180 ご褒美晩餐会?2
約束の時間の5分前になったので、晩餐室の扉を叩いて中に入ったところ、サヴィス総長しかいなかった。
そのため、思わずきょろきょろと部屋中を見回してしまう。
総長は他の同席者がいると言わなかったけれど、『騎士団の中に美味い話はない』というこれまでの経験から、扉を開いたらシリル団長やデズモンド団長が飛び出してくるように思われ、身構えていたのだ。
あら、本当に2人だけのようねと首を捻りながら、マントルピースの前に立つ総長に視線をやると、私服姿だった。
「えっ、サヴィス総長は騎士服以外の服を持っているんですね!」
総長が私服を着ているところを初めて見たため、びっくりして尋ねると、生真面目な表情で頷かれる。
「その通りだ。お前は驚くかもしれないが、眠る時用の夜着も持っている」
その冷静な言葉を聞いて、常識を取り戻す。
もちろんサヴィス総長の言う通りだ。総長とは仕事でしか会ったことがなかったから、騎士服姿しか見たことがなかっただけで、騎士服以外の服も持っているに決まっている。
「しっ、失礼しました! つまり、サヴィス総長の騎士服姿は、最高に似合っていると言いたかったのです!!」
失言を取り返そうと、両手を握り締めて大袈裟に褒める。
続けて、着用している私服を具体的に褒めようと、総長に視線を定めたところで、まあ、本当に似合っているわねと感嘆した。
サヴィス総長は襟付きのシャツの上から暗色の上衣を羽織っていただけだったけれど、それがすごくカッコよかったからだ。
色合いが落ち着いているからなのか、いかにも高級そうな服を着ていても、気障にも嫌味にも見えないし、明らかに男っぷりが上がっている。
「さすがですね、総長! 騎士団で鍛え抜かれた筋肉を備えているため、どんな服を着てもすごくお似合いです!!」
私の心からの褒め言葉が総長の心を打ったのか、総長はおかしそうに唇の端を上げた。
「斬新な誉め言葉だな。そうか、オレが服を着こなせるのは、全て筋肉のおかげだったのか」
あれ、私が褒めたかった内容とは何かが違う、と首を捻ったけれど、答えが出る前に総長に促されて席に着く。
その際に、ちらりと壁際を見ると、数人の侍女が控えているだけで、騎士は1人もいなかった。
サヴィス総長の身分を考えると、常に第一騎士団の騎士が警護に付いているはずだから、きっと私がゆっくり食事をできるようにと外してくれたのだろう。
わくわくしながら料理を待っていると、まずはドリンクの種類を尋ねられる。
「何か飲みたいものはあるか?」
そのため、私はううーんと考え込んだ。
通常であれば、飲みたいお酒を尋ねられる場合、リストを渡されて、その中から選ぶものだけれど、何もないところから自由に好きな物を選べというのは、さすが王城仕様だと感心する。
問題は……お酒の種類や銘柄を、私がよく分かっていないことなのだ。
「サヴィス総長の好きな物を飲みたいです!」
そのため、総長と向い合せの席に座った私は、テーブル越しに総長を見上げながら、嬉々として答えた。
よく分からないのだから、よく分かっている人に任せるのが確実よね、と思いながら。
それからすぐに食事が始まったのだけれど、事前に宣言された通り、テーブルの上には両手両足の指の数を足したくらいのカトラリーが並んでいた。
まあ、素敵。これだけのカトラリーを全て使うほどたくさんの種類のお料理が食べられるということね!
そして、この素敵な状況を迎えられたのは、『指の数よりもたくさんのカトラリーを使う料理を食べたい』というようなことを、私自身が発言したからよね。さすが私!
過去の自分を褒め称えると、私は嬉々として料理にフォークを突き刺した。
そして、一口食べたことで理解する。
王城の料理人が作った料理は美味しい、ということを。
それはそうだろう。一流の材料を使って、一流の料理人が料理をしているのだ。美味しくないわけがない。
冷静に考えたら、どんなお店の料理よりも、王城の料理が美味しいに決まっているのだ。
ということは、下手なお店でご相伴にあずからずに、王城の料理を食べている私は大当たりじゃないだろうか。
「あああ、美味しい! 王城の料理人が作った料理を食べることは、もう2度とないだろうから、お腹が破れる一歩手前まで食べないと!!」
すごいわ。これまではお肉とケーキが最強だと思っていたけれど、野菜もキノコも魚も、何もかも最強だったのね。
というか、前世の私はこんなに美味しい物を毎日食べていたのね。
次々に料理を口に運ぶ私を見て、サヴィス総長は楽しそうに口の端を持ち上げた。
「お前の食事量を見ていると、オレと同じくらいの体格なのかと疑ってしまうな」
私は食事と会話の合間にお酒を飲みながら、すらすらと答える。
「うふうふうふ、あたらずといえども遠からずってところですね! 将来的に私はすごく背が伸びる予定ですので、これらの食事は未来の私に投資をしているのですから!!」
私の言葉を聞いた総長は、まじまじと見つめてきた。
「……お前は何歳だ?」
「15歳です!」
「……オレの記憶に間違いはなかったな。騎士にとって体格は大事だが、それが全てというわけでもない」
「はい?」
あれ、私は何か慰められているのかしら? と首を傾げていると、総長はさらに太っ腹な提案をしてきた。
「好きな物があったら遠慮なく言え。同じ物を持ってこさせるから」
まあ、何て素敵な上司かしら!
そう感激したけれど、これだけテーブルの上にカトラリーが並んでいるのだから、おかわりをしていたら、この後出てくる新たな料理を食べ切れないだろう。
そう考え、賢い私は、どんなに美味しくてもおかわりを言い出すことなく、次の料理に手を付けようと心に決める。
そうやって、次々に出された料理を食していると、あっという間にお肉料理の順番になった。
両手を握り締めて待っていると、侍女の1人が大きなお皿を目の前に出してくれる。
そして、その皿の上には3種類の違うお肉が載っていた。
まあ、すごい、何という豪華さかしら!
問題は味だけれど、王城のお肉料理だから期待してもいいわよね、とわくわくしながら口に入れると、信じられないことに舌の上でじゅわっと溶けた。
「えっ、お肉って溶けるものだったの!? 信じられない。15年生きてきて、まだ知らないことがあったのだわ!!」
驚きの声を上げながらサヴィス総長を見上げると、おかしそうに笑われる。
「それは驚くべき話だな。オレは27年生きてきたが、まだ肉が口の中で溶ける体験をしたことはないからな」
「まあ、だとしたら、私はたった15年で総長以上の経験をしたということですね!」
すごい体験をしたことが嬉しくなり笑っていると、後ろに控えていたサーヴ係が残り少なくなったグラスにワインを注ぎ足してくれた。
「ううーん、先ほどから素晴らしいタイミングでお酒を注がれるわよね! ワインの量がグラスの3分の1くらいになったら、すかさず注がれるんだから。おかげで、今日はこれまでになくたくさんのお酒を飲めたわ」
出される料理を全て食べ尽くしたため、アイスクリームとケーキが出される頃には、私のお腹はデザート分のスペースしか空いていなかった。
というか、もう満腹で何も入らないと思っていたけれど、デザートを見た途端、胃にデザート分のスペースが空いたので、人体の不思議を体験する。
「あああ、1ミリのスペースも余すことなく、胃袋に食べ物を詰め込んでしまう私は、収納の天才かもしれないわ!」
自分の新たな才能を発見していると、サヴィス総長はわざとらしく片方の眉を上げた。
「お前の食欲はどうなっているんだ? 半分は残すだろうと考えていたのに、全部食べてしまうとは驚きだ。あれらの食物と酒がお前の体のどこに詰まったかは、全くの謎だな」
「うふうふうふ、これこそが未来の私への投資ということですよ! つまり、将来的に私の身長が伸びる証拠なのです」
先ほどの会話を引用して答えると、サヴィス総長は空になったワインの瓶を振りながら、呆れたように首を傾けた。
それから、酒瓶をテーブルに置くと、じっと私を見つめてくる。
そのため、私はこてりと首を傾げた。
「うふうふうふ、総長、どうかしましたか?」
もしかして私に見とれているのだろうか、あるいは、顔にソースでも付いているのだろうか。
……うーん、残念ながら後者でしょうねと考え、両手で顔を撫で回していると、総長は突然、セルリアンについて尋ねてきた。
「フィーア、セルリアンはお前に負担を強いていないか」
「えっ?」
どういう意味かしら、と真意を測りかねて総長を見つめると、真顔で見つめ返される。
「セルリアンは生来、人当たりがいいし、他人との距離感もバランスも間違えることはない。だが、昔から、コレットが関わる時だけはそれが崩れるのだ」
まずいわ、何だか大事な話をされているみたいだわ。
そう悟った私は、居住まいを正す。
今夜の私はたくさんのお酒を飲んだから、難しい話をされても理解できない可能性が高いのよね、と思いながら、気分を落ち着けるため、1口お酒を飲む。ごくり。
すると、すかさず後ろに控えているサーヴ係がお酒を注ぎ足してきたため、注がれたら飲まないといけないわねと考えもう1口飲む。ぐびり。
「セルリアンはお前に未来への可能性を見出し、縋っているようだが、元々は彼とドリーが処理すべき案件だ。お前は手伝ってやっているのだという、大きな気分で臨めばいい。結果がどう出たとしても、お前に賭けた連中の責任だ」
総長の言葉を聞いた私の目がうるるっと潤む。
「まあ、サヴィス総長は私が失敗した時に気に病むんじゃないかと心配して、事前にフォローしようとしてくれているんですね! 何てお優しい騎士団総長様なのかしら!!」
総長の優しさに感動して胸を押さえていると、総長は考えるかのように目を細めた。
「フィーア、先ほどからずっと、お前の考えは全て声に出ているぞ」
そうでしょうとも。私も先ほどからそんな気がしていました。
「崇高なる騎士団総長を前にして、私がやましいことを考えることは一切ありません! ですから、私の考えの全てが声に出ていたとしても、困ることはありません!!」
両手を広げ、挑むようにそう答えると、総長は疑うかのように首を捻った。
「……そうか。お前が明日の朝、後悔しなければそれでいい」
そんな優しい言葉を掛けてくれる総長に向かって、私はにこりと微笑む。
「絶対に後悔しません! 今日の私はお酒を飲み過ぎました! そのため、明日の私は間違いなく、今晩のことを何一つ覚えていないでしょうから、後悔しようがありません!!」
私の返事を聞いた総長は、一瞬、怯んだ様子を見せたけれど、すぐに真顔に戻ると頷いた。
「それは……非常に健康的な考えだな」
メリークリスマスᔦᔧ✩
(お肉とケーキができてきましたので、何とか……)









