【SIDE】ローレンス 2
コレットが聖女だと判明してすぐに、母に彼女を紹介した。
「母上、オルコット公爵家のコレットです。彼女は僕の妃になります」
突然の紹介だったため、母は驚いた様子を見せたが、すぐに気を取り直したように姿勢を正すと、コレットの青銀色の髪を見つめた。
「オルコット公爵家に聖女がいる話は聞いたことがないわ」
「コレットは聖女に認定されたばかりなんです。後日、改めて筆頭聖女である母上のもとに、教会の者とご挨拶にうかがうでしょう」
「そう。ということは、10歳の聖女検査で認定されたのね」
母は確認するかのように、そう口にした。
『力の強い聖女ではないのだろうな』と考えていることは分かったが、僕は彼女を妃にすると決めたのだ。
ただし、母にとっては寝耳に水の話のため、呑み込むための時間が必要だろうと判断し、僕はそれ以上何も言うことなく母の部屋を後にした。
それから3か月後、僕は母に呼ばれた。
母はテーブルの上に置いてあった数枚の書類を手に取ると、僕に向かって差し出してきた。
「ローレンス、教会から提出されたコレットに関する報告書よ。彼女の魔力は平均にも満たないらしいから、筆頭聖女に選ばれることはないでしょう。妃にするのは別の聖女になさい」
コレットの魔力が低いことは、初めから予想していたことだ。
そのため、僕は真剣な表情で母を見つめると頭を下げる。
「母上、僕は彼女以外とは結婚しません! どうかコレットを筆頭聖女に選定してください」
母は書類をテーブルに戻すと、膝の上で両手を組んだ。
「それはコレット次第だわ。実力がある者が正しく選ばれるのが選定会だから」
その言葉を聞いた僕は、ここが頼みどころだと考えて必死に言い募る。
「前回の選定会において、サザランド公爵夫人の方が母上より強力な聖女だったと聞きました! しかし、実際に筆頭聖女に選ばれたのは母上でした! つまり、選定会とは『王にとって正しく』聖女が選ばれるものなのでしょう?」
僕がそう言い放った瞬間、母はこれまで見たこともないほど険しい表情を浮かべると、硬い声を出した。
「ローレンス、王になる者がそんな愚かな妄想を口にするのは止めなさい! 14年前も今も、最も力が強い聖女は私よ! だからこそ、選定会で筆頭聖女に選ばれたの。一切の不正も不公平もなかったわ」
母の口調はこれまでになく強いもので、その迫力に一瞬気圧されたものの、ここで引き下がるわけにはいかないと、もう1度反論する。
「しかし、公爵夫人は若過ぎて父上の妃にはなれませんでした! だからこそ……」
「そうだとしても、そのことと選定会の結果には何の関係もないわ! あの子は私よりも力が劣っていた! だから、次席聖女になった。それだけのことだわ!!」
「そ……」
それは違うはずだ。
慣習的に、王は筆頭聖女を妃にしてきた。
だからこそ、選定委員が忖度して、王と結婚できる年齢の者を筆頭聖女に選んだはずだ。
そう思ったけれど、母の表情は見たこともないほど強張っていて、絶対に自分の主張を曲げないであろうことが見て取れた。
そのため、コレットを筆頭聖女に選定するよう、この場でさらに頼み込むことは諦めたものの、理解してほしくて心の裡を言葉にした。
「母上、王は孤独です。そのため、正しくその地位にあり続けるためには、信じられる誰かが側にいることが必要です。僕にとって、その相手はコレットなのです。何があっても彼女だけは僕を裏切らないと信じられるのですから。どうか僕が正しい王となれるよう、コレットを僕の隣にいさせてください!!」
母は返事をしなかったため、僕はもう1度頭を下げると、母の部屋を退出した。
それから、3年が経過した。
母はこれまでと変わらぬ態度で僕に接するものの、コレットとの婚姻については頑なに拒否し続けた。
「王は筆頭聖女と婚姻を結ぶし、選定会で選ばれる筆頭聖女は当代一能力の高い聖女だ」
その一点張りだったのだ。
……手詰まりだな。
打開策を見いだせない僕は、城内に設置されているベンチの一つに座り込み、深いため息をつく。
それから、見るともなしに庭を眺めていると、中木の間からぴょこりと青銀色が覗いた。
コレットの髪だと瞬時に気付き、自然と顔に笑みが浮かぶ。
同時に、明るい声が響いた。
「ローレンス様~、セーターを編んだんです! 男子が大好きな、黒とグレーのもこもこふわふわセーターですよ」
「やあ、コレット、よく来てくれたね。嬉しいな、それは僕のためのセーターなのかな?」
コレットから黒とグレーのもこもこふわふわを受け取り、広げて体に当ててみる。
すると、明らかに左右の袖の長さが異なっていたため、この不出来具合は間違いなくコレットが作ったものだと納得する。
「このセーターはコレットの手製なのか? すごいな。非常に嬉しいが、今は夏だ。もう少し涼しくなったら使わせてもらうよ」
「でも、もう秋が始まろうとしているから、朝晩は肌寒くなってきましたよ。だから、ちょっとでも寒さを感じたら着てくださいね。……ローレンス様は最近、ずっと寒そうな表情をされていますから」
おずおずと付け足された最後の一言を聞いてはっとする。
ここ最近の僕は、母がコレットを受け入れてくれないことに悩んでおり、考え込むことがしばしばあった。
恐らく、その姿をコレットに見られ、心配されているのだろう。
そして、コレットはシンプルな考え方をするから、体が温かければおのずと心も温かくなると信じているのだろう。
その気持ちが嬉しかったため、未だ残暑厳しい日だったにもかかわらず、僕はその場でセーターを着用した。
「うん、ありがとう、コレット。何だか心の中がぽかぽかと温かくなってきて、穏やかな気持ちだ」
そう言うと、コレットは嬉しそうにふわりと微笑んだ。
それから、両手を胸元に持ってくると、それぞれの手で握りこぶしを作り、ぎゅっと握り締める。
「ローレンス様の怪我や病気を治したいから、私は全力で聖女の訓練を頑張ります!」
「そうか、ありがとう」
コレットの意気込みがおかしく、その気持ちが嬉しかったため、笑顔でそう返すと、彼女はつと地面に視線を落とした。
「けど、それでも1番にはなれないかもしれません。でも、ローレンス様の1番近くにずっといる筆頭聖女は、1番優れている聖女がなるべきです。だって、何かあった時にローレンス様を救ってくれるのはその方だから、弱い聖女がなったら大変だもの」
「コレット?」
珍しく彼女の言いたいことが分からずに名前を呼ぶ。
すると、コレットは顔を上げて僕を見ると、にこりと微笑んだ。
「ローレンス様、私はどんな形でもローレンス様の側にいられれば幸せです」
「僕は違う! 僕はコレットが妃になってくれないと幸せにはなれない!!」
遅まきながら、コレットに振られようとしていることに気付いたため、僕は慌てて言い募った。
「コレット、僕が心を許せるのは君だけだ! 君以外の聖女に側にいてほしいとは、絶対に思わないから!!」
しかし、コレットの困ったような表情を見て、僕はこれまで思い違いをしていたのかもしれないと初めて気付く。
聖女ということが判明して以来、コレットはほぼ毎日教会に通っている。
基本的に未婚の聖女は教会で暮らすものだが、貴族の家に生まれた聖女は自宅から教会に通うスタイルが一般的だからだ。
そのため、通常の聖女と比べると時間的に少し短いかもしれないが、教会で1日の大半を過ごしていることは間違いない。
コレットは教会で毎日のように、聖女に関する教えを受けているが、そのことにより、聖女として力が強いことが王妃であることの絶対条件だと考えるようになったのだろうか。
―――王族や貴族は多くの特権を享受している。
そして、コレットは最上位の貴族である公爵家の令嬢であり、王となる僕が妃に望んでいる者でもある。
そのため、聖女としての能力の高低にかかわらず、コレットを筆頭聖女に選定することは難しいことではないと考えていたが……実際には厳しいのかもしれない。
未だ夏の日差しが厳しい王城の庭で、僕は寒くもないのにぶるりと震えた。
自分が立ち向かおうとしているものの正体が突然分からなくなり、空恐ろしい気持ちを覚えたからだ。
その時初めて、―――聖女という集団が、王侯貴族とは全く異なる考えや権威で成り立っているのかもしれないと僕は気付いたのだ。









