167 危機との遭遇2
これはまずい、最強のカードが揃ってしまったわ、と一歩後ろに下がったところで、セルリアンから腕を掴まれた。
それから、邪気のない様子で提案される。
「どうした、フィーア? せっかくだから、シリルたちに挨拶していこうよ」
「ほほほ、セルリアンったら。私たちはただの道化師なのよ。おいそれと筆頭騎士団長様と口が利けるはずもないわ」
「……今度は、何を企んでいるんだ?」
私の発言内容はセルリアンにとって予想外だったようで、彼からじとりと見つめられたけれど、もちろん何も企んではいない。
それどころか、全力で危険から回避しようとしているのだから、私の言う通りにしてほしいと心から思う。
それなのに、「何も企んでないのならば行けるよね」とセルリアンに手を取られ、メインストリートに連れていかれてしまった。
ドリーもにこやかな表情で後を付いてくるし、この2人の危機管理能力には大いに問題があるようだ。
あるいは、王様と公爵だけあって、私が危険と思うような案件も、些末事だと思っているのだろうか。
……まあ、いいわ。どのみち、既にたくさんの人々が集まっているのだから、人だかりの後ろにいたとしても見えはしないだろうし。
そう考えながら人だかりの最後列に並んでいると、私の前に立っていた女性が驚いたような大声を上げた。
「まあ、聖女様じゃないですか!」
えっ、と思って顔を向けると、周りにいた人々も興奮した様子で続ける。
「本当だ、聖女様じゃないか! あんた、すげぇな! 『聖水』を浴びてから結構な時間が経っているのに、まだ指が動くんだ!! ああ、ほら、せっかくそんな可愛らしい衣装を着ているんだから、こんな後ろにいないで、前に出て王様に挨拶しないと!!」
「そうだよ! ちょっと、聖女様がいらっしゃったよ! 場所を空けとくれ!!」
「え、いや、本当にお構いなく……」
全力で拒否したけれど、人々の善意のおかげで、気が付いた時には最前列に立たされていた。
「えっ、どうしてこんなことに!?」
茫然として呟くと、状況を正確には把握していないはずのカーティス団長が誇らし気に胸を張った。
「もちろんフィー様のご威光に、誰もが胸打たれた結果です!」
「…………」
実際の場面に居合わせていないにもかかわらず、先ほどのドリーとの会話に加え、私が『聖女様』と呼ばれたことから、ある程度のことを推測したのだろう。
恐るべきことに、カーティス団長は真実からそう遠くない答えを口にしている。
くう、そんな有能さはちっとも求めていないのに!
そして、それ以上に、私がこの場所に立つことを求めていないのに……と思っていると、いつの間にかローレンス王が目の前に来ていた。
仕方がないので、大勢に紛れてやり過ごそうと、控えめな表情を浮かべていたけれど、王は放っておいてほしい私の気持ちに気付かないようで、興味深げに私の全身を見回した。
「おや、これは可愛らしい聖女だね」
国王の影武者に選ばれるくらいだから、ローレンス王が有能であることは間違いない。
そのため、私が先日面談を行った騎士であることを見抜いているだろうに、分かった上で声を掛けてくるなんて、ちょっと茶目っ気があり過ぎじゃないだろうか。
そう思いながら、王に対して不敬にならないよう、愛想笑いを浮かべる。
それから、ちらりと王の後ろに視線をやると、バルフォア公爵がぽかんと口を開けて立っていた。
そうよね。バルフォア公爵はずっと王にくっついていたので、私がセルリアンとドリーに弟子入りしたことを知らないのよね。
そのため、突然、派手な聖女の衣装を身に着けて、この2人とともに現れた私を目にした公爵は、何をやっているのだろうと驚いているのだろう。
そう納得しながら、怖いもの見たさでもう1度、今度はバルフォア公爵の後ろに視線をやると、シリル団長が目を見開いて私を凝視していた。
「ひっ!」
恐怖のあまり、後ろに下がろうとしたけれど、人々がみっちり集まっているため、下がる場所がない。
進退窮まったと思いながらも、シリル団長が注目しているものを見極めようと、その視線を辿ってみると、私が首にかけているネックレスにひたりと視線が定められていた。
「ひいっ、しまった!」
人々にとってはぴかぴかに輝くただのネックレスだけど、シリル団長はこの石の真価が分かる数少ない人物の1人だった。
まずい、まずいと思いながらも、何とかして誤魔化さなければと頭を働かせ、一度ネックレスを指差した後、手を横にぶんぶんと振る。
『違う、違いますよ。この聖石の魔力は使っていませんよー』
そんな風に必死で訴えたというのに、どういうわけか、私の周りにいた人々が私の自慢を始めてしまう。
「王様、この聖女様はすごいんですよ! この聖女様のおかげで、長年動かなかったオレの指が動くようになったんですから!!」
「あたしだって、ずっと背中が痛くて、杖を突きながらしか歩けなかったのに、聖女様のおかげで背中が伸びたんです!! 見てください、20歳若返りました」
「や、やめて……」
これ以上シリル団長を刺激しないでほしいと願いながら、弱々しく制止の声を上げたけれど、誰も取り合ってくれない。
それどころか、さらに私を売り込み始めた。
「聞かれましたか、王様! この聖女様はこんな風に謙虚で、ちっとも自分の偉業をひけらかさないんですよ! 今だって一番後ろから、王様の御姿を見ようとしていたんですから、控えめもいいところです!!」
ごめんなさい、すみません。本当に止めてください。
シリル団長は警護業務の真っ最中にもかかわらず、全力で皆さんの会話に集中しているし、どんどん表情が強張っていっていますから。
そして、どういうわけか、団長の片手が剣の柄に掛かっていますから、私の安全のために、私を褒めるのを今すぐ止めてください!
もちろんシリル団長に剣を抜く気はないのだろうけれど、剣の柄で私の頭を小突こうくらいには考えているかもしれない。
これは本当にまずいと思った私は、セルリアンとドリーに罪を擦り付けることにする。
そのため、目の前に立つローレンス王に向かって、普段より大きな声を出した。
「お初にお目にかかります、王様! 皆様からお褒めいただいて光栄ですが、私は見習いに過ぎません! ここにいる馬の道化師と、鳥の道化師に言われるがまま、パフォーマンスを披露しただけです!! 私の意思で行ったものではないので、成果も責任もこの2人のものです!!」
すかさず両隣から、「だから馬じゃないって言っているだろう!」「あたしだって、ただの鳥じゃないわよ!」と苦情の声が上がったけれど、それらの回答が本質からズレていたのでほっと胸を撫で下ろす。
あ、この2人が思っていた以上にぽんこつで助かったわ。
これなら何とか今日を生き延びられそうだわ、と安堵のため息をついたところで、いつの間にか近寄ってきていたバルフォア公爵が口を開いた。
「陛下、この2人の道化師は王城で見たことがありますが、聖女様は初めて目にしました。見習いとのことですが、この2人と組んでいるのであれば、どのようなことができるのか興味がありますね。どうでしょう、王城に招いて、その芸を披露してもらうのは?」
「へっ?」
何を考えているのか、バルフォア公爵がとんでもないことを言い出した。
そのため、「いや、それは、いや、いや」と大きく首を横に振っていると、音もなくシリル団長が近付いてきて、バルフォア公爵に反論する。
「それはいい考えとは思いませんね。聖女様がニューフェイスであれば、今はまだ試行錯誤をしている段階でしょう。役どころすら定まっていない可能性がありますから……こちらの聖女様は、今日は聖女様ですが、明日は騎士かもしれませんよ」
「ひはっ」
騎士業務に就いている時はいつだって、シリル団長は背景に徹しているのに、どういうわけかがっつり会話に加わってきている。
しかも、これでもかと私に対する皮肉を利かせている。
これは耐えられない、助けてください、とローレンス王を見つめると、彼は「うーん、バルフォア公爵とサザランド公爵の、どちらの意見を聞き入れたものかねぇ」と楽しそうに微笑んでいた。
ダ、ダメだ!
この場に最強カードが揃っているのは間違いないけれど、みんな力の使い方を間違っている。
なぜならどういうわけか、全員がなんちゃって聖女をからかうことに、力を全振りしているのだから。
ああ、力と時間の無駄遣いだわ!!
……と、がくりと項垂れたけれど、この頃になると、皆の意図を何となく理解できていた。
つまり、ローレンス王はセルリアンの影武者だから、どこまでも彼の意向に従おうとするはずだ。
そのため、聴衆の最前列に並んでいるセルリアンを見つけた王は、彼が何かを伝えたがっているかもしれないと考え、その一派である私に声を掛けてきたのだろう。
そして、本日の視察の目的の1つは、民衆の王に対する好感度を上げることなので、皆から好意的に受け入れられている私に気付いたバルフォア公爵が、私を手厚く扱うことで王の好感度を上げようとしたとしても、それは理に適っている。
問題は、それらの全てを分かっていながら、バルフォア公爵の発言を打ち返してきたシリル団長なのだけれど、……聖女姿で好き勝手をした私にお怒りに見えるけれど、……ほほほ、読み違いよね。
そう希望的観測を抱きながら、ちらりとシリル団長を見ると、団長は目を細めてこちらを見ていた。
「ひいいっ!」
ダメだ、ダメだ。
全く読み間違っていないわ。あの表情は間違いなく怒っていらっしゃる。
これはしばらくシリル団長に近付かないようにしなければ! と、決意している間に、ローレンス王はセルリアンに対して「いつも皆を楽しませているようだね」と、ねぎらいの言葉をかけていた。
それから、王は民衆と二言三言、言葉を交わすと、片手を上げて挨拶をし、元々の予定通り、数軒先のお店に入って行った。
あっ、よかった。取りあえず助かったわ! と安堵していると、どういうわけかぴたりと護衛対象にくっついているべきシリル団長がこちらに近付いてきた。
何のつもりかしらと息を詰めていると、シリル団長は笑顔のまま口を開いた。
「こんにちは、可愛らしい聖女様。そのネックレスはとても素敵ですね。幸運にも、もう1度お会いできる機会がありましたら、ゆっくり話をさせてくださいね」
「ひいいっ!」
筆頭騎士団長様の完全なる説教の予告に、私は全身を恐怖に包まれたのだけれど、裏の言葉を読み取れない皆は、嬉しそうな声を上げた。
「あれまあ! 白い騎士服の団長様が、聖女様に興味を持たれたようだよ!!」
「分かるなー、確かに可愛らしい聖女様だからな! はは、良かったな、聖女様! ぜひもう一度お会いして、しっかり売り込んでくるんだぞ!!」
「そ、その売り込みは、ちっともいい結果を生まないように思うから、遠慮しようかしら……」
シリル団長を見つめたまま、引きつった笑顔を浮かべてそう囁いたけれど、団長は綺麗な笑顔を浮かべたまま踵を返すと、王が入ったお店に続けて入店していった。
そのため、目の前からシリル団長は消えていなくなったのだけれど、……どういうわけか危機的状況が先延ばしになった気持ちになっただけで、助かったとは全く思えなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
先週発売したノベル7巻ですが、多くの方にお手に取っていただいたようで、ありがとうございます。
色々と加筆していますので、楽しんでいただけたら嬉しいです(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾









