191 王弟サヴィス2
その後すぐに、サヴィス総長とシリル団長、カーティス団長とともに『星降の森』に向かった。
聖女は連れて行かず、怪我をした場合は回復薬で対応するらしい。
同行させる騎士の人数も少な過ぎるし、聖女も連れて行かないなんて、高位者の行動としてはもう少しリスク管理を厳しくすべきじゃないかしらと思ったけれど、総長は聖女についての考えを整理したいがために森に入るのだろうから、当人たちに側にいてほしくないのかもしれない。
というのも、道中でシリル団長から教えてもらったのだけれど、総長は定期的に森に入って、魔物を狩っているそうなのだ。
「最近はお忙しくて時間が取れなかったので、まとまった空き時間が取れた今の時間を、よい機会だと思われたのでしょうね」
なるほど、王太后とのお茶会を優先して、他の予定を一切入れていなかったことが上手く作用したようだ。
「それから、これは私の個人的な見解ですが、サヴィス総長は悩みや迷いがある時に、剣を振るうことで考えを整理されているように思われます」
あら、魔物を狩ることで気持ちを落ち着けたいのではないかしら、との推測が何となく当たっていたわよ、と思いながらサヴィス総長に視線をやる。
最近交わした会話から推測するに、恐らく総長は聖女についての考えを整理したいに違いない。
馬から降りた後、サヴィス総長は躊躇なく森に入ると、たいして警戒する様子もなく歩を進めていった。
以前、この森に来た時に、総長はBランクの魔物であるフラワーホーンディアを一撃で倒したことがあった。
通常であれば、Bランクの魔物を討伐するには30名の騎士が必要だと言われているところを、たった1人で倒したのだ。
だから、総長が強いことは間違いないのだろうけれど、それでももう少し用心すべきではないかしら……
などと心配していた自分は、なんて無駄なことを考えたのだろうと、30分後の私は呆れながら振り返ることになる。
なぜなら総長はびっくりするほど強かったからだ。
それはもう、護衛の騎士たちの出る幕が一切ないほどで、総長はたった一人で出会う魔物を次々と切り伏せていった。
森の奥深くに入っていないこともあって、出会う魔物は全てがCランク以下の魔物だったけれど、それでも、最少の動作で魔物を鮮やかに殲滅していく手腕は、見事としか言いようがない。
騎士団の中で1番強いのはシリル団長だと思っていたし、そのことに間違いはないのだろうけれど―――ただし、カーティス団長の強さにはよく分からないところがあるので、シリル団長とカーティス団長の強さ比較だけはできていないのだけれど―――サヴィス総長の強さも遜色ないように思われる。
「右目があれば、シリル団長よりも強いのじゃないかしら」
サヴィス総長は片目がないことで視野が狭くなっているから、戦闘をする際にものすごいハンデになるはずだ。
そして、そのことを悔しく思っているのではないだろうか。
なぜなら騎士団の頂点に立つ騎士が、強さに貪欲でないはずがないからだ。
1頭でも多くの敵を倒すために、あるいは、1人でも多くの味方を救うために、より強くなりたいと総長は考えているはずだ。
そう思考を飛ばしていると、ふと総長と目が合った。
「どうした? お前も剣を振りたくなったか?」
そう尋ねられたので、首を横に振る。
「いえ、総長が強過ぎるので、私の出る幕はありませんよ。というよりも、誰一人、総長を補助する必要はありませんね。私はただ……両目が揃っていれば、総長はもっと強いだろうなと思っただけです」
その時の私は、総長が望むのならば、右目を治したいなと考えていた。
失われた片目を元に戻すことは、難しいことではない。
シャーロットかプリシラに少し補助すれば、私が聖女だとバレずに治癒することができるはずだ。
そう考えながら見上げたけれど、―――サヴィス総長は平坦な声で拒絶した。
「不要だ。右目はオレに必要ないものだ」
「……そうなんですね」
全く変わらない総長の表情を見つめながら、私はそう相槌を打つ。
現在の聖女の能力は大きく落ち込んでいるため、眼球欠損を治癒できる聖女はいないと総長は考えているのかもしれない。
だからこそ、総長には不可能な事柄を求める気持ちがなく、右目は不要なのだと言い切ったのかもしれない。
そう思ったけれど、……もちろん現実主義者のサヴィス総長のことだから、不可能な事柄を求める気持ちは実際にないのだろうし、為政者はこのような場面で決して本心を見せないものだけれど、それでも、……私には総長が、心から右目は不要だと考えているように思われた。
……そう言えば、300年前にも、決して傷痕を消したくないという騎士がいたわね。
人には歴史と事情があるから、誰もが怪我のない状態を、あるいは、病気でない状態を望むとは限らない、と私は彼に教えられたのだ。
「そろそろ王城に戻るか。セルリアンを確保するために必要な時間を考えると、この辺りがタイムリミットだな」
雰囲気を変えるかのように、サヴィス総長が太陽の位置を確認しながら帰城を提案した。
総長が話題を変えたがっていることが分かったため、その話に乗っかることにする。
「確かにセルリアンはお茶会に出席したくなさそうでしたね。けれど、サヴィス総長だけに押し付けることもよしとしなさそうですから、ちょっとだけ隠れて抵抗を示すくらいじゃないでしょうか」
「お前はセルリアンのことがよく分かっているな」
総長にそう言われたけれど、素直に同意する気持ちにはなれずに、言い訳のような言葉を口にする。
「……そんな気がするだけです。それにしても、サヴィス総長とセルリアンは仲がいいですよね」
先ほど、王族というのは家族の関わりが希薄なものだと考えたけれど、この兄弟は仲がいいように思われる。
「ご両親もお2方の仲の良さを見て、微笑ましく思ったでしょうね」
この場にいるのは、サヴィス総長に加えてシリル団長とカーティス団長だけだったので、セルリアンとサヴィス総長が兄弟であることは既に知っているはずだ。
そう考えて明るくなるような話題を口にしたけれど、サヴィス総長は肩をすくめた。
「どうだろうな。少なくとも、セルリアンに仲のいい兄弟を作るためにと、オレが望まれたわけではないだろうな」
その言葉を聞いて、はっとする。
王家にとって、最も大事なことは血統の維持だ。
そのため、継嗣に何かあった時のためにとスペアを用意するものだし、素直に考えると、サヴィス総長もそのような「万が一」のことを心配されて、生まれてきたのかもしれない。
シリル団長の口から直接、『弟を望んだが、公爵家ごときにスペアは不要だと断られた』との話を聞いたことがあったし、『スペアを準備する』という考えは、王家にとってごく一般的なもののはずだ。
けれど、実際にサヴィス総長が「スペア」と見做されてきたのだとしたら、その立場に納得できないものを感じているのかもしれない。
誰だって、「あなた自身が必要だから」と望まれずに、「何かあった時の予備」として望まれたとしたら、それを唯々諾々と受け入れることはできないだろう。
そもそもサヴィス総長は心から、騎士団総長という立場に満足しているように見える。
けれど、セルリアンが19歳の時に「精霊王の祝福」を受けて、年齢が若返るようになったとの話だったから、その頃から、いつかは総長職を退かなければならないと覚悟をしていたのかもしれない。
そして、セルリアンは間もなく、サヴィス総長に王位を譲るつもりだという。
まさに予備の役割を正しく果たしているのだろうけれど、だからこそ、総長は自分の立場に皮肉なものを感じているのかもしれない。
私の推測を肯定するかのように、サヴィス総長はぽつりとつぶやいた。
「王太后は生まれてきたオレを見て、これ以上の子を持つことは不要だと判断したようだ」
―――どうか、その言葉が愛情に基づいたものであってほしいと思う。
王太后はサヴィス総長を慈しんでいて、生まれてきた総長が可愛くて愛しかったから、子どもはもう十分だと考えたのであってほしい。
間違っても、『2人目の男子が生まれたから、これ以上の子どもは王家に不要だ』という思考であってほしくない、と思ったけれど……
サヴィス総長の皮肉気な表情を見る限り、私の希望は外れているように思われた。









