20 回復薬1
サヴィス総長は、やっぱりすごい。
Bランクの魔物を一刀両断なんて、どんだけ強いのよ!
剣は、刃筋を通せば切れるとは言うけれど、全く力が入っていないように見えたし、どうすればあんなにすぱっと切れるんだろう。
私は興奮して、シリル団長に呼ばれるまま、二人に近づいていった。
手招きしていた団長が、はっとしたように私の腕を見る。
「フィーア! 怪我をしたんですか?」
「え? ああ、そういえば、フラワーホーンディアの角で引っかけたんでした。かすり傷です」
「いや、その傷は、10センチくらいの長さがありますし、深さもあるでしょう。かすり傷では、ありません。聖女様に……」
私の服の腕部分をまくり上げて傷を確認していた団長は、何かを見つめ言葉を切った。
団長の視線を追うと、聖女たちが騎士に何かをわめいている。
……うん、これは内容が聞こえなくて幸いね。
状況によって、優先順位は変わる。フラワーホーンディアが出現した瞬間に、魔物を倒すことが最優先となったので、聖女の護衛も魔物討伐に参加した。
魔物を倒せなかった場合は、小隊全滅もありえたので、これは仕方がないことだ。
だけど、聖女たちからすると、とても許すことができない暴挙なのだろう。遠くから見ても、ものすごく怒っている。
……うん、これは無理だな。今の戦闘でけっこうなケガ人が出たけど、これは治してもらえないな。
私は、治療してもらうことをすっぱりと諦めると、団長に向き直った。
「かすり傷です。配布された回復薬があるので、後で飲んでおきます」
「いや、今飲みなさい。あれは、飲んでから効果が出るまで時間がかかるので、早めに飲むべきです」
む――ん。でも、回復薬って、飲むと激痛が走るっていうじゃないですか。大丈夫です。飲まなくても、自己治癒できます。こう見えても、元・大聖女ですから(きらん)。
「フィーア……? あなた、まさか一時的な痛みが怖くて、薬を飲まないつもりじゃないでしょうね。それは、小難を逃れて大難に遭うというものです。もう15歳で成人しているのだから、子どものような真似はおやめなさい!」
そして、団長に無理やり首根っこを捕まえられると、口を開けさせられる。
「だ、だ、団長、ご安心ください! ルード家は代々、丈夫なんです! あ、というか、父が薬に頼るなんて軟弱だと言っていました。私は、ルード家の娘として、正しく父の教えを……むががっ」
話している途中だというのに、問答無用で団長に薬を口の中に入れられる。
「ひ――――、なっ、これ、にがっ! うわ、にがっ!!」
思わず両手で口を押え、何とか苦さを逃がそうとしたが、苦味は口の中から出ていってくれない。
どうにかならないものかと、解決策を探してまわりを見渡す。
総長と視線が合ったが、彼はおもしろそうに片手をひらひらとさせるだけだ。
うわ、助ける気ないな。
たまらず、その場でジャンプをする。
苦い、苦い、にんがい! 舌が、いがいがする! ああ、普段から苦いものを食べつけていたらよかった。そうしたら、この苦さも少しは耐えられたんじゃないかしら。
支離滅裂なことを考えながら、ジャンプを繰り返す。
だけど、体を動かしていると、時にはいい考えが浮かぶものらしい。
甘味! そうよ、甘いものを食べて、味を打ち消せばいいじゃないの!
きょろきょろと辺りを見渡すと、目当ての木を見つけ、一目散に駆け出した。
「ちょ、フィーア! 一人でどこへ行くのです?」
後ろから、団長が慌てたように声をかけてきたけれど、それどころではない。
目当ての木を見つけると、たわわに実っている親指大の赤い実を手に取った。
そして、ぱくりと口に放り込む。
「フィーア! 吐き出しなさい!」
慌てたように団長が走ってくるけど、もぐもぐもぐ、もう食べちゃいましたよ。
……相変わらず、この実はあまっ甘だ。なんで、こんなに美味しいのに、森の獣に食べられないんだろう。
「フィーア!」
追い付いた団長が、私の口に指を突っ込み、口の中をさぐっていたけど、残念。もう、食べちゃいましたよ。
「んが、だんひょーも食べたかったんですか? だっはら、まだ、そこにいっぱいなっていますよ。私の口の中のをかすめ取ろうとしないで、自分で取ったらいいじゃないですか」
「……平気なのですか? それは、一見美味しそうに見えるけれども、回復薬とは比較にもならないくらい、ものすごく苦い果実ですけれど……」
「は? ものすごく甘いですよ?」
こてりと首をかしげて問いかけながらも、手は忙しく動き、2個目、3個目の果実を取って、口の中に放り込んでいく。
「もぐもぐもぐ、ほら甘い」
「……回復薬を苦いと評するあたり、味覚音痴というわけでもなさそうですが……」
団長は、恐る恐るといった感じで果実の一つをもぎ取ると、小さくかじった。
「! ……ぐふうっ、あなたを信じた私が、愚かでした!」
地面に片膝をついて、苦悶の表情を浮かべる団長を見ながら、「美形は顔を歪めても美形ねー」と私は羨ましさを感じていた。
「あ、団長って酒飲みでしょう? だから、甘いものが苦手なんですね」
「……何を言っているのですか。この果実は、尋常じゃなく苦いですよ」
「またまたー。甘いものが苦手なのは、恥ずかしいことではないですよ」
言いながらも4個目、5個目を取って、ぱくぱくと食べていく。
美味しいなぁと思いながら甘さを味わっていると、じとりと団長に見つめられていることに気が付いた。
「あ、やっぱり、もっと食べたくなりました? どうぞ」
新たに1つをちぎり、団長の目の前に差し出す。
けれど、団長は、忌避すべきものを見るかのような目で見つめるだけで、手を出そうとはしない。
どういうこと? と疑問に思っていると、ゆったりと歩いてきた総長と目が合った。
「総長、どうぞ。とっても美味しいですよ」
総長は、無言で数秒間私を見つめていたが、おもむろに手を伸ばし、私の手のひらから果実をつまんだ。そして、口の中に丸ごと放り込む。
「総長!!」
団長が驚愕したような声を上げたが、総長は気にした風もなく、果実を口の中で咀嚼した。
「……甘いな」
そして、意外そうにつぶやく。
「そんな、まさか」
驚いたような声を上げた団長は、新たに一つの果実をもいで齧り、「ふぐっ」と再度なさけない声を上げては、地面にうずくまっていた。
……うん、口に合わないなら、そのまま吐き出せばいいのに。きちんと食べてしまおうとするあたりが、団長の品の良さだよね。
横目で団長を見つめながら、更に果実をちぎっていると、総長から声を掛けられる。
「フィーア、シリルに一つ分けてやれ」
「了解しました。団長、どうぞ」
差し出した手から、団長は恐る恐るといった感じで一つつまむと、そのまま丸ごと口に入れた。
そして、意を決したように齧ると、……つむっていた目を見開いた。
「甘い……」
……ふむふむ、なるほど。私が差し出した時は、一口齧っただけだったのに、総長に言われたら丸ごと食べるのですね。……団長は、本当に、総長のことが大好きですね。分かっていたけど。
だけど、大丈夫です。直属の部下は、そんなことでは拗ねません。ちゃんと、団長をフォローしますよ。
「ええ、甘いですね。でも、大丈夫です! 甘いのが苦手な男性ってのは、逆に好感触だったりしますから」
「これは一体、どういうことなのでしょう?」
私の慰めの言葉を丸っと無視すると、団長は総長に話しかけた。げふん!
「……言い伝えでは、この森には昔、精霊が棲んでいたという。そして、気に入った者には、恩恵を与えていたと。……精霊の冥加だな。フィーア、お前は『精霊に愛されし者』なのだろう。苦い味の果実を甘く変えてしまうほどに、精霊がお前を手助けしている。あるいは、既に精霊自体がこの森からいなくなっているのならば、森がお前を手助けしているのか。……惜しいな。回復魔法の使い手であったなら、優れた聖女になれただろうに」
王国に生まれた女児は全員、3歳と10歳で回復魔法の使い手かどうかの検査を受ける。教会に引き取られていないということは、そのどちらでも、回復魔力なしと判定されたということだ。
「……十分です。必要なものは、全て与えられていますから」
私は、総長を見つめると、にこりと笑って言い切った。
……私は、この国にもう一度生まれるチャンスをもらった。
それが、最大の精霊の冥加だ。
しばらく沈黙が続いた後、それを打ち消すように団長が口を開いた。
「……ええと、フィーア。落ち着いたのならば、あなたに聞きたいことがあるのですが……」
聞きたいこと?
「はい、なんでしょう?」
そして、こてりと首をかしげた時だった。私の全身を激痛が襲ったのは!
「あああぁぁぁ?!」
そうだった、回復薬を飲んだんだった!









