166 危機との遭遇1
シリル団長からマイナスカウントされたことを、何て酷い話だと思っていたけれど、よく考えたら、今日の私は騎士らしいことを全くしていなかった。
というか、そもそも十分な働きができるような格好をしていなかった。
なぜなら「衣装に合わない」とドリーに言われたため、王城に剣を置いてきたのだから。
そして、腰に剣を佩いていない聖女姿をシリル団長に見られていたので、―――何事においてもそつのないシリル団長が、帯剣していない状態を見逃すとも思えないので、今日の私に限って言えば、マイナスカウントされても仕方がないと考えを改める。
ううーん、つまり、シリル団長にはカーティス団長を投入する正当な理由があったというわけね。
そう考えを修正すると、私はふうとため息をついた。
「疲れたわ」
シリル団長は私がセルリアンとドリーと出掛けることに賛成していない様子だったので、戻ったら根掘り葉掘り質問されるかもしれないと思い至り、どっと疲れを感じたのだ。
ああ、シリル団長のことを思い出したことで、楽しくない未来まで想像してしまったわ。
そうがっくりしながら、私は首にかけていた聖石のネックレスを外す。
ネックレスはずっしりと重かったため、首にかけていることが疲労の一因だと気付いたからだ。
無造作に手に持っていると、ドリーが手を伸ばしてきて持ってくれた。
それから、ドリーはネックレスを手でもてあそびながら、しみじみとした声を出す。
「フィーア、あたしは今日、あんたから色々と学ばされたわ。この聖石は、戦場で騎士たちを救うことができる貴重なものだから、こんな場所でおいそれと使うもんじゃないとあたしは言ったけど……それは、あたしが無意識のうちに、戦場にいる騎士たちの方が、ここにいる人々よりも価値が高いと考えていたからこそ出た言葉だったのよね」
「えっ」
突然どうしたのかしらと戸惑っていると、ドリーはさらに言葉を続けた。
「でも、あたしにそんなことを決める権利なんてなかったのだわ。今日、人々の屈託ない笑顔を見て、そのことに気付かされたの。今後ずっと、体に痛むところがなく、快適な状態で過ごせるとしたら、それはとっても幸せなことだわ。それを他のものと比較して、上とか下とか言えるわけがなかったのよ」
ドリーはネックレスに視線を落としたまま、目を瞬かせる。
「そして、多分、300年前の大聖女様ならば、そのような区別をなさらなかったはずよ。どのような方であれ、等しく治癒されたのだから。だから……フィーア、あんたの行動の方が、聖女様の本質を捉えていたわ」
「ええと」
前世の私を引き合いに出されたため、何と答えたものかしらと考えあぐねていると、まだ話の途中だった様子のドリーが、「えっ!?」と驚いたような呟きを漏らした。
先ほどからドリーは、顔を上げて話をするのが恥ずかしいのか、手に持ったネックレスをしきりに触りながら話をしていたのだけど、今やその装飾品に目が釘付けになっている。
どうしたのかしら、と思っていると、ドリーは信じられないとばかりに目を見開いた。
「フィ、フィーア、あんたはさっき、とんでもない回復薬を作ったわよね? でも……1つ1つ全ての石を確認したけど、このネックレスに使われている聖石は全部重いわよ! えっ、あれだけの回復魔法を発動させておいて、石には魔力が込められたまんまって、そんなことがあり得るのかしら!?」
「あっ!」
まあ、ドリーったら、大雑把そうに見せかけておいて、話をするついでに何てことを確認したのかしら。
そう言われてみれば、元々の作戦を忘れて、聖石に込められた魔力を使うのを忘れていた。
あああ、確かにドリーの言う通り、石の魔力を使えば石が軽くなって、持って帰るのが楽だったのに!
そうがっかりしながらも、私は笑みを浮かべると、お決まりとなったセリフを口にする。
「ふふふー、私はタネも仕掛けもある聖女だからね。そして、師匠相手にも手の内を明かさない弟子だから言わないわ」
「ちょっと、フィーア! あんた、毎度、毎度、そのセリフで言い逃れができると思わないでちょうだい!」
そう言いながら、ドリーが詰め寄ってきたけれど、カーティス団長がさっと間に割って入る。
有能極まりない前世の護衛騎士は、どうやら私たちの会話から、ある程度の状況を把握したようだ。
「フィー様にタネも仕掛けもあるとして、側近くで見ていたにもかかわらず、一切見抜けないのであれば、それは道化師失格だ! そもそも一時的だとしても、至尊なるフィー様の師匠であるとしたら、弟子にタネを明かせと詰め寄ること自体が恥ずべき行為だ!」
カーティス団長のきっぱりとした態度を前に、ドリーは驚いた様子で目を見張った。
「えっ、カーティス? あんた、そんな性格だったかしら?」
その言葉から、どうやらドリーとカーティス団長は、以前からの知り合いらしいと理解する。
けれど、そうだとしたら、サザランドに行く前と戻って来た後では、カーティス団長の性格は全く異なっているので、別人のようだと驚かれるのは仕方がないことだろう。
いずれにしても、カーティス団長は王国が誇る騎士団長だから、ドリーがオルコット公爵だということを知っているはずだし、礼儀正しく接するはずだ。
と、そう考えた私の予想を悪く裏切る形で、カーティス団長はドリーをばっさりと切り捨てる。
「私の性格を把握されるほど、道化師と親しくなった覚えはない!」
そのため、一瞬にして険悪な状態となった2人を前に、私は頭を抱えた。
うーん、以前の優しい文官のようだったカーティス団長と比較すると、今のカーティス団長は極悪非道に見えるんじゃないかしら。
そして、実際にドリーは私と同じ印象を受けたようで、腹立たし気に言い返す。
「まあ、生意気ねー! だったら、カーティスはフィーアのタネと仕掛けが見破れるのかしら?」
ドリーの好戦的な言葉に対して、カーティス団長が馬鹿にしたような表情を見せたため、ドリーが鼻白む。
「な、何よ!」
けれど、カーティス団長は淡々と言葉を続けた。
「私ごときが、フィー様の手の内を見破れるはずもない。そのため、フィー様がご自分を聖女様だと言われるのであれば、本物の聖女様だと信じて従うだけだ」
「えっ! ちょっとフィーア、あんたはいつの間にこの騎士団長を誑かしたのよ! 私が知っているのはサザランドに派遣される前のカーティスだけど、こんな性格じゃなかったわよ! なのに、いつの間にか、あんたを盲信しているじゃないの!! 一体、どうなっているの!?」
「いや、それは」
誑かしたとかの話ではなく、前世の護衛騎士時代の名残なのよね。
カノープスは私の専属騎士だったため、その時分の行動規範であった、『理由は一切考えず、ただ私を守ること』が体に染み付いているのだ。
とはいえ、前世の彼はもう少し普通だったので、300年の間にタガが外れて、いつの間にか立派な常識外れの騎士になっているようだけど。
「ええと、そうね。時間が経てば、人は変わるってことじゃないかしら?」
当たり障りのない返事をすると、黙っているべきカーティス団長が口を開いた。
「フィー様、少なくとも私は、時間が経過しただけでは変化しません。あなた様との出会いが私を変えたのです」
「…………」
カーティス、話がややこしくなるから、ここは正確を期さなくていい場面だわ。
そう思っている間に、カーティス団長はドリーからネックレスを取り上げ、丁寧な手付きで私に差し出してきた。
……ええと、ドリーに取り上げられたわけではなく、預けていただけなのだけど。
でも、聖石に込められた魔力は残ったままだとドリーに見抜かれたことだし、私が持っていた方がよさそうね、と考えながら再び首にかける。
すると、やっぱりずしりと重みを感じたので、うーん、早々にこの石の魔力を使い果たすような場面はないものかしら、ときょろきょろと辺りを見回していると、「王様だ!」という声が耳に入ってきた。
えっ、どういうことかしら、と思って声のした方に視線をやると、子どもたちがはしゃいだ様子で走ってくるのが目に入る。
それから、子どもたちは嬉しそうに周りの人々に伝え始めた。
「もうそこまで、王様がいらっしゃっているよ!」
「ぴかぴかの王様が、たくさんの騎士たちを引き連れているわ!」
そこで初めて、『そうだった!』と思い出す。
そういえば、今日の私は元々、国王の護衛をする予定だったため、王のスケジュールを事前に共有していたのだけれど、視察の一環で、街の一角を回ることになっていたのだった。
メインストリートに視線をやると、道の両脇には既にびっちりと人々が並んでいる。
まあ、偶然にもこの通りを訪問される予定だったのね、と驚いたけれど、次の瞬間、ふと嫌な予感を覚える。
あれ、ちょっと待って。
国王の警護責任者はカーティス団長だったはずだけど、その彼がここにいるということは、一体誰が責任者を務めているのかしら。
相手は(影武者とはいえ)国王だから、責任者に就ける人は限られていると思うけど……
知りたくないと思いながらも、予想が当たっていたら速やかに逃げなければならないと考え、恐る恐る人だかりを見つめる。
すると、人々の中心には、太陽の光に髪を煌めかせている、きらっきらのローレンス国王が見えた。
ああ、本当に王様がいらっしゃったわと考えながら、少し視線をずらしてみると―――悪い予想通り、国王の後ろには、白い騎士服を着用した長身の騎士が立っていた。
「やっ、やっぱりシリル団長!」
見慣れた姿を目にした私の口から、危険人物を目にした者特有の警告の声が漏れる。
私が上げた鋭い声からも分かるように、ここは皆で逃げ出す場面だというのに、危機管理能力が低いドリーは楽しそうな声を上げた。
「あら、バルフォア公爵もいるじゃないの!」
明らかに面白がっている様子だけれど、ドリー自身がオルコット公爵なのだ。
そして、シリル団長はサザランド公爵なわけだし……
国王陛下に三大公爵が揃い踏みなんて、カードが強過ぎて、悪い予感しかしないわね!
本日、大聖女ノベル7巻が発売されました!
騎士団長たちが不思議な効能のお茶に翻弄される「は茶め茶会」、混沌の「第2回騎士団長会議」、セラフィーナがシリウスを題材に詩歌を作る話等、5つのお話を加筆していますので、お手に取っていただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
そして、本日、大聖女のLINEスタンプが発売されました!!
★出版社H.P.「大聖女」特設ページ(詳細はこちら)
https://www.es-novel.jp/special/daiseijo/
こちらも、どうぞよろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
(私は既に購入しました。すごく楽しいです(*´꒳`*))









