193 王太后のお茶会2
かつかつと規則正しい音を立てて廊下を歩くサヴィス総長の後を付いていく。
すると、何歩も進まないうちに、総長の隣を歩くセルリアンがぼやき始めた。
「はあー、どうしてサヴィスは見逃してくれないんだろう。嫌な時間を過ごす人間は、少なければ少ないほどいいじゃないか。どの道、サヴィスが逃げることはないんだから、任せることの何が悪いのさ」
そうではなくて、息子の一人としてお茶会に参加し、責任を果たせと総長は考えているんじゃないかしら。
そう思ったけれど、セルリアンのことだから、そんなことは重々承知のうえでぼやいているのだろう。
先ほどだって、見つけやすい場所に片足を出して隠れていたのだから、本気で逃げるつもりはなかったはずだ。
ぶつぶつと文句を言うセルリアンの言葉を黙って聞いていると、あっという間に会場に到着した。
お茶会会場は王太后の私室だった。
開かれた扉をサヴィス総長に続いてくぐると、2人の女性がソファに座っている。
1人は赤い髪をしたイアサント王太后。
そして、もう1人は私より少し年上らしい赤い髪の女性だった。
2人の後ろには、紫灰色の騎士服を着用した王太后専属の近衛騎士が数人立っている。
うーん、王太后を守る近衛騎士だけあって強そうだけれど、サヴィス総長やシリル団長、カーティス団長を相手にしたら瞬殺されそうよね。
やっぱりこの3人の強さは卓越しているわ。
そう考えていると、黙り続けるセルリアンに代わってサヴィス総長が口を開いた。
「……遅くなりました」
それが合図でもあったかのように、王太后はソファから立ち上がると、総長に向かって片手を伸ばす。
「いいえ、時間ぴったりだわ。いつもながら時間に正確ね」
サヴィス総長は差し出された手を取ると、その甲を自らの額に押し当てた。
それはとても丁寧な仕草だったけれど、手の甲に唇を落とすべき親愛の仕草を別の動作に置き換えたように思われる。
けれど、セルリアンはその間にさっさと王太后から一番離れた場所に座ったのだから、彼の態度と比べるとサヴィス総長の方が何倍も礼儀正しかった。
サヴィス総長がセルリアンの隣に座ったので、シリル団長とカーティス団長、私は総長の後ろに立つ。
その間、王太后は慈愛に満ちた眼差しで2人の息子を見つめていた。
「ローレンス、サヴィス、久しぶりね。顔色もいいし、元気にしているようで安心したわ」
「…………」
「はい」
無言を貫くセルリアンと言葉少なに答えるサヴィス総長を見て、王太后は仕方がないわねとばかりに赤い髪を後ろに払う。
その髪型はパレードで見た通り、片方の目を隠すスタイルだったけれど、見えている方の目は金色で、私と同じ色合いを見たことに不思議な気持ちを覚えた。
王太后の隣に座る女性に視線をやると、行儀よく両手を膝の上にそろえており、王太后がにこやかに紹介を始める。
「こちらはローズ・バルテよ。元々は大聖堂の下働きをしていたのだけれど、聖女だったので預かることにしたの。それ以来ずっと、私と一緒に離宮で暮らしているわ」
ローズの髪は左右に黄色のメッシュが入っていたものの、それ以外は赤色をしており、隣に座る王太后と同じような濃さだった。
セルリアンとサヴィス総長は興味がないとばかりに返事もしなかったけれど、王太后は気にすることなく言葉を続けたので、この2人はいつもこのような態度なのかもしれない。
うーん、男の子ってのは、母親の前でこんなに無口になるものなのかしら。
あるいは、2人にとって王太后は母親というよりも聖女で、彼らが苦手としている聖女の括りに含まれるのだろうか。
「当時、ローズは9歳だったわ。3歳の魔力検査の際には聖女でないと判断されたようだけれど、彼女を初めて目にした時、もしかしたら聖女ではないかしらと予感がしたの。そのため、特別に検査をしてもらったところ本当に聖女だったのよ」
王太后が説明する間、ローズは表情を変えることなく、黙って自分の手元を見つめていた。
彼女は可愛らしい顔立ちをしており、背筋をぴんと伸ばしてソファに座っている。
彼女の髪の長さは肩に付かないほど短かったけれど、片方の目を隠せるスタイルになっていたので、王太后が次期筆頭聖女の有力候補だと期待しているのかもしれない。
「ローズ・バルテ、18歳です。筆頭聖女の選定会に参加する予定です」
ローズがそう告げると、王太后が言葉を引き取った。
「現行の筆頭聖女推薦枠でローズは選定会に参加するわ。私はこの子が次期筆頭聖女になると考えているの。サヴィス、晴れて選定された暁には、あなたの妃として正しく扱ってちょうだいね」
突然の核心的な話にその場の誰もが固まったけれど、サヴィス総長は天気を答えるかのような気安さで返事をした。
「……善処します」
しかし、総長の隣に座るセルリアンが、即座に腹立たし気な声を上げる。
「サヴィス、何でもかんでも同意するもんじゃないよ! お前はこれくらいどうということはないと考えて受け入れるのだろうが、逆だからな! どうということもないのだから拒絶すればいいんだ」
セルリアンの言葉を聞きとがめた王太后が、我儘な子どもを見るような目でセルリアンを見つめた。
「ローレンス、子どものようなことを言うものではないわ」
しかしながら、セルリアンは反抗するように顎を上げる。
「はん、見ての通り僕は子どもだからね! 結婚もできない、国王の座も降りなければいけない。何もかも捨て去らなければいけないのだから、好きなことくらい言ったっていいだろう!!」
セルリアンは激情のままにそう言うと、さらに言い募った。
「確かにサヴィスは王になる者として、筆頭聖女と婚姻を結ばなければならないだろうが、よりにもよってあんたの子飼いを相手にする必要はないはずだ! あんたが9歳から手元に置いて育てた聖女だって? 偏った聖女至上主義の教育を施された、あんたの思考を受け継いだ相手だなんて虫唾が走る! サヴィスはそんな相手と結婚すべきじゃないんだよ!!」
王太后は困った様子で額に片手を当てる。
「ローレンス、体は子どもでもあなたは29歳になったのでしょう。もう少し落ち着いた話し方はできないものかしら。それから、王族ともあろう者がそんな乱暴な言葉遣いをするものではないわ」
王太后は咎めるようにそう言った後、セルリアンに思い出させようとするかのように言葉を続けた。
「それに、サヴィスが今の状況に陥っているのは、そもそもあなたのせいでしょう。あなたが無責任にも王位を投げ捨てようとするものだから、サヴィスが王になり、筆頭聖女を妻にしなければならなくなったのだから」
セルリアンは一瞬言葉に詰まった様子を見せたけれど、すぐに激しい調子で言い返す。
「そもそもはあんたがコレットを治してくれなかったから!!」
「まあ、これだけ面と向かって私を批判しておきながら、肝心な時には私に頼ろうというの? 何という恥知らずな態度かしら。どうやら私は育て方を間違えたようね」
王太后が困った様子で目を伏せると、セルリアンはますます激高した様子を見せた。
「僕はあんたに育てられた覚えはない! 少なくとも、幼い頃からあんたが構い倒したのはサヴィスだけで、僕は放置されていたからね!!」
王太后はおかしそうに顔をほころばせる。
「それが寂しかったの? いずれにしても、あなたがこんな風になってしまったのは、元々の資質によるものね。王になるべき器ではなかったのだわ」
次々に繰り出される舌戦を前に、私は驚きを顔に出さないようにするのが精一杯だった。
まあ、セルリアンは本当に王太后と仲が悪いのね。
そして、王太后に接するセルリアンは、いつにも増して子どものようだわ。
王太后は冷静に発言しているように見えるけれど、一方のセルリアンは売り言葉に買い言葉というか、怒り心頭に発していて、普段は口にしないようなことも勢いで口にしているように見えたからだ。
後に引けないようなことを口にする前に、セルリアンはそろそろ口を閉じた方がいいんじゃないかしらと考えていた正にその時、彼は我慢ならないとばかりにドンとテーブルを叩いた。
「はっ、あんたの言う通り間違いだったのかもしれないな! だが、間違いだとしても、僕は王になってしまったからね。だとしたら、使える権力は使うまでだ」
そのギラリとした目つきを見て、あ、何か取り返しのつかないことを言い出すんじゃないかしらと本能的に察知する。
そのため、護衛の分を超えることは分かっていたものの、思わず口出ししようとしたけれど、それよりも早くセルリアンが宣言した。
「筆頭聖女選定会の国王推薦枠は対象者なしと宣言していたが、考えを改めた! ここにいるフィーア・ルードを参加者として推薦する!!」
「……えっ?」
けれど、セルリアンの口から飛び出してきた言葉が、想像をはるかに超えたものだったため、驚いて目を丸くする。
えっ、何ですって?
私が筆頭聖女の選定会に参加する?
……セ、セルリアンは一体何を言い出したのかしら。
本日、コミックス8巻が発売されました!
黄紋病を根治し、住民たちの感謝と御恩の気持ちが積み重なったところでサヴィス登場、慰霊式……といったドキドキハラハラの展開になっています。
ぜひお手に取っていただければと思いますので、どうぞよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾









