187 王城勤めの聖女たち6
「うーん、すごいね、フィーア。君は皆を誤解させ、混乱に陥らせる天才だな。僕が想定していた最悪の場面より、何倍もすごい状況を作り出せるのだから、その才能には脱帽するよ」
よく分からない沈黙が訪れた中、ロイドが朗らかな声を上げた。
そう言えば、私は彼のアドバイスに従って、ディタール聖国の肉ツアーへ話題を転換したのだった、と思い出しながらじろりと彼を睨む。
もしかしてこの居心地の悪い沈黙は、ロイドによって作り出されたものなのかしら。
そうだとしたら、聖女に対するロイドのウィット心がまた、おかしく作用したに違いない。
困ったわねと顔をしかめていると、ロイドはにやりと笑って肩を竦めた。
それから、降参するかのように両手を上げ、周りの聖女たちを見回しながら口を開く。
「本人の言う通り、フィーアは騎士だよ。滅多にないほど赤い髪をしているが、赤い髪の者が全て聖女というわけでもない」
聖女たちの表情から、どうやら皆は私のことを聖女だと思い込んでいたらしいことに気付く。
「まあ、ロイドったら何て悪戯をするのかしら!」
実際に私は聖女で、そのことを隠しているのだから、危ない橋を渡るところだったわ。
目を丸くしている私とは対照的に、聖女たちはムッとした様子でロイドを睨んでいたけれど、自業自得だと放っておくことにする。
けれど、当のロイドは気にした様子もなく、聖女たちに向かってにこりと微笑んだ。
「悪戯をしてごめんね。うちのプリシラは大聖堂で独特の教育を受けて育ったためか、他人とのかかわり方が上手くないんだ。だが、何事も1人でできることは限られているから、今後は君たちと協力して、色々とやっていかないといけないはずなんだ」
聖女たちがロイドの言葉に耳を傾ける様子を見せると、彼は熱心に言葉を続けた。
「だから、少しでも仲良くなれるよう今日の場を設定したのに、どういうわけか、あっという間に険悪な雰囲気になってしまったからね。場を和ませるつもりで冗談を仕掛けたが、想定したような楽しい結果にはつながらなかった。僕の対人スキルが低いせいで、気を悪くさせたのならば申し訳なかったね」
そう言って、しゅんとした様子を見せたロイドだったけれど、これまでの付き合いから判断するに、完全に演技だと思う。
ロイドは聖女に対して複雑な思いを抱えているから、今回はその中の皮肉な気持ちが前面に出てきて、ブラックユーモアが発生したのではないかしら。
私はそう疑わしく思ったけれど、聖女たちは『仕方がないわね』という表情を浮かべたので、ロイドよりも聖女たちの方が純真に違いない。
聖女たちの表情が軟化したことで、その場の雰囲気が柔らかいものになったのを見て取ったロイドは、にこやかな笑みを浮かべる。
「今後、プリシラは王都で暮らす予定なんだ。場合によっては、王城へ頻繁に顔を出すようになるだろう。その場合は、君たちがプリシラの1番の相談相手になるはずだから、この子と仲良くしてほしいんだ」
ロイドの頼み込むような態度に、まんざらでもない表情を浮かべた聖女たちだったけれど、当のプリシラは不満があるとばかりにつんと顎を上げた。
「私は大聖堂でずっと、聖女として最高の教育を受けてきましたわ。他の聖女から教えてもらうことなど何もありません」
「プリシラ……」
せっかく軟化した聖女たちの表情が再び険しくなる様を見て、ロイドが注意するようにプリシラの名前を呼ぶ。
けれど、プリシラは聞く耳を持たないとばかりに顔を強張らせた。
「私はずっと大聖堂で1番だったわ! 誰だって、私には敵わなかった! だから、今度の選定会でも私が1番になるのよ! 誰にも、何も、教えてもらう必要はないわ!!」
その頑なな様子を見て、プリシラは筆頭聖女にならなければならないとの強迫観念に駆られているのかもしれないと思う。
サヴィス総長が1人の女性を10年間待ち続けたというのは素敵な話だと思ったけれど、逆に考えると、待たれる方の相手も、総長から待たれていることを知っていたはずだ。
それはすごいプレッシャーではないだろうか。
もしかしたらプリシラは7歳で大聖堂に引き取られてからずっと、「筆頭聖女になるのだ」と言い聞かせられ、厳しい訓練を課されてきたのかもしれない。
そうだとしたら、彼女は何が何でも筆頭聖女になるべきだと思い込んでいるのだろう。
プリシラは大変だったのかもしれないわね、と彼女のこれまでに思いを馳せていると、気分を害した様子の聖女たちが、我慢ならないとばかりに口を開いた。
「大した自信だこと! だけど、あなたは1度だって、イアサント筆頭聖女に呼ばれたことがないじゃないの!!」
その一言で、プリシラが顔色を変える。
一体どうしたのかしらと思っている間に、他の聖女たちも口々にイアサント聖女について語り出した。
「あなたがどれほど力の強い聖女か知らないけれど、イアサント筆頭聖女のところの聖女には敵わないわ!」
「ええ、間違いなくあの方のところから、次代の筆頭聖女が誕生するはずよ!!」
え、どういうことかしら、と聖女たちとプリシラを交互に見つめていると、その間で困ったように眉を下げるロイドが目に入った。
彼は私と目が合うと、弱々しく微笑む。
「イアサント王太后陛下は秘蔵っ子を隠し持っているとの噂なんだよ。あの方は筆頭聖女としての高い志と、慈愛の心をお持ちだから、それらの思想を引き継がせるべく、能力の高い聖女を囲っているとのもっぱらの噂だ」
イアサント王太后はセルリアンとサヴィス総長のお母様で、現行の筆頭聖女だ。
そして、クラリッサ団長たちが現在進行形で、王家の離宮に迎えに行っているお相手でもある。
「大聖堂が把握している聖女様の中で、プリシラが最も力が強い聖女様であることは間違いない。一方、王太后お抱えの聖女様についてはほとんど情報がないため、その力がどれほどのものであるかを把握できていない。ただ……その秘蔵っ子とやらは、滅多にないほど鮮やかな赤い髪をしているらしい」
ロイドは私の髪をじっと見つめながら、そう続けた。
「いずれにしても、あと数日で王太后陛下は王城に到着するはずだ。離宮を管理する聖女を1人残して、残りは全員連れてくるだろうから、早晩その秘蔵っ子とやらにもお目に掛かれるだろう」
それから、ロイドは私の耳元に口を近付けると、小さな声で囁いた。
「我が公爵家から未来の王妃が誕生するのは、セルリアンの10年来の悲願だ。加えて、プリシラは自分が筆頭聖女になるものだと信じている。だから、……王太后が強力な聖女を連れてくるのであれば、プリシラとの対決は避けられないだろうね」
 









