【SIDE】ローレンス 4
―――元々、母は平民だった。
しかし、聖女としての類まれな能力を見出され、妹であるサザランド公爵夫人とともにペイズ伯爵家の養女となり、貴族として王に嫁いだという経緯がある。
そのため、母の生活をドラスティックに変え、生き方を変えたのは、『聖女である』という事実ただ1つで―――だからこそ、母は優れた聖女であることに固執した。
優れた聖女であることが母を救い、これからの母を守り、多くの国民たちから憧憬と尊敬を集める手段になることを、誰よりもよく理解していたからだ。
そんな母とコレットは相容れないようだった。
コレットには聖女として尊敬されたい、高い地位に就きたいという望みはなく、ただ僕の怪我や病気を治したいがために優秀な聖女になりたいと願うような女性だったからだ。
そのため、母のように強い上昇志向は持っておらず、その志を継ぐ聖女には決してなり得なかった。
だからこそ―――元々のコレットの聖女の能力の低さも相まって、母は決してコレットを認めることはなく、次代の筆頭聖女には不適と判断した。
当然のことだが、僕だってただ手をこまねいていたわけではなく、コレットが筆頭聖女となれるよう、各方面に働きかけを行っていたが……途中からそれどころではなくなった。
コレットが15歳で成人した頃から、目に見えて体調を崩すようになったからだ。
健康的だった肌色が青白く変わり、苦しそうに胸元を押さえながらうつむく回数がどんどん増えてくる。
コレットは元々、「きつい」とか「苦しい」とかを口にすることは滅多にない。
その代わり、黙ったままギリギリまで耐えようとして、耐え切れずに突然倒れてしまうのだ。
そんな彼女は、王城に遊びに来ていた時、僕の目の前でばたりと倒れた。
僕は仰天し、王城住まいの聖女と医師にコレットを診せたが、彼女に悪いところは見つからなかった。
怪我であれば、出血するので治療箇所は一目瞭然だ。
しかしながら、病気の場合は治療部位の特定が難しく、多くの場合はどこが悪いのかが分からない。
そのため、聖女たちは患者の体全体に回復魔法をかけるのだが、聖女たちがコレットにどれだけ魔法をかけても、回復の兆しが見られなかった。
そして、敏感なタイプの聖女たちは、コレットに回復魔法をかけても手応えがないと口をそろえた。
そのため、コレットの不調は病気ではなく、体調的なものだろうと判断された。
けれど……コレットの不調はどんどん悪化していくように見えた。
思い返してみると、彼女の体調不良が顕著になったのは最近ではあるものの、そもそもの不調の始まりは、聖女になった時期に重なっているように思われる。
そうであれば、もしかして僕の隣に立つために無理をしたのかもしれないと心配になった。
そのため、コレットに直接尋ねてみたが、本人も体調不良の原因を理解していないようで、首を傾げるだけだった。
そして、コレットが16歳の時、事件が起きた。
その頃の彼女は、月の半分ほどは体調不良に陥り、ベッドに伏せる生活を送っていた。
けれど、その日は珍しく気分がいいとのことだったので、お忍びで僕と街に出掛けていた。
コレットに町娘のような服を着せ、平民服を着用した僕と手をつないで街を回る。
コレットは公爵令嬢であるものの、平民と交じることを気にしなかったし、物珍しいことや陽気なものが好きだったため、それらを街中で目にすることで、少しでも元気になってほしかったのだ。
「まあ、あのロウソクの炎は緑色をしています! 不思議ですね。もしかしたら葉っぱで作ったロウソクなのかもしれません」
「それはとっても幻想的な考えだが、ちょっと混ぜ物をしてあって、緑に見えるようにしてあるだけだろうな」
僕が常識的なつまらない答えを返しても、コレットは笑いながら次の楽しみを探す。
「えっ、あ、青いひよこがいます! 幸運のひよこですって!! あのひよこを手に入れたら、私が焼くクッキーは絶対に焦げなくなると思います」
「公爵家の子弟は皆、同じような思考を持つものなのか。僕の知っている公爵家令息も同じようにキラキラとした目で青いひよこを求めていたぞ。……あの時の彼は5歳だったが」
その時、会話の流れでシリルのことを思い出し、僕の胸がつきりと痛んだけれど、平静さを装って何でもない振りをした。
なぜならわずか2週間前に、シリルは相次いで両親を亡くしていたからだ。
にもかかわらず、彼はこの1か月間、サヴィスとともに隣国に滞在しているため、両親の葬儀に出席することも、墓前に手を合わせることもできないでいたのだ。
僕のところに回ってくる報告書から読み取れる情報は、しょせん血肉が通わない文字の羅列に過ぎないが、それでもサザランドの状況の悲惨さをこれでもかと伝えてきていた。
聖女として高いプライドを持つサザランド公爵夫人と、何としても聖女を守ろうとするサザランド公爵、それから住民たちが最悪の形で衝突したということを。
シリルは普段から、父親に対しては従うべき上官のように、母親に対しては敬うべき上位の聖女のように、敬意と礼節をもって接していた。
しかし、一方では生まれた時から同じ家で暮らしてきた家族であることを意識しており、その根底には家族愛があったはずだ。
そのため、両親を同時に失った悲しみは深いものだろう。
シリルの心情に思いを馳せ、痛ましい気持ちになっていると、人ごみの中によく見知った青銀色の髪が見えた。
そのため、何事だろうと思いながら呟く。
「コレット、君の兄上が僕たちを探しに来たようだぞ」
僕の声にコレットが顔を上げるのと同時に、コレットの兄であるロイド・オルコット公爵が目の前に現れた。









