162 道化師の弟子4
「勤務時間中に街中を散策できるなんて! このやってはいけないことをやっている感じが堪らないわね」
そう口にしながら、久しぶりに訪れた街中で辺りを見回していると、セルリアンからちらりと視線を向けられた。
「フィーア、心の声が口から出ているよ。シリルのところに行った時も、そんな風に色々としゃべればよかったのに」
悪戯っぽい表情を浮かべるセルリアンに、私は引きつった笑みを浮かべる。
冗談ではない。なぜわざわざ嵐の真ん中に分け入らなければならないのだ。
そう心の中で言い返すと、私は先ほど、第一騎士団長室を訪ねた時のことを思い返した。
―――今日の私は元々、国王の護衛業務に就くことになっていた。
そのため、セルリアンとドリーの3人で、私の護衛対象を変更してもらうよう、シリル団長に頼みに行ったのだ。
けれど、なぜだか私を見た瞬間、シリル団長の笑顔が消えて真顔になった。
「ひいっ!?」
そのため、私は奇声を上げると、3歩ほど後ろに飛び退ってしまった。
……怖かった。あれは本当に怖かった。
シリル団長は顔が整っている分、表情を消されると恐ろしい印象を受けるのだけど、それに加えて、笑顔からの落差があったため、通常の倍の恐怖を感じたのだ。
蛇に睨まれた蛙のように、恐怖で硬直した私を尻目に、セルリアンは気にすることなくすたすたと団長に近付いていくと、自分勝手な要求を突き付けていた。
「シリル、今から街に出掛けてくる。その際、フィーアに護衛してもらうから、彼女をローレンスの護衛業務から外しておいてくれ」
さすが王様。相手の都合を一切気に掛けず、自分の要求だけを口にするなんて、我儘っぷりが半端ないわ、と感心して見ていたけれど、シリル団長はもちろん感心する気はないようで、唇を歪めてセルリアンを見つめた。
「これはまた……道化師の冗談にしては、度が過ぎていますね」
けれど、セルリアンはシリル団長の皮肉をあっさり無視すると、さらなる要求を突き付けていた。
「それから、シリル、有能で優秀なフィーアが気に入ったから、しばらくは僕専属の護衛としてくれ」
それは間違いなく、我儘王様の命令だったけれど、シリル団長は「諾」と返事することなく、唇の端を持ち上げた。
「重ね重ね冗談が好きな道化師ですね。あなたの護衛業務に就かせると言いながら、フィーアは騎士服すら着用していないではないですか。彼女は護衛業務に就くのではなく、気ままな道化師たちと街に遊びに行くように、私には見えますね」
すると、ドリーが不快そうに片方の眉を上げた。
「まあ、騎士服を着ないと、護衛業務はできないのかしら? そんなわけないわよねー。あー、やだやだ、そんなごりごりの固定観念を抱えていたら、融通が利かずにいつか失敗するに決まっているわ」
「そうかもしれませんが、それは今ではありません」
シリル団長は感情を読ませない笑みを浮かべると、さらに言葉を重ねた。
「フィーアはこれから正式な任務に就こうとしているところです。周りにいる経験豊富な騎士たちの姿を見ながら、成長していく大事な時期なのです。そんな時期にセルリアンと一緒に遊んでばかりいては、彼女が成長し損ねます」
シリル団長の発言は、全くもってごもっともだった。
そして、私の将来のことを考えてくれた、とてもありがたいものだった。
そのため、シリル団長の思いやりに打たれた私は、ふらふらと団長に近付いていく。
けれど、団長の下に行き着く前に、ドリーからがしりと腕を掴まれた。
そのため、はっとして掴まれた腕を見下ろす。
「あ、あれ、何だかこの情景は以前も見た気が……」
そう言いながらドリーを見上げると、彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「フィーア、ダメよ! 今日は、あたしたちと街に行くって約束したんだから、先約を守らないと。シリルは口が達者だから、付いていきたい気持ちになるのかもしれないけど、そもそもあんたが目指しているのは、本当に『立派な騎士』なのかしら?」
ドリーの言葉を聞いた私は、またもやはっとする。
そうだった。今日は、セルリアンの護衛をすると約束したのだった。
私がセルリアンの護衛に就くと返事をした時点で、彼の護衛騎士が編成され直されたのだろうから、ふらふらと惑っていたら、皆に迷惑を掛けてしまうわ。
そのことに思い至った私は、『セルリアンと街に行くのは護衛業務の一環よ、遊んでいるわけではないわ!』と自分に言い聞かせる。
そして、シリル団長の思いやりに対する感謝の気持ちを表情に浮かべ、伝えようとしたけれど、―――団長は眉を寄せて私を見つめていたので、伝わらなかったと思われる。
その後、シリル団長は気を取り直すように頭を振ると、ドリーに視線を移した。
「いいですか、ドリー。たとえばロイドは道半ばで騎士になる夢を捨て去りましたが、誰もが彼のように、騎士になることを嫌悪しているわけではありません。そして、フィーアは将来的に立派な騎士になるだろうと、私は考えています」
けれど、ドリーは当て擦られた自分の過去について聞き流すと、私の衣装を指し示した。
「それはどうかしらねー。ほーら、見てごらんなさい、フィーアの格好を。可愛らしい聖女様でしょう? フィーアには将来の可能性がたくさんあるんだから、そんな風に決めつけるものではないわ」
「既にフィーアがこの場にいること自体が、騎士を選んでいることの証明なのですが」
シリル団長はそこで言葉を切ると、ふっと皮肉気な笑みを浮かべて私を見つめた。
「騎士であるあなたに聖女の衣装を着用させたところに、ドリーの趣味の悪さが表れていますが、似合っていますよ。残念ながら、私は一介の騎士団長にすぎませんので、あなたがセルリアンの護衛に就くことが下命であれば、私はこれ以上言葉を差し挟めません。セルリアンの護衛業務も、1度は経験しておいて損はないと思いますので、どうぞ頑張ってきてください」
「は、はい……」
発せられた言葉を素直に解釈すると、私の衣装を褒めているように思われるけれど、どういうわけか全く褒められた気にならない。
シリル団長も、セルリアンも、ドリーも、それぞれ個別に対応すれば穏やかな人柄なのに、3人揃うと不穏な空気になるのはどうしてだろう。
理由が分からない以上、下手にかかわるものではないと考え、必要なことだけを答えることにした私は、それ以降、「はい」と「いいえ」だけを口にした。
そして、やっと第一騎士団長室から抜け出ることに成功し、そのまままっすぐ街に向かって、今に至るのだけれど……
「セルリアンたちはシリル団長と確執でもあるの?」
セルリアンとドリーと一緒に歩きながら、私はそう質問した。
3人で中央広場に向かっているところだったけれど、手持ち無沙汰だったため、先ほどの場面を思い出しながら、気になっていたことを尋ねることにしたのだ。
すると、セルリアンから苦笑される。
「ホント、フィーアのその歯に衣着せないところは、すごくいいよね。王城って、皆が言いたいことを覆い隠して、婉曲に婉曲に会話を進めていくから、時間が掛かる上に、真意を理解するのが難しいんだよね。あれらの会話と比べると、フィーアの態度はすごくいい」
「あ、あら、そうかしら」
知りたかったことを質問しただけで、褒められてしまった。
そう思って戸惑っていると、セルリアンは笑顔のまま、とんでもないことを口にした。
「そうだよ。そして、これは僕とフィーアの秘密にしてほしいんだけど、僕はもうすぐ退位するんだ。その際に、サヴィスに王位を譲ろうと思っていてね」
「ええっ!」
とんでもないことを聞いたため、驚いて飛び上がる。
そんな私に対し、セルリアンはひょいっと肩を竦めてみせた。
「さすがに影武者を立てることに、限界を感じていてね。だから、サヴィスが王になるんだけど……フィーアは三大公爵って分かる?」
「えっ、3人の公爵って意味かしら?」
言葉通りに解釈して回答すると、「正解」とセルリアンから肯定された。
「正確に言うと、我が国には公爵が3名しかいないから、その3名を指しているんだけどね。そして、その3名のうち2名は僕に、残りの1名であるシリルがサヴィスに付いた形になっているんだ。そのため、国王派と王弟派といった、派閥として見られる場合が多々あってね。この2つの間に目立った確執はないと思われているが、実際には1つの大きな意見の相違があるんだよ」
「そうなのね」
それは一体何かしらと思いながら、セルリアンの次の言葉を待つ。
けれど、セルリアンは『意見の相違』について触れることなく、話を進めた。
「そう、僕とサヴィスの間には、どうしても相容れない部分があるため、皆の前でべったり引っ付くことはないだろうね。将来的には、その相違が明らかになる日が必ず来るから、立場の違いを明確にするためにも離れていた方がいいと、僕自身思っているからね。だからこそ、対立関係に見られたとしても、あえてそのままにしているんだ」
「ええと?」
セルリアンの言い方は曖昧過ぎてよく理解できなかったため聞き返すと、彼は言い直してくれた。
「僕の一派が『ダメ』だと思っていることを、サヴィス派が『よい』と思っているのならば、それは正しく区別されるべきだってこと」
ただし、言い直した内容も曖昧だったけれど。
「ふーん」
セルリアンは分かってほしくなくて、わざとぼかしたんだろうけど、何だか分かってきたわよ。
「……それって聖女様のことかしら?」
話の流れに乗って質問すると、セルリアンは驚愕して目を見開いた。
「えええっ!!」
その態度から、どうやら正解だったようねと思った私は、より丁寧に確認する。
「今の話でいくと、セルリアン一派は『聖女様はダメだ』と思っているけど、サヴィス総長一派は『聖女様はよい』と思っているってことかしら?」
サヴィス総長の思想はよく分からないけど、シリル団長は葛藤しながらも聖女に心酔しているわよね。
そして、総長は心の底でどう考えていても、滅私奉公の精神で聖女をにこやかに受け入れることができるタイプよね。
シリル団長とサヴィス総長ならば、確かに聖女を『よい』と受け入れそうだわ、と勝手に考えていると、セルリアンが信じられないとばかりに目を瞬かせた。
「どうして……。えっ、僕はこれまで1度も、フィーアと聖女様の話をしたことがないよね? それなのに、どうしてそう思ったの?」
だって、国王一派であるところのオルコット公爵は、明らかに聖女が嫌いだって態度を見せていたから……と口にしかけたけれど、そうしたら、公爵が責められるかもしれないと思った私は、曖昧な答えで誤魔化そうとする。
「えっと、勘かしら?」
「勘! フィーアの勘って、本当にすごいね!!」
驚いた様子のセルリアンを見て、まあ、あんな稚拙な一言で誤魔化されたようだわと逆に驚く。
我が国の国王陛下が単純で助かったわ。
そうほっと胸を撫で下ろしていると、その単純なはずのセルリアンが、困惑した様子で言葉を続けた。
「そこまで言い当てられたのなら、僕は詳細を明らかにすべきだろうね。それは分かっているが……こんな場面は想定していなかったため、心構えができていない。フィーア、僕に少し時間をくれないか?」
「ええ、もちろんよ。でも、言いたくなかったら、無理して言う必要はないと思うわよ」
セルリアンの話に興味はあるけれど、嫌がっている人から無理矢理聞き出そうとは思わないもの。
そう考え、無理をしないように言ったけれど、セルリアンは硬い表情で首を横に振った。
「いや。……どの道、僕はそろそろ覚悟を決めないといけないから」
「そうなのね」
私がそう返事をしたちょうどその時、中央広場に到着した。
そこは広いスペースの中央に噴水がある、皆の憩いの場となっている場所だった。
たくさんの子どもたちが楽しそうに遊んでおり、大人たちも思い思いに休憩したり、友人と会話を楽しんだりしている。
それらの情景をぐるりと見回すと、セルリアンは雰囲気を変えるかのように、明るい口調で誘いかけてきた。
「よし、フィーア。まずはここで、聖女デビューをしよう!」
いつも読んでいただきありがとうございます!
大聖女ZEROの発売から1週間が経ちましたが、多くの方にお手に取っていただいたようで、本当にありがとうございます!
おかげさまで、重版が決定しました。
初版にはおまけSSを付けていますが、重版分には付きませんので、気になられている方がいらっしゃいましたら、今のうちにお手に取っていただければと思います。
☆おまけSS☆
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どうぞよろしくお願いします(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾








