165 聖女デビュー3
広場を後にしてから数分後。
パフォーマンスを披露した観客たちから十分離れた場所まで来ると、セルリアンとドリーは足を止めた。
それから、よろよろとレンガ造りの建物の壁にもたれかかり、疲れ果てた声を出す。
「……お、終わった」
「し、心底、疲れたわー」
そこはメインストリートから一本入った場所になる、人通りの少ない一角だったためか、2人は周りを気にすることなく壁に背中をあずけると、はーはーと荒い息を吐いた。
その様子を見て、まあ、観客たちは元気にできたけれど、道化師の方が疲労困憊になっているじゃないのとびっくりする。
けれど、しばらく見守っていると、2人の呼吸が落ち着いてきたので、大丈夫そうねと安心した。
「2人とも、大丈夫? すごく疲れているみたいよ」
「だ、誰のせいだと思っているんだ!」
心配で声を掛けた私に対して、苦情を言いながら睨み付けてきたセルリアンを見て、まあ、ご機嫌が悪いわねと思う。
セルリアンのセリフから推測するに、彼から見た私の演技はまだまだで、私のパフォーマンス中は心配で気が気じゃなかったから、疲れ果てているってことかしら。
たとえそうだとしても、始めから及第点が取れるわけはないのだから、広い心で見守ってほしいわよね。
そう考えながら、私は2人に問いかけた。
「それは、私の聖女役がイマイチだったということかしら? でも、これでも私はできる限り頑張ったのよ。ところで、後学のために教えてほしいのだけど、私の聖女パフォーマンスの出来は何点だったのかしら?」
すると、2人は顔をしかめ、聞いてはいけないことを聞いたな、とでもいうかのような表情を浮かべた。
そのため、えっ、それほどひどい出来だったのかしら、と思ったけれど、答えを待って2人を見つめる。
そんな私を、2人はしばらくの間、無言で見つめ返してきたけれど、沈黙に耐えられなくなったのかドリーが口を開いた。
「えっ、何点って……それはどう考えてもまん」
「ドリー! そんなに簡単に合格させたら、フィーアは僕たちの許から去ってしまうぞ!」
せっかくドリーが点数を言いかけたというのに、セルリアンが制止の声を入れてしまう。
そのため、ドリーははっとしたように目を見開くと、不自然に口を閉じた。
「えっ、言いかけたのなら、言い切ってしまえばいいのに!」
私は不満を漏らすと、ドリーの言葉について考える。
「まん……まん……これは点数ではないわね。だとすると、まん……と言えば、あっ、『まんざらでもない』?」
そう口にしながらちらりとドリーを見たけれど、彼は表情を変えなかったので、これは違うわねと他の候補について考える。
「まん……『満喫した』? 『満足した』? 『万人に受ける内容だったわよ』?」
いくつもそれらしき言葉を口にしたのに、ドリーの表情は変わらず、最後は気を取り直したらしい彼から勢いよく答えを言われた。
「どれもハズレよ! 正解は、『慢心してはいけない』だわ!」
「えええっ!」
褒められるとばかり思っていたのに、釘を刺されるような回答が返ってきたためがっかりしていると、ドリーが慌てて両手を振った。
「あっ! あたしの言い方が悪かったわ! フィーアの聖女様はすごくよかったわよ! ものすごくよかったからこそ、慢心しないでねってことだから」
「そうなの?」
俯いていた顔を上げて尋ねると、ドリーは大きく首を縦に振る。
「そうよー! ねえ、セルリアンもそう思うでしょ?」
すると、セルリアンは複雑そうな表情を浮かべた。
「よかったというか……それどころではなく、最後の方は、皆の目にフィーアしか見えてなかったんじゃないか? 3人で並んでいたのに、誰もが『聖女様』『聖女様』と、聖女にしか着目していなかったからな。もしかして僕は誰からも見えていないんじゃないだろうか、と心配になったほどだ」
セルリアンの感想を聞いたドリーは、納得した様子を見せた。
「そうねー、セルリアンは背が低いから、そういうこともあり得るわね。だけど、皆からその場にいないよう扱われたのはあたしも同じだわ。そして、あたしの場合はどう考えればいいのかしら? 一番背が高いし、一番派手だったのに、やっぱり誰にも着目されなかったんだから!!」
そう言い返してきたドリーに対し、セルリアンは困った様子で大きく首を傾げる。
「うーん」
けれど、どうやらドリーはその返事が気に入らなかったようだ。
なぜならドリーはセルリアンの背が低いため、皆から見えなかったのだろうとフォローを入れたのに、一方のセルリアンは何も思いつかなかったのか、うーんと唸るだけだったからだ。
そのため、ドリーは腹立たし気に長い髪を後ろに払う。
「ちょっと、沈黙と言う形で、消極的に肯定するのは止めてちょうだい! ああ、もうあたし、フィーアの師匠でいることに自信がなくなってきたわ!」
けれど、これっぽっちのことで師匠を辞められると私が困るため、ドリーを慰めるために声を掛ける。
「まあまあ、ドリー師匠。元気を出して! 私が誰でも元気になる、とっておきのダンスを見せてあげるから」
ふと前世で好評だった踊りを思い出したため、披露しようと後ろに下がったけれど、運悪くその場に樽の山が積んであったため、背中がぶつかる。
「あっ!」
その反動で前に転びそうになったけれど、すんでのところで後ろから2本の腕が伸びてきて、誰かに支えられた。
そのため、お礼を言おうと笑顔で振り返ったけれど、その笑顔が驚きで固まってしまう。
「えっ?」
なぜなら、私を両手で支えていたのはカーティス団長だったからだ。
驚いて瞬きを繰り返してみたけれど、何度確認しても、目の前に立っているのはカーティス団長だった。
「えっ、ど、どうしてカーティスがいるの?」
カーティス団長は今日、国王の警護をしているはずだ。
それどころか、国王警護の責任者だったはずで、それなのにどうして王の警護もせずに、こんなところにいるのだろう。
驚いて問いかけると、カーティス団長は生真面目な表情で口を開いた。
「フィー様がセルリアンの護衛に就かれたため、シリルが本日の騎士たちの配備を見直し、再編成を行いました。その結果、私が追加でこちらに伺うことになりました」
「ええっ!?」
ま、まって、まって、どういうこと。
私がセルリアンの護衛に就いたから、彼の護衛は元々の予定より1人少なくなる形で編成され直されると思っていたのに、どうして新たに騎士が投入されるのかしら? しかも、一騎当千の騎士団長が??
「えっ、シリル団長は私をマイナス人員としてカウントしているのかしら!?」
まさか、まさかね。そう思いながらカーティスに質問したけれど、なぜか無言のまま返事をしてくれなかった。
そして、私のすぐ後ろにはセルリアンとドリーがいて、彼らにも私の声は聞こえていたはずだけれど……2人ともカーティス同様に、無言のままで返事をしてくれなかった。









