168 危機との遭遇3
「カ、カーティス!」
シリル団長の説教予告を受け、背筋が凍り付いた私は、咄嗟に元護衛騎士に助けを求めた。
「シ、シリル団長が私とゆっくり話をしたいって言っていたわ!!」
もちろんカーティス団長は私の隣にいて、全ての話を聞いていたのだけれど、この後、私にどれほど悲惨な出来事が待っているのかを正しく理解してほしくて、もう1度説明してしまう。
すると、カーティス団長は分かっているとばかりに頷いた。
「シリルの希望は当然のことです。彼が聖女姿のフィー様を目にしたのはわずかな時間でしたが、その短い時間の中ですら、民衆がフィー様にどれほど心酔しているかを読み取ることができたはずですから。あなた様の偉大な功績について、詳細に尋ねたいのでしょう」
「えっ!?」
カーティス団長と私の認識は合っている。
私が聖石を使って何をしたのかをシリル団長は知りたがっていて、そのことについて聞き取りをするのだろうと予想していることは一致している。
一致していないのは、私がその未来に絶望を感じているのに対して、カーティス団長はとっても素晴らしい未来だと認識していることだ。
シリル団長はものすごく有能だけれど、今回はその有能さがしつこい尋問という形で表れるだろう。
つまり、全く歓迎できない事態が待ち構えているというのに、どうしてカーティス団長は未来に希望を持って、楽しそうな笑みを浮かべているのかしら。
そう不思議に思っていると、カーティス団長は嬉しそうに言葉を続けた。
「フィー様の偉大なお力の全てが、聖石のおかげになってしまうのは業腹ですが、それでも、あなた様が人々に対して何を成したかは正しくシリルに伝わるでしょう。少なくとも、あなた様が誰をも救いたかったという、その尊きご心情をシリルは理解するはずです」
「えーと」
薄々思っていたのだけれど、カーティス団長は一人で地道に、私の好感度アップ作戦を行っているんじゃないかしら。
私が聖女であることを隠したがっていることは知っていて、協力してくれているのだけれど、一方で、私が何らかの形で称賛されることを望んでいるように思えるのよね。
けれど、私自身は称賛されたいなんて思っていないから、これは1度、はっきりと言っておいた方がいいわね!
「カーティス、私は褒められるようなことは何もやっていないからね!」
すると、予想通りすかさず言い返される。
「そう思われているのは、あなた様だけです」
「いや、もちろん私だけではなくて」
「何度も! 何度も! 私はあなた様に救われました! 救われる側の気持ちは、救われた者でなければ理解できません!!」
「…………今日はここまでにしておきましょう」
聖女姿の私が人々に何をしたかを正しく把握してもいないのに、そして、過去の自分の出来事を持ち出してきてまで、きっぱりと言い切るカーティス団長の姿を見て、これはダメだと即座に白旗を上げる。
私は大概のことは治癒できる聖女だけれど、カーティス団長は治せそうにないわ。
でも、未来の私はもっと偉大な聖女になっていて、カーティス団長を治せるかもしれないから、未来に希望をつないでおきましょう。
そう考えた私は、今この場での説得を諦めることにした。
そのため、国王が通り過ぎたことで散り散りになっていった人々に合わせて、セルリアンやドリーとともに歩いていたところ、ドリーが疲れた声を出した。
「あー、もう、あたしは疲れたわ。美味しいごはんとお酒がないと、これ以上動けそうにないから、食事に行きましょうよ」
すると、セルリアンが被り物の耳をぴんと引っ張る。
「だが、この格好で入れる店は限られるぞ。サヴィスから面談の埋め合わせに、フィーアに馳走するように言われていたから、それなりの場所に連れて行かないとサヴィスに怒られる」
「えっ、セルリアンがご馳走してくれるの? だったら、心配しないで! 私はびっくりするくらい食べるから、量でカバーするわ。それに、カーティスもいるから、彼はたくさん食べるわよ!」
そんな風に盛り上がっていると、突然、後ろから声を掛けられた。
「もし、聖女のお嬢さん!」
「はい?」
声がした方を振り返ると、仕立ての良さそうな服を着た男性が帽子を手に持って佇んでいた。
その後ろには、お付きの者らしき男性が2人立っている。
「突然、お声掛けしてすみません! 大変、不躾な申し出かと思いますが、どうか、どうか私の娘を救ってもらえないでしょうか!!」
男性はぎゅっと帽子を握りしめると、深く頭を下げてきた。
「え……っと」
突然の話に戸惑っていると、ドリーが顔を近付けてきて小声で囁いた。
「あれはペイズ伯爵よ。そして、伯爵の娘は聖女様のはずだわ。だから……」
「えっ、聖女様!」
だったら、私のお仲間じゃないの。
「分かったわ! お手伝いするわ」
即座にそう返事をしたけれど、間髪いれずにドリーから反対の声が上がる。
「ちょっと、フィーア! そうじゃないでしょう!?」
「そうだよ、フィーア。これから僕らは食事に行くんじゃないか」
ドリーだけではなくセルリアンにまで反対されたわと思った途端、それぞれから右腕と左腕を取られる。
「えっ、あの、どこへ」
2人から強引にどこかへ連れていかれそうになったので、慌てて尋ねると、揃った声で答えられる。
「「だから、食事に行くんだよ!!」」
「えっ、突然、どうしたの?」
王様と公爵だけあって、これまでの2人の物腰は柔らかで、有無を言わさず実力行使に出られたことは一度もなかったのに、今は私を引きずっているわよ……と、思ったけれど、そんな行動も長くは続かなかった。
なぜなら伯爵の随行者2人が素早く進行方向に回り込んで、目の前に立ちふさがったからだ。
けれど、その行為はセルリアンを苛立たせたようで、彼は2人をねめつけると尖った声を出した。
「これから僕たちは食事に行くんだから、邪魔しないでくれない? 見ての通り、ただの道化師一座だ。聖女だってタネと仕掛けがあるんだから、本物の怪我や病気は治せないよ!」
しかし、伯爵の側近らしい2人は冷静な声を上げた。
「後ろにいる騎士は白い騎士服にサッシュを着用されていますので、騎士団長ですよね。わざわざ騎士団長様が護衛に付くということは、本物の聖女様ではないのでしょうか?」
「本日、国王陛下は視察の一環で中央教会をご訪問されました。そのため、明日にでも新たな筆頭聖女の選定についての告知が行われるのではないかとの噂が流れております。そちらの女性は、選定会が開催されることに合わせて、王都に出てこられた聖女様ではないのでしょうか。恐らく、筆頭聖女様の最有力候補の方であらせられますね」
「えっ、もちろん違うわ! 私が聖女に見えたのは、タネと仕掛けがあったからよ」
もっともらしいことを言われたので、セルリアンの言葉の繰り返しだわと思いながらも、もう1度同じ説明を行う。
すると、最初に声を掛けてきた伯爵が口を開いた。
「名乗るのが遅くなりましたが、伯爵位を賜っておりますペイズと申します。僭越ながら、私は王城にも教会にも、それなりに伝手がありますので、筆頭聖女の選定に関してお役に立てるかと存じます」
それは明らかな交渉の言葉だった。
『筆頭聖女の選定に関して便宜を図るので、伯爵の娘を治してくれ』との。
「まっさかー、あたしたちのこともよく分からないようじゃあ、ぜんっぜん王城に食い込んでいないわよね!」
ドリーは馬鹿にしたような声を出すと、ばさりと長い髪を後ろに払った。
「それに、伯爵ごときで、あたしたちに恩に売ろうって態度が気に入らないわよねー。助けてほしい娘ってのも聖女様でしょうから、自分で治せばいいじゃない。それができないのならば、色々と伝手があるみたいだから、道化師なんかに声を掛けないで、立派な聖女様を探してきたらどうかしら?」
ドリーの態度がこれまで見たこともないほど辛辣だったので、ペイズ伯爵と確執があるのかしらと首を傾げる。
あるいは、ドリーは聖女を嫌っているので、『聖女を治癒する』という状況に腹立たしさを覚えているのかもしれない。
いずれにしても、ドリーの態度は酷過ぎるけれど。
と考えたのは私だけではないようで、伯爵は無言ながらも不快そうに顔を歪めていたし、側近の2人は「道化師ごときが無礼な!」「口を慎め!」と警告の声を上げていた。
けれど、ドリーは王城の中で、多くの人を馬鹿にし続けている宮廷道化師なのだ。
無礼で相手を馬鹿にしたような態度を取ることは、得意中の得意事だろう。
それを証するように、ドリーは不快そうな3人を全く意に介した様子もなく、挑発するような表情を浮かべた。
「ちょっと頼んだだけで、簡単に救ってもらえると思わないでちょうだい。万能の聖女様なんて、どこにもいやしないのよ」








