましょう」
カーティス団長は無言で私の隣に腰を下ろすと、差し出されたお菓子を素直に受け取った。
私は大きな口を開けると、あむりと一口頬張る。
「あっ、何てことかしら! チョコがクリームになって入っていたわ。えっ、こんな贅沢なお菓子があるものかしら」
「はい」
興奮してカーティス団長を見上げたけれど、心ここにあらずと言った様子で返された。
そのため、私は口の中にあったものを飲み込むと、いったんおやつを食べるのを中断する。
「カーティス、あなたは何を心配しているの?」
昨日はカーティス団長と長時間一緒にいたけれど、その間ずっと彼は私を心配している様子を見せていた。
そのため、何が気になっているのかをストレートに尋ねてみる。
すると、カーティス団長はぐっと奥歯を噛み締めた。
「この世界にはまだ魔人が残っています。私はフィー様のご存在が魔人に知られることを恐れています」
カーティス団長の口から出たのは、非常に分かりやすい回答だった。
「あなた様が精霊と契約さえしなければ、魔人に気取られることはないと、これまでの私は考えていました。しかし、『二紋の鳥真似』は人に擬態していました。そのため、もしもフィー様が能力の高い聖女であると露見し、人々の間に広がれば、魔人があなた様の存在を知覚するのではないかと、私は恐れています」
「それは……」
カーティスの言う通りだったので、私は言葉を途切れさせる。
今世に生を享けてからこれまで、魔人が現れたという話は聞いたことがない。
『二紋の鳥真似』を除くと、魔人はもう長いこと人の前に姿を現していないとのことだったからだ。
けれど、だからといって、安全だと言うことはできないのだ。
「あなたの言う通りだわ、カーティス。最近の私はちょっと気が緩んでいたようね」
前世の記憶を取り戻してすぐの頃は、亡くなった時の記憶が強く残っていて、これ以上はないほど魔人に恐怖していた。
けれど、今世での楽しい出来事が積み重なるにつれて、前世の恐怖心は少しずつ薄れていったように思う。
私の表情から私の考えを読み取ったようで、カーティス団長は苦し気に顔を歪めた。
「フィー様、300年前の人生は過去のものです。あなた様は過去を忘れ、新たに与えられた人生を楽しむ権利があります。しかし……あなた様は特別なのです! そのため、どうしても過去があなた様を追いかけてくるのです」
カーティス団長が仄めかしたことは分かっている。
私だって、「魔王の右腕」が口にした最後の言葉を忘れていない。
『聖女として生まれ変わったら、必ず見つけ出し、また、同じように殺す』
それは、私が何としてでも避けるべき場面だ。
もしもその場に騎士たちが居合わせたならば、間違いなく騎士たちは巻き込まれるだろうし、大きな被害が出るだろうから。
そして、最悪の結果になったとしたら、カーティス団長はものすごく悲しむだろうから。
私だって、まだまだやりたいことがたくさんあるから、死んではいられないのだ。
過去を思い出したことで、恐ろしさが私の背中に爪を立てたけれど、私は恐怖心を追い払いながら明るい表情を浮かべた―――カーティス団長が心配そうに私を見つめていたから。
「カーティス、約束するわ! 筆頭聖女選定会は途中で棄権するし、その後は無茶なことはしないって。それに、安心してちょうだい。そもそも今世の私は騎士として生きていくつもりだから」
「……あなた様の本質が聖女であることは分かっています。聖女として生きることが、あなた様のお幸せであることも。ですが、私は……もう二度と、あなた様を失いたくないのです」
カーティス団長の苦し気な声を聞いて、あなたの気持ちは分かっているわ、と私は何度もうなずく。
それでも、カーティス団長は完全に安心することはできないようで、まだ心配そうな表情を浮かべていた。
そのため、私は雰囲気を変えようと、昨夜見た夢のことを話題にする。
「ところで、カーティスは夢占いに詳しいかしら?」
「いえ、人並み程度です。何か変わった夢でも見たのですか?」
話題が変わったことに戸惑いを見せながらも、心配そうに尋ねてくるカーティス団長に、私はそうでないと明るい口調で続けた。
「それがね、同じ夢を2回見たの。しかも、シリウスの夢なのよ」
そう言うと、私は夢の内容をカーティス団長に語って聞かせた。
「これは近々、ダンスが必要になるから練習しなさいという警告なのかしら? それとも、シリウスみたいな強い騎士に出会えるという予兆なのかしら?」
冗談だと分かるように、わざとらしく腕を組んでコミカルな表情を作る。
けれど、カーティス団長は難しい顔をして黙り込んでしまった。
「…………」
「カーティス?」
不審に思って名前を呼ぶと、カーティス団長は慌てた様子で言葉を紡いだ。
「ああ、ええ、ダンスが必要になるという警告だと思います!」
「……いや、今の言葉は冗談だったのよ。私がダンスをする場面なんて、この先あるはずがないわよ」
カーティス団長ったら、どうしたのかしら。
いつもだったら私の冗談を冗談だと気付いてくれるのに、今日は気付かずに、本気の言葉だと捉えたのかしら。
普段の彼らしからぬ態度を訝しく思っていると、カーティス団長は私の言葉に同意する様子を見せた後、真顔で続けた。
「ああ、ええ、そうですね! もちろん、冗談ですね! ……フィー様、夢は夢です。何の意味もありません」
「そう?」
そうなのかしらと思いながら問い返すと、すごい勢いで提案される。
「そうです。できれば、次は私の夢を見ていただきたいですね!」
「えっ?」
見上げると、カーティス団長の頬が赤くなっていたので、まあ、今日の彼は一体どうしたのかしらとびっくりする。
今のセリフは間違いなくカーティス団長の冗談だろうけど、彼はその手の冗談を言うタイプではないので、ものすごく無理をしたことは間違いない。
そうまでして話を変えたかったのかしら、と首を傾げながらも、これ以上カーティス団長に負担を強いてはいけないと同意する。
「分かったわ! 今夜はあなたの夢を見るわ」
自分から言い出したというのに、カーティス団長は首まで真っ赤になった。
「は、はい。あの、私はこれで失礼します」
黙って見守っていると、カーティス団長はやっとのことで立ち上がり、ふらふらしながら去っていった。
何とはなしに後ろ姿を見守っていると、短い距離を歩くだけで何度も転びそうになったので、すごく動揺しているようだ。
……何だかよく分からないけど、私の元護衛騎士はとってもかわいらしいわね。
私は心からそう思ったのだった。
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