【SIDE】ローレンス 3
『聖女』とは、人々を魔法で治癒することができる、特別な御力を与えられた者を差す言葉だ。
聖女の力は人々を救うことができる貴重なものだから、大事にされ、次代に継承することが最重要とされた。
そのため、貴族は聖女の力を色濃く持つ女性と婚姻を重ねることで、聖女の力を保ってきた。
なぜなら聖女の力は、魔力以上に次代に継承されることが分かっていたからだ。
聖女が生んだ娘は高確率で聖女になるため、貴族はこぞって聖女と婚姻を結びたがった。
だからこそ、貴族出身の聖女であれば、高位貴族の婚姻相手となることは確約されているようなものだった。
そんな中、コレットは聖女として公爵家に生まれたのだ。
次期国王の妃として、これ以上の相手はいないだろう、と考えていたのだが……
「兄上、聖女には聖女のルールがあります。彼女たちは家柄も年齢も一切気にしません。唯一重要視するのは、聖女としての能力です」
「そうか、王侯貴族とは異なる独自のルールが、聖女たちの中では適用されているのだな」
久しぶりに弟に会い、悩みを相談したところ、非常に冷静に答えを返されたため、いつの間にサヴィスはこれほど立派になっていたのだと驚きを覚える。
頼もしくなったなと思いながら、今後の方針を相談すると、彼は考える様子で腕を組んだ。
「そうですね、一定以上の怪我や病気になると、聖女が一人で治癒することは難しいため、たとえ筆頭聖女と言えど、一人だけで魔法を発動することはほとんどありません。ですから、力の弱い聖女を筆頭聖女にしたいのであれば、その者をフォローできるよう、筆頭聖女の側に能力の高い聖女を数名配置すればいいのではないでしょうか」
「素晴らしい考えだな!」
サヴィスはすごいな。僕が何日も悩んでいた問題に、5秒で解決策を見出したぞ。
「あるいは、『王は筆頭聖女と婚姻する』とのルールを変更することです。実際のところ、兄上に必要なのは『聖女との婚姻』のみです。それにもかかわらず、結婚相手を筆頭聖女に特定しているのは王の権威付けのためですから、こだわる必要はありません」
さらに、続けて2つ目の解決策まで出してきた。
やっぱりサヴィスは出来がいいな。
「ありがとう、サヴィス! 先の案であれば、母上に頼めば何とかなるかもしれない。後の案であれば、大臣たちに相談すれば実施可能だろう」
そう弾んだ声でサヴィスに返答したものの、試してみた結果、どちらも実行することは難しかった。
力の強い聖女を周りに配置することで、筆頭聖女となったコレットをフォローするという案については、母が激しく反対して聞く耳を持たなかったからだ。
筆頭聖女はあくまで最も実力がある者が選ばれるべきだ、と主張して譲らなかったのだ。
そうであれば、別案である『王の婚姻相手が筆頭聖女に限定されるルール』を改正しようとしたけれど、そちらも母に反対された。
「これは教会と聖女を権威付けるためのものでもあるの。筆頭聖女たる者が王と婚姻を結び、この国で最も高貴な女性になることで、聖女全体の価値が高まるのだから」
……ああ、なるほど。
奇跡の力と言われる聖女の能力を次世代につなげるため、貴族は聖女と婚姻を結ぶが、高位の聖女は自らの価値を高めるために王族と婚姻を結ぶのか。
王族に嫁いだ場合、聖女としての力を次世代に何も残せないと、分かっていながら。
では、僕はどうすればいいのだろう。
コレット以外を妃にするつもりはないのに、コレットを妃にする道を探せないとしたら。
多くの学習の機会を得たことで、僕も以前よりは視野が広まった。
そのため、母の考えが完全に間違っているとはもはや思わない。
母は筆頭聖女として聖女全体のことを考えて、聖女という存在に高い価値を付加しようとしているのだから。
しかし、一方では、母自身が「誰よりも力が強く、価値がある筆頭聖女」であることに固執していることも分かってきた。
だからこそ、サザランド公爵夫人が自分よりも力が強い聖女だと決して認めないのだ。
王妃として「この国で最も高貴な女性」であることに誇りを持っており、次代の筆頭聖女にも同じ道を歩ませようとしている。
多分、力の弱い聖女であるコレットが筆頭聖女になったならば、母の面目が潰されるのだ。
なぜコレット程度の聖女が筆頭聖女に選ばれたのだと、筆頭聖女選定会の正当性が疑問視され、遡って母の筆頭聖女としての能力も疑われるだろうから。
そして、経験を積み重ねることで分かってくる。
これまでの母が常に穏やかで、何だって僕の望みを叶えてくれたのは、優しかったことだけが理由ではなく、興味がない事柄のためどうでもよかったからなのだと。
聖女に関すること以外、母は一切興味がなかったのだ。









