196 王太后のお茶会5
王太后のお茶会から退出した後、私はそのままサヴィス総長の執務室に連れて行かれた。
総長本人はもちろん、セルリアン、シリル団長、カーティス団長も一緒だ。
執務室の中は私たち5人だけにされ、人払いをされた騎士たちが扉をきっちりと閉めて出て行く。
シリル団長、私、カーティス団長の3人が並んで長椅子に座り、向かい合う形でサヴィス総長とセルリアンが座った。
まあ、何かよくない告白大会が行われるのかしらと用心していると、セルリアンが頭を下げて、開口一番謝罪してきた。
「フィーア、ごめん! サヴィスが君をお守りとして連れて行ったのは分かっていたのに、結果として王太后除けの盾にしてしまった」
あっ、よかった、今のセルリアンは冷静だわ。
どうやら頭の血は下がったようね、と安心しながら頷く。
「セルリアンは頭に血が上っていたみたいね。さっきのあなたは、王太后を叩きのめすことしか考えていないように見えたわよ」
私の言葉を聞いたセルリアンは、恥ずかしそうに頬を染めた。
「非常に的確だな。僕の中には常日頃から、王太后に対する嫌悪感が溜まりに溜まっているから、稀に顔を合わせた時に、それらが一気に噴出するみたいなんだ。とは言っても、非常に子どもっぽい行為だと自覚しているから、こうやって冷静になるたびに、『恥ずかしい真似をしたな』と反省するんだけどね」
セルリアンが怒る気持ちは、何となく理解できた。
彼は恋人だったコレットをとても大事に思っていて、その気持ちは自分の命を削ってまで救おうとするほど深い。
けれど、先ほどの話によると、王太后はコレットを救えるかもしれない場面に居合わせていたにもかかわらず、聖女として魔法を行使しなかったようだから、セルリアンはそのことを許しがたく思っているのだ。
もしかしたら王太后にはコレットに手を差し伸べられない事情があったかもしれないし、一目見てコレットを救えないと判断し、筆頭聖女の体面を守るためにあえて動かなかったのかもしれない。
けれど、いずれにしても『コレットを救える可能性があったのならば、筆頭聖女として尽力すべきだった』とセルリアンが考えるのは仕方がないことだろう。
ただ、……聖女の立場から言わせてもらうと、目の前で怪我人や病人を救えなかった王太后も辛い思いをしたのじゃないかしら。
そう考える私の前で、セルリアンがぎゅっと両手を握り合わせた。
「フィーア、ここまで巻き込んだこと自体が大変なことだから、さらにお願い事ができる立場でないことは分かっているが……よかったら、10年前に起こったことを聞いてもらえないかな」
「えっ」
私はびっくりしてセルリアンを見つめる。
そんな私の視線の先で、セルリアンは決意した表情を浮かべたけれど、みるみる顔色を失っていった。
どうやら10年前の出来事を思い浮かべるだけで、負荷がかかっている様子だ。
「セルリアン、無理して話をする必要はないのよ」
彼の表情を窺いながらそう言うと、彼は顔を歪める。
「僕が聞いてほしいんだ。ただ、10年も経ったのに未だ感情が整理できていないから、聞いた者が理解できるよう理路整然と説明するのは難しいかもしれない」
「そうなのね。だったら、あなたの代わりにサヴィス総長かシリル団長に話をしてもらうのはどうかしら?」
代替案を示したけれど、セルリアンから首を横に振られた。
「ここにいる者の中で、10年前の場面に居合わせたのは僕だけだ」
「そうなのね」
明らかに重要そうな話だけど、私が聞いてもいいのかしら、と心配になってサヴィス総長に視線をやると、真顔で見返される。
「フィーア、お前に負担がないのであれば、セルリアンの話を聞いてやってくれ」
「えっ、はい、負担はありません」
私がそう返すと、セルリアンは視線を上げ、何かを思い出すかのように眉間にしわを寄せた。
それから、誰ともなしにぽつりとつぶやく。
「10年前のあの日、王太后は瀕死のコレットに手を差し伸べなかった。けれど、今思えばあれは、王太后に与えられた選択の機会だった。僕の母親として生きるのか、誰もが焦がれる聖女として生きるのかを選択するための。結果として……王太后は筆頭聖女であることを選んだんだ」
もしかしたらセルリアンとサヴィス総長が聖女を嫌っている理由は、『王太后が母親であることよりも聖女であることを選んだために、寂しさを覚えた』ということなのかしら。
確かにセルリアンは恋人のために命を削るくらいだから、感情を大事にするところがあって、母親を恋い慕う気持ちも過去にはあったのかもしれないけれど……サヴィス総長は親子の情も含めて、感情に流されるようには見えないのよね。
それとも、実際はものすごく愛情深いのかしら。
うーん、うーんと解けない疑問が頭の中に浮かび始める。
そんな私の前で、セルリアンはごくりと唾を飲み込むと、考え込むかのように握り締めた両手を額に当てた。
それから、10年前についての話を始めたのだった。









