199 選定会前相談3
セルリアンの視線を受け止めたシリル団長は、最初から私が優勝するとは考えていないように見えた。
だとしたら、一体何を望んでいるのかしら、と不思議に思って首を傾げる。
「シリル団長は私に何をお望みなんですか?」
シリル団長は真摯な表情を浮かべると、じっと私を見つめてきた。
「3回の審査のうちの1回でいいので、聖石を使ってローズ聖女を上回ってほしいと考えています。王太后のもとで育ってきたのであれば、どのような勝負の場でも、ご自分が負けるとは考えないタイプに成長しているはずです。そのため、1度でも敗北した場合、その事実にローズ聖女が動揺して、普段通りの力が出せなくなるのではないかと期待しています」
なるほど。何の実績もない私が突然、すごい魔法を使ったら、ローズはびっくりして上手く魔法を使えなくなるだろうという、心理面に着目した作戦ね。
「もちろん、その場合はあなたの今後に差しさわりがないよう、あなたが聖石を使う場面をローズ聖女以外の者に見られないよう配慮します」
それはいいことだわ。
それに、プリシラ聖女やその他の聖女たちが私の力を目にした場合、やっぱり聖石の力だとは思わずに、動揺したり委縮したりするかもしれないもの。
その結果、彼女たちが普段通りの力を出せなくなったとしたら本末転倒よね。
「恐らく、プリシラ聖女とローズ聖女の能力に大きな差はないと思われます。そのため、3回のうち1回でもはっきりとした差が付けば、それが最終的な差異になるはずです」
「まあ、そんな計画を立てるなんて、シリル団長は策略家ですね」
さすがシリル団長だ。派手ではないけど、確実に希望が叶いそうな方法を考えている。
そう感心していると、シリル団長は私にとって柔らかい提案を続けた。
「上手くいった場合は、途中で棄権してもらって構いません。このことにより、始めにセルリアンが要望した通り、王太后とローズ聖女に『この世界には強大で、脅威となる聖女がいるのだ』と知らしめることにもなるでしょうから、彼女たちへの抑止力になるはずです」
うーん、問題はそこなのよね。
「シリル団長の希望は分かりました。ただ、私にはローズ聖女が筆頭聖女に相応しくないかどうかが分からなくてですね。厳正なる筆頭聖女選定会に、このように介入することの是非も分かりませんし」
ローズ聖女がすごく立派な聖女の可能性はないのだろうか。
あるいは、もしもローズ聖女が強力な聖女だった場合、それでも彼女が王太后の流れを汲んでいることを理由に、筆頭聖女に選定すべきではないのだろうか。
そうだとしたら、そもそも筆頭聖女選定会で、思想や派閥まで確認するよう選定方法を変更すべきじゃないのだろうか。
色々と疑問が湧いてきて、シリル団長の計画を頭から否定するような意見を述べたというのに、団長は不快な様子を見せることなく、悩まし気な表情を浮かべた。
「……非常に公正な視点ですね」
それから、シリル団長は考える様子で言葉を続ける。
「フィーア、この件に関して、私には公正な視点も冷静な視点も欠けています。そのことを自覚していますが……あなたの言う通り、そもそも私が行おうとしている行為自体が、許されないものであるのかもしれません」
シリル団長のすごいところは、反対意見を聞いても即座に否定するのではなく、一旦その内容を咀嚼して検討することよね。
そして、正しいと思ったら受け入れようとするのだから、なかなかできることじゃないわ。
そう感心していると、シリル団長は中空を見つめて何事かを考える様子を見せた。
けれど、すぐに小さく頭を振ると、「でしたら」と新たな提案をしてきた。
「フィーアが選定会でどう行動するかは、あなた自身の判断にお任せするというのはいかがでしょうか? もしもあなたが選定会で余計な介入をすべきでないと考えたならば、聖石を使わずにそのまま棄権していただいて構いません。あなたは選定会を見学するくらいの気持ちで参加いただければと思います」
「えっ、それでいいんですか?」
それはまた破格の申し出ねと思いながら聞き返すと、シリル団長は生真面目な表情で頷く。
「フィーア、聖女に対するあなたの考えを、私は尊重しています。選定会に一切の作為的な行為を持ち込むべきではないというあなたの意見も、至極もっともです。恐らく、この場において、あなたが最も冷静な判断を下せるのでしょう。……私は私の考えが国のためになると考えて行動していますが、もしかしたら考えが足りておらず、正しく判断できていないのかもしれません」
つまり、これまでの話から推測すると、シリル団長は王太后との間に何らかの確執を抱えていて、そのことに考えが影響されているということかしら。
「私は見学するつもりで選定会に参加するんですか」
それは私にとって、楽しいばかりのイベントじゃないかしら。
「その場合、後々、私が聖女だと取りざたされることはなく、ずっと騎士としてやっていけるんですね?」
選定会の様子は選定委員しか覗けないのであれば、不特定多数の人々の目に触れることはないだろう。
さらに、ローズ聖女以外の聖女たちにも、私が魔法を使っているところを見られないよう取り計らってくれるのであれば、本当に限られた者しか私のことを目にすることはないはずだ。
先ほど、シリル団長が『フィーアが参加したとしても、その能力が外に漏れることはありません』と言っていたのは、こういうことなのね。
「選定会に参加した時点で一般に周知されるのは名前だけですから、誰も騎士であるあなたと結びつけはしないでしょう。一方、選定会が終了して順位が付いた際には、聖女様のお姿も公のものになります。しかし、途中で棄権するのであれば、順位を付けることはできませんので、誰もその姿を確認するすべはありません」
シリル団長の有能さは、こういう時に信用できるのよね。
これまでの実績もあるし、団長がきっぱりと言い切ってくれた場合、確実にその約束は守られると信じることができるのだから。
「それはとってもいいことですね! ところで、ただの確認ですけど、聖女様たちは私が聖石を使用するところを見ることができないとのことでしたよね。私の方は、聖女様たちの魔法を見ることができるんですか?」
シリル団長は誘惑するかのように、満面の笑みで頷いた。
「もちろんです、フィーアが望むだけご覧になることができますよ」
筆頭聖女選定会が開かれるのは数十年に1度だと聞いた。
そうであれば、我が国でも有数の力を持つ聖女たちが一堂に会することは今後しばらくないだろうし、彼女たちの力を特等席で見られることなんて二度とないだろう。
つまり、今回の申し出は私にとって千載一遇のチャンスということだ。
「そうですか、よく分かりました」
私は感じ入った声を出すと、大きく頷いた。
「シリル団長とセルリアンがそんなに困っていて、私の参加を望まれるのでしたら、その希望に背中を向けるのは友人としてあまりに冷たいですよね!」
そう、私は2人の友人だったのだ。
そして、友人というのは助け合うためにいるのよね。
カーティス団長の手前、きりりとした真顔を作ろうとしたけれど、どうしても顔がにやにやしてしまう。
「フィー様!」
そんな私を見て、カーティス団長が絶望的な声を上げたけれど、私は返事をすることなく言葉を続けた。
「選定会に出ます!」
きっぱりとそう言い切った瞬間、カーティス団長がふらりとよろけるのが見えた。









