【SIDE】ローレンス 1
これは僕が道化師になる前、ローレンスと呼ばれていた頃の話だ。
国王を父に、筆頭聖女を母に持ち、王家の第一子として生まれた僕は、非常に恵まれていたと言えるだろう。
さらに、僕には2歳年下の弟がおり、兄弟仲も悪くなかったため、家族にも恵まれていた。
父は国王として忙しく働いており、なかなか一緒にはいられなかったが、代わりに母が時間を見つけては側にいてくれた。
ただし、母にも筆頭聖女という立場があったため、聖女としての用務がある時は必ずそちらを優先させたけれど、それは仕方がないことだと受け入れていた。
しかしながら、そんな生活が許されたのは物心がつく前だけだ。
僕は生まれた時から次期国王になることが定められていたため、3歳になると同時に帝王学の学習がスタートし、家族と過ごす時間が減っていったからだ。
一方、僕に何かあった時のスペアと見做されていたサヴィスは、それなりの学習は課せられていたものの、比較的自由に過ごしていたため、これまで通り母と一緒に多くの時間を過ごしていた。
そのことは子ども心にも羨ましく感じられ、当時の僕の口癖は「サヴィスはいいな」というものだった。
もちろん僕の言葉は本気でなく、軽口の一種だったのだが、ある時、王城に遊びに来ていたシリルが同じように「殿下はいいですね」と口にした。
ただし、その発言内容は僕と同じような冗談交じりのものではなく、非常に重いものだった。
「ローレンス殿下にはサヴィス殿下がいていいですね。私もずっと弟がほしかったのですが、『公爵家ごときにスペアは不要だ』と母に叱責されました」
従弟であるシリルはそう言うと、しょんぼりとした様子でうつむいた。
サザランド公爵夫人は感情的になりやすいと聞いてはいたが、よもや実の息子にそのような酷い言葉を投げつけるとは思ってもいなかった。
詳しく話を聞いてみると、王家に連なる者に嫁いだ場合、決して女児が生まれないことを引き合いに出され、『何一つ私から引き継げていない』と非難されたと言う。
「痛いところを突いてくるな」
僕は顔を歪めると、それだけを口にした。
サザランド公爵夫人の言葉は正鵠を射ていた。
『お前たち一族は、聖女を使い捨てている』
―――聖女を粗雑に扱っているつもりは毛頭ないが、公爵夫人の発言通り、王家に嫁いだ聖女は女児を生まず、次代に聖女の特質を何一つ引き継ぐことができていなかった。
そのため、聖女から「使い捨てられた」と非難された場合、我々王族は反論の言葉を持たないのだ。
サザランド公爵夫人と言えば、僕の母の妹にあたる人物だ。
そして、筆頭聖女の選定会が実施された当時、最も力が強かった聖女だったと聞いている。
しかしながら、王の妃となるには年齢が若過ぎたため、年齢が釣り合う母が『王妃になる者』として、箔付けのために筆頭聖女に選ばれたのだと。
聖女は聖女であることに高いプライドを持つ。
そのため、最も力が強い聖女でありながら、次席の立場に甘んじなければならなかった悔しさは理解できるものの、実の息子にその怒りを向ける態度は間違っていると思われた。
「シリル、だったら君は王城に来て、サヴィスと一緒に遊んだらどうだ。最近の僕は勉強漬けで、サヴィスと一緒にいる時間がろくに取れないのだから、代わりに君が兄弟気分を味わえばいい。とは言っても、君とサヴィスは同い年だから、兄と弟という感じにはならないかもしれないが」
僕の言葉に嬉しそうに頷くシリルが、年齢相応の表情をしていたため、僕は内心で安堵のため息をつく。
それから、僕がこれまで接したことがある気位の高い聖女たちを思い浮かべた。
程度の差はあるものの、シリルの母の態度は特別ではないのかもしれない。
基本的に聖女たちは自分たちが選ばれた存在だと考え、いつだって何よりも誰よりも己を優先させるのだから。
恐らく、僕の母が特別なのだろう。
サザランド公爵夫人のように、『王族は聖女を使い捨てている。スペアなど不要だ』と拒絶してもよかっただろうに、2人目の子であるサヴィスを生んで慈しんでいるのだから。
そんな風に、その頃の僕は母の慈愛の深さを疑わず、自分は何と幸せな家に生まれてきたのだろうと心から信じていた。
そんな僕には、幼い頃からずっと心惹かれる相手がいた。
幼馴染であるロイド・オルコットの妹のコレットだ。
当時、帝王学を修める毎日に嫌気が差していた僕は、ことあるごとに王城を抜け出してはオルコット公爵家に遊びに行っていた。
そこで出会った3歳年下の正直で、感情豊かで、僕のことが大好きな少女―――それがコレットだった。
彼女は公爵令嬢であるにもかかわらず、「ローレンス様に食べさせたいから」と料理をし、「ローレンス様に身に着けてほしいから」と服を編む。
そんなコレットが9歳の頃、見るからに怪しい肉料理を持ち込んだことがあった。
「ローレンス様~、差し入れを作ってきました! 男子が大好きな、お肉もりもりスープですよ」
「ありがとう、コレット。早速食べてもいいかな? よく見ると斬新な色をした肉だな、緑や紫の肉って……これは一体何を使ったんだ?」
「騎士たちが狩ってきてくれたバジリスクとヘルバイパーです」
「そうか、トカゲと蛇か。肉は肉だが、四足獣の肉がよかったな。いや、すまない。せっかく料理を作ってきてくれたのに、苦情を言うなんて失礼極まりなかった。何というかこう、毒々しい色を見て怖気づいているようだ。……知っているか、ヘルバイパーは毒持ちだ。コレット、念のために腹痛に効く薬を用意してくれ」
そして、料理を食べた僕は2日間寝込んだが、おかげでいくばくかの毒耐性を身に付けることができた。
「さすがコレットだ。王族はいつだって、毒殺されるリスクを負っている。そんな僕に毒耐性を与えてくれるなんて」
彼女が気にしないよう、そう言って彼女の行為を労ったのだが、気に病んだ彼女は王城の薄暗い地下牢に自ら入ってしまった。
「私はローレンス様に大変なことをしてしまいました。だから、ここで反省します」
コレットは思い込みが激しいところがあるものの、基本的に単純で騙されやすいので、牢から出すこと自体はちょっとした小芝居をするだけで簡単に済んだ。
そのため、地下牢から出た彼女をさり気なく暖かい部屋に案内したのだが、内心では、公爵令嬢が貴族牢ではなく、藁が敷き詰められた薄暗い地下牢に入るなんて無茶をすると呆れてしまう。
ソファに座って俯く彼女を見つめると、髪の毛にたくさん藁をくっつけ、泣きはらした顔でべそをかいていた。
そんな姿も世界で一番可愛らしいと思うのだから、僕はよっぽど彼女が好きなのだなと諦めの気持ちが湧いてくる。
ああ、コレットがいてくれたら、僕の世界はいつだって幸せだろう……
―――とそう、強く願った祈りが届いたのか。
コレットは10歳の時、聖女検査で聖女に認定された。
3歳の検査では聖女だと判明せず、10歳の検査で初めて認定されたことから、力が強い聖女ではないと予想されたが、そんなことはどうでもよかった。
王族の枷は「聖女と結婚すること」だけだ。
そのため、彼女が聖女だと分かった途端、僕はその場に跪くと彼女に求婚した。
「コレット・オルコット公爵令嬢、どうかこのローレンス・ナーヴの妃になってください」
「はい! なります、なりたいです、ならせてください!! 私は絶対にローレンス様を幸せにしますから!!」
そう答えると、コレットはぱあっと花が咲くように笑った。
コレットはいつだって、僕が望む以上の言葉と幸せをくれる。
彼女が生まれた時からずっと見てきたから、コレットが誰よりも正直で、思いやりがあることを知っている。
そんなコレットはいつだって、感情を隠すことなく全力で好意を示してくれるから、―――様々な思惑を抱き、企みを謀る貴族たちの中で、何があっても裏切らないと信じられるのは彼女だけだった。
だから、彼女と結婚さえすれば、僕は幸せになれると思ったけれど、そのためには1つだけ障害があった。
「王族としての決まりごと」は聖女と結婚することだけだというのに、王家の第一子として生まれてきたがために、余計な制約があったのだ。
つまり、次期国王になることが決定していたため、筆頭聖女との結婚が義務付けられていたのだ。
そのため、コレットが筆頭聖女に選定されるまでは、彼女が僕の妃になることは未確定事項とされたが、当時の僕は楽観的なことに、大きな問題とは考えていなかった。
そもそも現行の筆頭聖女である僕の母も、第2位の実力者だったものの、「王の妃になる者」として筆頭聖女に選ばれたのだ。
そうであれば、僕がコレット以外とは結婚しないとの立場を明らかにしておけば、彼女が筆頭聖女に選ばれることは間違いないと、信じて疑わなかったからだ。
少なくともその時まで、王太子である僕が心から望んだことが叶えられなかったことは、1度もなかった。
そのため、僕が望みさえすれば何だって叶えられるものだと、その時の僕は信じていたのだ。








