200 選定会前相談4
よろめいたカーティス団長はそのまま床に膝を突くかと思われたけれど、何とか持ち直すと、ぎらりとシリル団長を睨み付けた。
「シリル、何という言葉でフィー様を誘惑するのか! 完全にフィー様の好みを把握して、弱みに付け込んでいるじゃないか!!」
まあ、カーティスったら何てことを言うのかしら。
全然話の流れを理解していないわね。
「カーティス、これは私が弱みに付け込まれたという情けない話ではなくて、私が友情に厚いという感動的な話なのよ」
分かりやすく説明してみたけれど、私の元護衛騎士は思ったよりも理解力がないようで、否定するかのように頭を横に振った。
それから、私の両肩をがしりと掴むと、説得するような声を出す。
「フィー様、これ以上ご自分を難しい立場に置くのは止めてください! ただでさえ、サザランドでは大聖女の生まれ変わりだと見做されているのですから、これ以上聖女絡みの話にかかわるものではありません」
カーティスがあまりに心配そうな様子だったため、私は思わず大きくうなずく。
「分かったわ、筆頭聖女選定会の後はできるだけ大人しくすると約束するわ! だから、これだけは参加してもいいかしら? 私はどうしても現在の聖女様たちの力を見たいのよ」
前世の私は、聖女であることに大半の時間を費やしていた。
そんな私の聖女としての魔法や技術は、精霊や先輩聖女たちから教えてもらったものだ。
志半ばで倒れてしまったため、私が教わったことの全てを次代の聖女たちに伝えることはできなかったけれど、それでもいくらかは今の時代まで伝わっているはずだ。
だから、この国でも抜きんでて能力が高い聖女たちであれば、少しは、まあまあ、結構な技術を引き継いでいるのじゃないだろうか。
私はそれらをこの目で見てみたいのだ。
前世で私の護衛騎士だったカーティス団長であれば、ずっと私の側にいたから、私の気持ちを理解してくれるのではないだろうか。
そんな期待を込めて見上げると、カーティス団長はぐぐっと奥歯を噛み締めた。
「フィー様、それは……完全に私の弱みに付け込んでいます」
「えっ、カーティスの弱みって何なの?」
「……あなた様のご希望をできるだけ叶えたいと思うことです。特に聖女様に関することであれば、その傾向が強く出ます」
まあ、カーティス団長は私にとってそんなに都合がいい弱みを持っているのかしら?
よし、本当に効くか試してみよう!
私は両手を組み合わせると、カーティス団長を笑顔で見上げる。
「カーティス、選定会に出る聖女様たちの実力を間近で見たいわ!」
「ぐうっ!」
冗談半分だったのに、カーティス団長はまるでカエルが潰れたかのような声を出したので、本当に効いているようだわとびっくりする。
目を丸くして見つめていると、カーティス団長はあきらめた様子でうなだれた。
「……分かりました。選定会には私も護衛として同行します。くれぐれも無茶なことはしないとお約束ください」
護衛? 選定会場の警備って意味かしら?
カーティス団長の言葉に一部理解できない単語があったけれど、聞き返すことで彼を刺激し、気分が変わることがあってはいけないと思い、聞き流すことにする。
「ええ、約束するわ!」
はっきりと言い切ったにもかかわらず、カーティス団長は心配そうな表情のまま言葉を続けた。
「それから、これはお願いではなくご助言ですが、……聖女様方の能力に過度に期待するのはお止めください」
「え? ええ、聖女様方が300年前と比べて弱くなっているのは知っているわ」
心配しないでも大丈夫よと笑顔で答えたのに、カーティス団長はまだ心配そうな表情を浮かべていた。
「……それならいいのですが」
けれど、引き際を知っている私の元護衛騎士は、私の発言を受け入れて一歩後ろに下がる。
代わりに、セルリアンが一歩進み出ると口を開いた。
「フィーア、僕の希望を聞き入れてくれてありがとう。でも、君が選定会に出ると言ってくれた途端に、憑き物が落ちたように冷静になった。フィーアにとんでもない要求をしたんだな、と今の僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。騎士に聖女の振りをしろだなんて、滅茶苦茶な話だよね」
心配そうな眼差しで私を見つめてくるセルリアンは、とっても情けない表情をしていた。
彼は長年王太后に腹を立てていたため、先ほどは王太后を打ち負かしたい気持ちが溢れてしまったのだろう。
そのため、怒りの感情だけで突っ走ったものの、『聖石を持って選定会に参加する』との私の宣言を聞いた途端、自分の要求がいかに無茶なものだったかに思い至ったに違いない。
「ええ、その通りね。確かに滅茶苦茶でくちゃくちゃな話だわ。ナンバーワンの聖女様を決める選定会に参加しろと立派な騎士に要求するなんて、正気を疑われる話だわ。ナーヴ王国広しと言えど、こんなハチャメチャな話を引き受けるのは私くらいじゃないかしら」
腕を組み、うんうんとわざとらしく頷きながら答えると、セルリアンはへにょりと眉を下げた。
「そうだよね……」
「だけど、安心してちょうだい! 私は友情に厚いのよ」
おどけた調子でそう言うと、セルリアンが頬を赤らめて抱き着いてきた。
「フィーア、ありがとう! 君みたいに心が広くて親切な人物って他にいないよ」
ふっふっふ、やっと私の素晴らしさが伝わったようね。
「もちろんよ。だから、私に任せてちょうだい!」
そう言ってセルリアンの背中をぽんぽんと叩くと、彼はぐしりと鼻をすすりながら一歩後ろに下がった。
それから、もう1度小さな声でお礼を言ってきたため、私はにこりと微笑んだ。
シリル団長、カーティス団長、セルリアンのそれぞれが感情的に落ち着いた様子を見せたところで、見計らったかのようにサヴィス総長が口を開いた。
「フィーア、お前が無理をすることはない。セルリアンは王太后に鬱屈した思いを抱いており、シリルはオレを心配している。だからこそ出た要望だ。しかし、それは他の方法でも解決できる。お前の意に反するのであれば、お前が動く必要はない」
総長が公平な視点から発言してくれたことが分かったため、どうやらこの場で一番冷静なのはサヴィス総長のようねと考える。
ただ、親切なお言葉ではあるのだけど、選定会に参加することは、これっぽっちも私の意に反していないのよね。
そう考えながら、私は慎み深い表情を作った。
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、シリル団長とセルリアンに対する友情の前では、その他のことなど些末事なのです」
本当に、特等席でこの国選りすぐりの聖女たちの能力が見られることに比べれば、その他のことは些末事だわ。
サヴィス総長は私の慎ましやかな表情を見て、探るかのように目を細めると言葉を続ける。
「筆頭聖女はいずれオレの妃になる。そのため、シリルはオレのことを心配して色々と手を尽くそうとしているが、相手がどのような聖女であれ、オレが困ることも悩むこともない。シリルの杞憂だ」
つまりそれは、サヴィス総長が結婚後も、お妃様とは他人としての距離を保つということよね。
うーん、シリル団長は総長にそんな寂しい生活を送ってほしくないんじゃないかしら。
ん? よく考えたら、筆頭聖女選定会はナンバーワンの聖女を決めるのと同時に、サヴィス総長のお妃様を決める会ってことじゃないの。
あらあら、まあまあ、黒竜騎士団の至宝であるサヴィス総長のお妃様ならば、そんじょそこらの聖女様では騎士たちが納得しないわよね。
私はにやりとした笑みを浮かべる。
「了解しました! シリル団長の憂いを吹き飛ばし、サヴィス総長が一目惚れするような素晴らしい聖女様を探してきます!!」
私は心からの宣言をしたというのに、なぜだかシリル団長はぎょっとした様子で私を見つめてきた。
「フィーア、どうしてそのような結論になるのですか! 恐らくあなたはサヴィス総長の真意を誤解しています」
「ほほほ、女性を見極める役は女性が適していると、父が昔言っていました」
高らかな笑い声を上げると、シリル団長は見てきたかのようにスラスラと答える。
「それは、ドルフが全く女性を見極めることができないという話で、全然意味が違います。たとえばクラリッサであれば当てはまるかもしれませんが、フィーア、あなたには無理です。それに、これは筆頭聖女を選ぶ選定会ですから!」
シリル団長の発言はもっともではあったけれど、私には私の意見があるため、ここは譲れないわと苦悩しながら返事をした。
「ううーん、私が聖女様であれば、ただ聖女様の能力だけに着目するのでしょうが、私は騎士ですからね。これはもう、仲間の騎士たちに優しい、騎士が大好きな聖女様を探してくるのが私の使命です!」
すると、当事者であるはずのサヴィス総長がおかしそうに笑い声を上げる。
「ははは、オレが一目惚れするような聖女から、騎士たちに優しい聖女と、選定すべき相手がお前たちに都合のいい相手にすり替わってきているぞ。なるほど、フィーアはオレのお守りのつもりだったが、どうやら騎士団全体のお守りだったのか」
あらまあ、話題になっているのは総長本人のことだというのに、どこまでも他人事ね。
そう思ったのは私だけではなかったようで、シリル団長が苦言を呈した。
「サヴィス総長、面白がっている場合ではありません!」
けれど、サヴィス総長は無言で肩をすくめただけだった。
……どうやらサヴィス総長は、筆頭聖女と婚姻を結ぶことをあまり真剣に取り合っていないようだ。
さて、そんなわけで、超エリート集団である第一騎士団の騎士である私、フィーア・ルードに新たな任務が追加された。
筆頭聖女選定会参加に向けて、聖女の能力及び薬草の知識を身に付けるという特別任務だ。
ただし、私が選定会に出るというのは秘密なので、極秘任務でもある。
「特別任務ってのは、その者にしか頼めない重要任務のことよね。ほほほ、私ったら2つも特別任務を受けるなんて、どれだけ優秀な騎士なのかしら!」
私は寮の私室でベッドの上に座り込むと、ザビリアを相手に今日の出来事を話して聞かせた。
明日からの私の一日は、王城の庭を訪れて大聖女の薔薇に魔力を流すことから始まり、聖女と薬草について学ぶことで終わるのだ。
忙しくなるわねー、と口にしたところで、ザビリアが不思議そうに首を傾げる。
「フィーアは騎士だよね? なのに、フィーアの1日は、庭の鑑賞と聖女見習いの仕事で終わるってこと? 果たしてこれは、騎士の仕事なのかな? たとえばこのスケジュールを聞いて、フィーアが騎士だと当てられる者が一体何人いるのだろうね」
「うっ、ザビリアったら鋭いことを言うわね。ええと、誰かに尋ねて、その答えを確認したい気もするけれど、特別任務だからね。私のスケジュールを外に漏らすわけにはいかないわ」
きっぱりとそう言うと、ザビリアはうなずいた。
「それはよかったね。状況はフィーアに優しいよ。ふふふ、僕としては、フィーアが騎士として重宝されているのか、庭師として重宝されているのか、はたまた聖石の所有者として重宝されているのかを確認したいところだから残念だけど」
「ううう、それは開けてはいけない箱の気がするわ。でも、おかしいわね。入団式でサヴィス総長と引き分けた時に見られた私の騎士としての優秀さは、一体どこに行ってしまったのかしら」
最近の私からは、完全に消えてなくなった気がする。
不思議に思って首を傾げる私を、ザビリアが横目で見てきた。
「あれは剣の力だよね。フィーアが立派な騎士だということ自体が、始めから幻だったんじゃないかな」
ザビリアが嫌な見解を示すので、聞こえないふりをする。
「ほほほ、私が筆頭騎士団長から直々に特別任務を与えられたのは間違いないし、細かいことは考えずに、全力を尽くすことにするわ!」
やる気に満ち溢れている私に対して、ザビリアは物申したいような表情を浮かべて反論してきた。
「全力? それは尽くさない方がいいと思うけど」
知らないよー、と言うザビリアを尻目に、私はぐっと握りこぶしを作る。
「ほほほ、ザビリア、騎士という仕事は大変なものだから、力をセーブして務まるほど簡単なものじゃあないのよ。それに、特別任務を与えられたのだから、立派な騎士として手を抜くわけにはいかないわ!」
高らかに宣言する私を、ザビリアはどういうわけか呆れた目で見つめていたのだった。









