【SIDE】第一騎士団長シリル
私は、シリル・サザランド。第一騎士団の団長を拝命している。
加えて、10年前に17歳で父から公爵位を継いだため、サザランド公爵を名乗ってもいる。
父は、先王の弟であったため、私にも王位継承権が設定されており、サヴィス総長についで第2位だ。
そのためか、第2騎士団長のデズモンドと合わせて「王国の竜虎」と呼ばれることがあるが、個人毎に呼ばれる時は、デズモンドが「王国の虎」で、私が「王国の竜」だ。非常に不愉快だ。
そもそも、竜は王家の紋章であり、王を指して竜と呼ぶことがある。
いくら、私に上位の王位継承権が設定されているにしても、これは不敬極まりないだろう。
そう憤る私をみて、サヴィス総長は表情一つ変えずに、「例えば、お前が王太子になれば、竜と呼ばれても違和感はあるまい」と言われた。
世の中には、どうにもならないことがある。
どんなに能力があっても、どんなに努力をしても、どうにもならないことがあるのだ。
10年前、総長が右目と感情を失われた時、そのことをまざまざと思い知らされた。
私は、総長の隣にいたのに、何もできなかったのだから。
あの日から、私は総長の右目になった。
総長の右目として、見るべきものを目にし、見るべきでない一切のものを排除してきた。
戦場では、必ず総長の右側に立ち、彼の右目として働いた。
私の全ては、王国に捧げたのだ。次期国王であるこの方のために惜しむべきものなど、何一つない。
◇◇◇
その日は、昼から総長と連れ立って、近くの森に出掛けていた。
魔物が出る森のため、念のためにと50名の護衛を付ける。
総長は、定期的に剣を振る。
毎日、王城内の訓練所で剣を振るってはいるが、それとは別に、定期的に実戦を望まれるのだ。
それは、単純に体を動かすことで鬱屈を発散させているようにも見えるし、実戦を重ねることでさらなる強さを求めているようにも見えた。
あるいは、悩みや迷いがある時に、剣を振るうことで自分の考えを整理されているのか。
その日は、2時間で10匹程度の魔物を倒した。
全てCランク以下の魔物で、総長がほぼ一人で倒された。いつものことだ。
剣を軽く振り、はり付いた魔物の血を払われている総長を見ながら、これでお気持ちが少しでもすっきりすればよいと思う。
そんな時だった。近くから、救助笛の音が聞こえてきたのは。
この音は騎士団専用の笛の音で、この森は第六騎士団の管轄のはずだ。
救助笛を使用するとは、何か、不測の事態が起こったのか……
先頭を行こうとする総長を諫め、笛の音を辿っていくと、思った通り第六騎士団の小隊に遭遇した。
……はて、これは何だ?
私はその場の状況を把握すると、一瞬だけだが棒立ちになった。戦場では、あってはならないことだ。
フラワーホーンディアがいる。Bランクの、普段なら森の奥深くにいる魔物だ。
珍しい話だが、それ自体はまぁいい。
だが、場の中央に座し、この戦いを取り仕切っているのが、第一騎士団の新人っていうのは……、どういうことだ?
声を掛けると、一番にその新人が振り向いた。
「シリル団長! フラワーホーンディアです。周囲をすきなく囲んでいるので、今のところ逃走される心配はありません。生命力450の個体で、残存生命力は85%。今から7秒後に青目になり、炎が消失します!」
「へー……」
私は、幼い頃から厳しくしつけられていて、特に発言に関しては繰り返し指導をされてきた。
聞いた者が正しく理解できるよう、的確な発言をするようにと教えられ、それを実践してきた。
こんなにも何も伝わらない、間が抜けた言葉を発したのは、物心がついて以来初めてだと思う……
……そもそも、フラワーホーンディアはこの森の固有種だ。その特性について、多くは広まっていないはずだが、なぜフィーアはそんなに詳しいのだろう。
それから、なぜ魔物の生命力を数値化できるのか。魔物の生命力の数値化なんて初めて聞いたので、それが正しいのか誤りなのかすら分からない。残存生命力についても然りだ。
更に、この魔物の戦いにくいところは、赤目と青目の入れ替わるタイミングが掴めないことだったはずだが。はて、私の知識が不足しているのだろうか。
「フィーア……。私は、もう、魔物のことよりも、あなたのことでいっぱいですよ」
私は心の底から脱力して言葉を発したのに、目の前の少女騎士は嬉しそうににへらと笑った。
「団長が来てくれたので、もう安心ですね。私も、そんな素敵な団長のことでいっぱいですよ!」
だめだ、分かっていない……
私は、疲れを感じながらも、いつものように総長の予定立ち位置の右側に位置取りした。と同時に、総長が魔物の正面に立つ。
「え? 総長?!」
やっと、総長を認識したフィーアが驚きの声を発する。
……本当に、どう解釈すればいいのだろう?
戦場の現場把握能力は最上級なのに、それ以外はデズモンドの言葉通りものすごく鈍い、で正解なのか。
(……こんな、存在感の塊のような総長に接近されるまで気づかないなんて、普通はありえない)
あるいは、誰も気付いていない現状すら見抜いていて、そのために総長を認識しなかった(現場把握能力は完璧)が正解なのか。
(……いや、これは流石にありえないな)
私は、意識を切り替えて魔物と対峙した。
魔物が炎を消した瞬間、総長は素早く抜刀すると、突っ込んできた魔物を軽くかわし、上からの一刀でその首を切り落とした。
「すげぇ……」
「さすが、総長! オレらが20人がかりでも、ほとんど弱らせることもできなかった魔物を一刀とは!」
騎士たちが驚きの声を上げているが、私にとっては見慣れた光景だ。総長は、強い。
さて、息を引き取ったフラワーホーンディアの後始末は第六騎士団の連中に任せるとしよう。私には、まだ仕事が残っている。正確には、新たに発生したというべきか。
「フィーア、ちょっといらっしゃい」
「はい、団長!」
何を尋問されるか分かっているファビアンは、後ろで憐れむような眼を向けているけれど、肝心のフィーアは全く分かっていないようで、にこにこと笑いながら近づいてくる。
「団長、ありがとうございました! おかげで、助かりました」
そう、満面の笑みでお礼を言ってくる。
あまりの能天気さにため息をついた総長に気づいたフィーアは、慌てて総長に向き直る。
「あ、あ、違いますよ! 団長は、『来てくれて、ありがとう』です! 『倒してくれて、ありがとう』は、総長ですよ!!」
そして、見当違いな言葉を発している。
総長は、もの言いたげに私を見て、くいっと片方の眉を上げた。
……ええ、分かっています。私の教育不足です。
お読みいただき、ありがとうございました。
【お礼】ジャンル別で月間1位になることができました。皆さま、本当にありがとうございました!









