197 選定会前相談1
セルリアンが話し終わると同時に、部屋にはしんとした沈黙が落ちた。
誰一人、言葉を発する者はいなかったからだ。
硬い表情で黙り込むセルリアンを見て、私は何とも言えない気持ちになる。
そして、彼が王太后を嫌悪するのも仕方がないことだと思った。
目の前で恋人が命の危険に晒され、救ってくれるようにと心から願ったにもかかわらず、一顧だにされなかったとしたら、恋人のことを想う分だけ、悔しさと憎しみが湧いても仕方がないと思われたからだ。
実際に王太后がコレットを救えたかどうかは不明だけれど、恐らくセルリアンはコレットを救おうとしなかった王太后の態度に納得できないものを感じたのだろう。
けれど……やっぱり王太后は、コレットを救えなかったことに辛い思いをしたのじゃないだろうか。
少なくとも王太后は、魔物討伐から戻ってきたサヴィス総長を治癒したいと考えていたし、誰かを治したいと強く願うのは聖女の特性だ。
恐らく王太后は大切なものを失うことがないよう、彼女にとって大事なものに順番を付けて行動したのだろう。
その際、王太后の大事なものとセルリアンの大事なものが一致しなかったため、2人は決裂してしまったのだ。
加えて、王太后の態度や言葉の端々に、聖女を特別視し、優遇する言動が見え隠れしたため、セルリアンは悪感情をさらに増大させたのだろう。
『仲間の聖女1人救えないくせに、何が特別で優遇されるべき聖女か』と。
そう考えていると、セルリアンが理解できないとばかりに首を横に振った。
「僕はね、未だにあの時の王太后の行動が理解できないんだ。王太后の優先順位と僕のそれは違ったかもしれないが、それでも……息子である僕が心から望み、目の前で死にそうになっているコレットを見て、あれほど無関心でいられたことに心底心が冷えたんだ」
王太后の真意は分からない。
けれど、死にかけたコレットを見て、顔色一つ変えず、指先一つ動かさない王太后の姿は、セルリアンにとって全く理解できないものに映ったのだろう。
王太后の言葉を信じるならば、その後、竜討伐から戻ってきたサヴィス総長の怪我を治したはずだけれど、もしも総長が軽傷であったのならば、セルリアンはますます納得できなかったに違いない。でも……
「セルリアン、私には王太后の聖女としての能力がどれほどのものかは分からないわ。けれど、コレットとサヴィス総長の両方を救えるほどの魔力を持っていたならば、どちらも救おうとしたのじゃないかしら」
それができなかったからこそ、10年前の悲劇は起こったのじゃないかしら。
そう思ったことを口にしてみたけれど、セルリアンは唇を歪めた。
「どうかな」
どうやらセルリアンは、王太后は何があったとしてもコレットを助けなかったと思っているようだ。
間近で見ていた彼がそう感じたのならばそうなのかしら、と分からなくなっていると、セルリアンは皮肉気な表情のまま言葉を続ける。
「いずれにせよ王太后は、彼女にとって大事なものを選び取った。国民にほとんど認知されていない僕の恋人を救うのではなく、既に勇猛果敢なる騎士として名を馳せていたサヴィスを救い、皆から憧憬を集める道を。ああ、王太后はどこまでいっても筆頭聖女であることを止められないのさ!」
王太后の言葉をそのまま信じるのならば、彼女は何としてでもサヴィス総長を救いたくて、魔力を温存したとのことだった。
その行為だけを見て間違っているとは判断できないけれど……と思っていると、セルリアンは「あくまで僕の考えだが」と思案する様子で口を開いた。
「火事場の馬鹿力ってあるよね。切迫した状況において、普段以上の力を出すことは。聖女の能力も似たようなものだと思う。救おうという気持ちがあり、必死になって対応してこそ、本来の力か、それ以上のものが出せるのじゃないかな。だから、王太后のような心根で、救える者を冷静に選別するのであれば、王太后の能力を下回る者しか救えないはずだ」
セルリアンが言わんとしていることは、何となく理解できた。
きっと、彼は理想家なのだ。
「セルリアン、あなたの考えは一貫しているのね。先ほどあなたは『必要な場面で力を使いもしないのならば、力がないのと同じことだ。そんな者は聖女でも何でもない!!』と主張していたけれど、だからこそあなたは、隣に立つ聖女としてコレットを選んだのじゃないかしら」
ふと思いついたことを言葉にすると、セルリアンは戸惑った様子で聞き返してきた。
「どういうこと?」
「コレットはいつだって全力で回復魔法を発動し、治癒しようとしていたみたいだから、彼女こそがあなたが理想とする聖女の姿だったのでしょう?」
多分、セルリアンにとって、聖女としての能力の高低はどうでもいいのだ。
彼にとって大事なのは、聖女としてどれだけ一所懸命、相手を治癒しようとするかなのだろう。
「……言われてみれば、その通りだな。今の今まで気付かなかったが」
そう言うと、セルリアンは唇を歪めた。
「生まれ持った能力の差異は、努力で埋められない。なのに、ただ能力が高い聖女として生まれてきただけで、筆頭聖女として祭り上げられることは間違っている。実際には慈悲の心を持ち合わせておらず、自分たちの都合で治癒する相手を選別し、聖女の力をちっとも活かせていないのに……それは能力が低いことと同じじゃないか! だから、僕はコレットに筆頭聖女になってもらって、聖女の価値基準を根底からひっくり返してほしかったんだ!!」
そう言って唇を噛んだセルリアンを見て、私はやっと彼が何をしたいのかを理解したように思った。
彼は能力の高低ではなく、その心の持ち方に聖女を見ているのだ。
一方、サヴィス総長とシリル団長の気持ちはちっとも分からない。
聖女全般を敬うシリル団長が、王太后に対して辛辣な様子を見せるのは一体なぜなのか。
そして、そもそもサヴィス総長は王太后を嫌っているのか、苦手に思っているのか、何とも思っていないのかすら分からないのだ。
ただ、この2人は聞いても教えてくれなさそうよね。
それに、そもそも本日の最大の問題は、王太后に対する皆の感情ではなくて……
「フィーア、筆頭聖女の選定会に勝手に推薦したことを怒っている?」
そう、これなのだ!
心配そうに尋ねてきたセルリアンを、私は首を傾げながら見返す。
「怒ってはいないけど驚いたわ。そして、ちっとも訳が分からないわ。だって、私は騎士だから、筆頭聖女の選定会に出られるわけがないでしょう?」
当然の答えを返すと、一瞬沈黙が落ちた。
それはまるで、何と答えたものかと皆が考えているかのような時間だったため、どういうことかしらと疑問に思う。
カーティスを除けば、他の誰も私が聖女であることに気付いていないはずだ。
なのになぜ、誰も「その通りだ! 騎士が選定会に出られるはずがない」と答えないのかしら。
カーティスも同じように考えたようで、厳しい表情を浮かべるとセルリアンに問いかける。
「フィー様の言う通りだ。フィー様は騎士であって聖女ではない。そのことを承知のうえで、なぜ筆頭聖女選定会の参加者として推薦したのか」
すると、セルリアンは困った様子で首の後ろに手をやると、私とカーティス団長を交互に見ながら返事をした。
「君たちの言う通りだ。言う通りではあるのだけど、フィーアだけは例外なんだよ。なぜなら彼女は魔力が込められた聖石をたくさん持っているからね。それさえあれば、選定会は乗り越えられる」
「えっ、それはインチキでしょう!」
不正はダメよと思って驚いた声を上げると、セルリアンはぼそりと呟く。
「……選定会で聖石の使用は禁止されていない」
まるで子どもの言い訳みたいなことを言うわね。
「それは、誰もが選定会では聖石を使用するものではないと、当然に思っているからでしょう! あるいは、聖石は滅多にない稀少な石らしいから、皆がその石の存在を知らないだけでしょう。どちらにしても、その選定会に参加したら、私は聖女として順位付けされてしまうんじゃないかしら」
そう尋ねると、さすがのセルリアンも答えにくいようで口を噤んだ。
「だけど、私は騎士だから、聖女としてずっと暮らしていくことはできないわ。それに、聖石の魔力はいつかなくなってしまうでしょう? そうなったら、私が聖女じゃないってバレるわよ!」
本当にどうしてこんな当たり前のことを説明しないといけないのかしら、と思いながら訴えると、セルリアンは困ったように前髪をかきあげた。
「うん、その通りなんだけど、……フィーアは優勝しなくていいんだよ。ただ、王太后と彼女の子飼いの聖女に、この世界には強大で、脅威となる聖女がいるのだと知らしめてさえくれれば」
セルリアンはそこで口を噤むと、助けを求めるようにシリル団長を見上げた。
そのため、シリル団長が口を開いたけれど、団長の発言内容はどういうわけかセルリアンのそれをより過激にしたものだった。
「私としては王太后が後継指名をしたローズ聖女に、より強い聖女がいるのだと知らしめるだけでは不十分だと思います。王太后の流れを汲んだ聖女は、筆頭聖女に選ばれるべきではありません」
いつも読んでいただきありがとうございます!
ちょっと次の展開に悩んでおりまして、内容を整理するため2週間から1か月ほどお休みします。
できるだけ早めに再開できればと思っているので、頑張りたいと思います。
お待ちいただいている方には申し訳ありませんが、よろしくお願いします。








