17 魔物討伐1
その日、私は、朝から軽く興奮していた。
魔物討伐!
騎士団にいる以上、魔物討伐は避けられない。
だから、どの団に配属されようとも、入団1年目には、必ず魔物討伐に同行することがルールとなっている。
今日は、ファビアンと私が、魔物討伐専門の第六騎士団に同行する形で参加するのだ。
毎日、剣捌きの訓練をしているとはいえ、そこは入団一年目で実戦経験のない新人。
今日はもっぱら、先輩騎士たちの立ち回りを見て覚えることが主目的で、よほどのことがない限り、戦闘には加わらないことになっている。
20名1チームの小隊が5隊参加し、ファビアンと私は第3小隊に同行する。
場所は、王都の北部に位置する「星降の森」で、馬で1時間程度の距離になる。
私は、第3小隊の一番後ろで馬を走らせながら、懐かしい気持ちを抑えられなかった。
300年経って町並みは変わってしまったけれど、森は変わらない。
「星降の森」は、王都から一番近い森ということもあって、前世でも時々訪れていた場所だ。
森の入口に到着すると、小隊毎に分かれ、小隊長から説明を受ける。
その際、一人に一本ずつ、きらきらと光る液体が入った小瓶を渡された。回復薬だ。
役割分担としては、10名が魔物と戦い、5名が聖女の護衛、2名が索敵で、3名が周りを警戒する哨戒役ということで、ファビアンと私は哨戒担当になった。
そう、今日は、聖女たちも同行するのだ。
聖女といえば、ある意味、私の同僚といえる。
今世ではまだ、聖女に会ったことがなかったので、聖女に会えるのをとても楽しみにしていたのだ。
だけど、準備が整い、説明が終わって、いざ討伐開始かという時間になっても、聖女の姿は見当たらない。
それどころか、騎士全員が、何かを待つように整列したまま立ち尽くしている。
……ええと。これは、聖女待ち、ってことなのかしら?
さらに30分ほど待っていると、森の入口に5台の馬車が到着した。
そして、馬車の中から、合計15名の白いローブを着た女性たちが現れた。
集っている騎士たちの中で一番上席のガイ副団長が、足早に女性たちを出迎えに行く。
残りの騎士たちは、女性を見た途端、右手で拳をつくり左肩にあてると、頭を下げた。騎士の礼だ。
私も、慌てて皆にならう。
「ようこそおいでくださいました、聖女様方。第六騎士団副団長のガイと申します。本日は、よろしくお願いいたします」
聖女たちは、鷹揚にうなずくと、ゆっくりとガイの先を歩いてゆく。
それから、各隊に3名ずつの聖女が振り分けられた。
第3小隊に配置されたのは、それぞれ20代、30代、40代くらいの聖女3名だった。
どうやら、聖女の名前は基本的に教えてもらえないらしく、等しく「聖女様」と呼ぶらしい。
ただし、聖女の能力が高い上位10名は、聖1位、聖2位、聖3位……と、能力順に番号が振られ、名前が広く公開されているとのことだった。
「それでは、聖女様、ご一緒していただいてよろしいでしょうか」
第3小隊長のヘクターが、聖女たちに意見を伺う。
聖女は3人とも、ひざ下まである白いローブに編み上げのブーツを履いており、手にはそれぞれ魔石のはまった杖を持っていた。
そして、声も出さずにうなずくと、杖を近くの騎士に手渡す。
……ええと、これは、大事な杖を預ける程、騎士たちを信用しているってこと?それとも、重いから、代わりに持ち運べってこと?
2つの選択肢が頭をよぎったけど、騎士たちと目も合わせず、一言も口をきかない聖女たちを見て確信した。
……うん、後者だな。重いから、代わりに運べ、ってところですな。
それから、隊ごとに分かれて森の中へ入っていったんだけど、聖女護衛の騎士は大変そうだった。
森の中だから、木々の枝葉は自由に伸びている。
それを、聖女たちの顔とか手とかに触れないように、聖女護衛が鉈で枝葉を刈り払っていく。聖女の進行方向にある枝葉を全部!
そして、作られた道を、さも当然の顔をして歩いて行く聖女たち。
あ――、うん。300年も経ったからね、価値観が変わるのは分かりますよ。
ずっと同じままでいなさい、なんて子どもっぽいことは、私も言いません。
だけど……
「出たぞ!」
先頭を歩いていた騎士たちの声がした。どうやら、魔物に遭遇したようだ。
現れたのは、猪型の魔物のバイオレットボアーで、体長が2メートル近くあり、非常に攻撃的だ。今も、鼻先をしゃくりあげるようにして、牙をむいている。
しかし、そこは、現役の騎士たち。
一瞬のうちにバイオレットボアーを囲むように陣形を組むと、囮になる者、攻撃する者と自然に分かれ、確実に魔物を攻撃していく。
騎士たちは、少しずつバイオレットボアーを追い詰めていったが、ここで、不思議なことが起こった。
聖女たちが、ゆっくりと歩いて、戦いの場から離れていったのだ。
そして、少し離れた岩場に腰を下ろす。
……へ?
驚いて見ていると、聖女たちは、座ったまま、3人で話をし出した。
顔を見合わせて笑ったりしているから、戦いとは別のところに意識が向いているようだ。
その3人を囲むように立ち、聖女たちを護衛し続ける5人の騎士。
……ええと、どうしよう。意味が分からなくなってきた。
聖女ってのは、一緒に戦闘に参加して、ケガをした騎士をその場で治すものじゃあないのかしら?
私、何か間違っている??
意味が分からなくて、ぽかーんと聖女たちを見つめている間に、戦闘は終わってしまっていた。
怪我をした騎士が一人、聖女たちの前に進み出ている。
すると、聖女たちは3人で傷の上に手をかざし、何か呪文らしきものをつぶやき、……30秒程手をかざし続けていると、ケガの部分がうっすらと白く光った。
聖女たちが手をどけると、魔物の牙で傷ついていた傷口が治っていた。
……ええと。確かに、先ほどの騎士は魔物の牙で腕に傷を負っていましたね。
噛まれたようで、牙の痕は、腕を貫通していましたとも。
……でも、ケガのレベルとしては、ごく軽度だよね。あれ、呪文なんていらないよね。というか一瞬で、治せるレベルだよね。
あ、あれえええええええええええええええええ。
聖女が弱体化したって聞いてはいたけど、こんなにぃいいいいいい?!
お読みいただき、ありがとうございました。
【お礼】たくさんの感想と誤字報告をありがとうございます。本当に、お世話になっています。









