188 ナーヴ王国の癒しの花
「我が国の『癒しの花』は本当に大人気なのね! 一目見たくて早めに来たつもりだったから、まさか街路の両脇が既に埋まっているとは考えもしなかったわ」
私はファビアンを見上げると、感謝の笑みを浮かべた。
―――セルリアンとサヴィス総長のお母様であるイアサント王太后が王都に戻ってくる話は、事前に王都の人々に周知されていた。
というのも、王太后は当代の筆頭聖女でもあるため、その人気は絶大で、こっそりと王都に戻れるような立場ではなかったからだ。
そのため、王太后が戻ってくる日時は大々的に知らされており、人々は街路の両脇にずらりと並んで王太后を待っていた。
私も一目見たいと思い、予定時刻の30分前には到着したのだけれど、既に多くの人が列を成していた。
そのため、何とか人々の隙間に入り込み、2列目に並んでいたのだけれど、いつの間にか人波に押されてしまい、気付いた時には人垣の後ろに立っていたのだ。
「あっ、しまった! こんな後ろでは全く見えないわ」
どこか前の方にスペースはないかしら、とぴょんぴょんと跳び上がりながら辺りを見回していたところ、偶然にも最前列に立っていたファビアンと目が合う。
すると、彼は私に手を振った後、視線を下げて周りに立っていた女性たちに王子様然としたスマイルを見せた。
たったそれだけで、魔法のように道が開き、私は皆の了承の下にファビアンの隣に立つことが許されたのだった。
「ファビアンは魔法使いなの? あるいはキラキラ王子様の固有能力保持者なの? 微笑むだけで周りの女性たちを思い通りに動かせるなんて、信じられないわ」
にこにこと友好的に微笑む女性たちに囲まれた私は、驚いてファビアンに質問した。
すると、ファビアンはおかしそうな笑い声を零す。
「ふふふ、そんなことができるはずもないよね。たまたま私の周りにいた方々が親切で、私の友人である君を隣に招待してくれただけだよ」
そんな話なのかしら……
不思議に思って首を捻っていたところ、直ぐ近くで歓声が響いた。
そのため、はっとして声がした方を振り向く。
「きゃー、王太后陛下! イアサント筆頭聖女様―!!」
「あああああ、ほんっとうにお綺麗ねー! あの赤い髪を見てごらんなさい!! 何てお美しいのかしら」
「その上、金の瞳だなんて! かつていらっしゃった大聖女様と同じ色だわ!! ああ、何て素敵なのかしら」
「本当に、大聖女様の再来だわ!!」
沿道の人々が叫ぶ声を聞き、遠目に見えるイアサント筆頭聖女に目をやると、太陽の光に照らされて、キラキラと輝く赤い髪が見えた。
彼女は屋根のない馬車に乗っていて、沿道の人々に手を振っている。
その周りは黒竜騎士団の騎士服をまとった騎士たちが囲んでおり、クェンティン団長、クラリッサ団長、ザカリー団長といった見知った顔も見えた。
イアサント聖女が近付いてくるにつれ、沿道の人々の熱気は高まり、興奮したような叫び声があちらこちらで上がる。
「あああー、素敵、素敵!! イアサント筆頭聖女様ー!! まあ、ほんっとうに真っ赤な髪だわ!!」
「見えた! 金の瞳が見えたぞ!! ああー、これで昨日からの二日酔いが治ったな!!」
私がいたのは最前列だったため、イアサント聖女が目の前を通り過ぎていくのを間近で見ることができたのだけれど、彼女の髪は確かに混じりっけのない鮮やかな赤色をしていた。
それから、片方だけ覗いている瞳は金色をしていた。
イアサント聖女が真横を通り過ぎた時、ファビアンが興奮した様子で話しかけてくる。
「誰だか知らないけど、あの髪型を思い付いた人はすごいよね。筆頭聖女を最も神秘的に見せる髪型じゃないかな。普段、イアサント陛下は片方の目を隠しているけど、どういうわけか、大事な式典のここぞという場面では必ず風が吹いて、両目が見えるんだよ。金の瞳に赤い髪は伝説の大聖女様の色だ。だから、その全てを目にすることができた時、皆はものすごいレアものを見た気分になって、大興奮するんだ。すごい演出だよね」
そんな偶然があるものなのね、と思いながらもう1度しっかりとイアサント聖女を見る。
すると、近くから見ても間違いなく、赤と金の色を持っていた。
「赤い髪に金の瞳……」
「そう、フィーアとお揃いだよね」
そう言われたことで、かつてサヴィス総長に言われた言葉を思い出す。
『お前の色の組み合わせは唯一無二だ』と。
「あれ? 以前、サヴィス総長は私の赤い髪と金の瞳を指して、『お前の色の組み合わせは唯一無二だ』と言っていたわよね。だけど、実際にはもう1人いらっしゃったのね」
しかも、相手は自分の母親だから、赤と金の組み合わせは私1人でないことを分かったうえで口にしたはずだ。
まあ、総長らしからぬことに、あのセリフはリップサービスだったのかしら。
そう思っていると、私の独り言を拾ったファビアンが、私の髪をじっと見つめてきた。
「『色の組み合わせは唯一無二』と言われたのならば、間違ってないんじゃないの。赤にも様々な色があるし、イアサント筆頭聖女とフィーアの赤は色味が異なるからね。『赤と金の組み合わせ』という意味では同じだけれど、それほど赤い髪を持つフィーアの色の組み合わせは、やっぱり君だけのものだと思うよ」
「そう?」
赤なんて同じようなものだと思うけど、と思って聞き返すと、ファビアンから苦笑される。
それから、彼は身をかがめると、私の耳元に口を近付けて声を潜めた。
「以前、筆頭聖女をお見かけした時は、何て見事な赤い髪だろうと感心していたのだが、フィーアの髪を見た後だと、薄くて色あせているように見えるんだよね。鮮やかさが全然違う。そして、畏れ多い話ではあるけれど、300年前の肖像画から判断する限り、フィーアの髪色は大聖女様のそれと全く同じ色だよね」
そういえば、サヴィス総長からも私の髪色は国旗と同じだと言われたのだった。
その時は何を言われたのかよく分からなかったけれど、我が国の国旗は大聖女の髪色と全く同じ色合いを再現してあるのだと、後日、仲間の騎士から教えてもらったのだ。
つまり、サヴィス総長の目にも、私と大聖女の髪色は同じに見えたのだろう。
―――その通りなのだけど。
なぜなら私の髪色は、300年前からずっと変わらず同じ色をしているのだから。
「多くの者は、君の髪色がただ赤いだけだと思っているのだろうけど、大聖女様と同じ赤だとバレたら大変だよね。ただそれだけで、君を羨んだり、恨んだりする者が大勢出てくるはずだ」
ファビアンったら大袈裟ね、と思いながら反論する。
「どうかしらね。聞いた話だと、筆頭聖女が側近くに置いている聖女様も赤い髪をしているらしいわよ。パレードには参加していなかったみたいだから、色味は分からないけど、そんな風に赤髪の女性はたくさんいるんじゃないかしら」
実例をもって説明したというのに、ファビアンははっきりと首を横に振った。
「間違いなくいないと思うよ」
筆頭聖女が通り過ぎてしまったことで、通りの両脇にびっしりと並んでいた人々が散り散りになり始める。
誰もがイアサント筆頭聖女を見に来たようで、改めてその人気の高さを嬉しく思った。
「筆頭聖女は大人気ね!」
こうやって皆が聖女のことを身近に感じて、好きになってくれるといいわね。
私も皆と同じようにその場を後にすると、ファビアンと一緒に王城に戻ることにする。
2人で並んで歩いていると、ファビアンが思い出したように口を開いた。
「そうだ、フィーアにはシリル団長からの伝言を預かっていたんだった」
「えっ?」
何かしらと立ち止まった私に向かって、ファビアンが安心させるように両手を上げる。
「とはいっても、『筆頭聖女のパレードを見に行くのであれば、それが終わった後に伝えてください』と言われるくらいの、緊急性が低い伝言だったから、慌てる話ではないはずだ。手が空いたら、第一騎士団長室に顔を出してほしいとのことだったよ」
「ええっ!」
これから、第一騎士団長室に顔を出す?
咄嗟に、私は何かをやらかしたかしら、と最近の出来事が頭の中に浮かび上がる。
けれど、すぐに『怒られるようなことは何もしていないわ!』と、自信を持って結論付けた。
そのため、私はファビアンと別れると、気軽な気持ちでシリル団長のもとに向かったのだった。
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