161 道化師の弟子3
「えっ、僕が?」
驚いて目を丸くしているセルリアンに、私は大きく頷いた。
「そうよ。セルリアンはサヴィス総長のお兄さんじゃないの! お祝いの気持ちを1番に示すべきだわ」
きっぱりとそう言い切ると、セルリアンは焦った様子で口を開いた。
「もちろん、そのつもりだよ! だからこそ、諸外国から珍しい剣や鎧、魔石なんかを集めているところだから」
確かに総長が喜びそうなセレクトだけれど、そうではないのだ!
私は大きく首を横に振ると、セルリアンに物申した。
「お金って便利だから、何でも買えるけれど、それじゃあ真心は伝わらないのよ! いい、セルリアン、物より思い出なのよ」
「えっ?」
思ってもみないことを聞いたとばかりに、さかんに瞬きを繰り返すセルリアンに対して、私はさらに言い募る。
「剣や鎧は壊れたらなくなってしまうでしょう。でも、思い出はいつまでも残るから、素晴らしい出し物を披露したら、総長はずっとセルリアンのことを覚えているわ」
私の説得が功を奏したのか、セルリアンは感心した様子で頷いた。
「……………………フィーアはすごいことを言うね」
「あ、あらそう?」
予想以上に高評価だったため、動揺して上ずった声を出すと、彼は私の両手をがしりと掴んできた。
「僕は君の言葉に感銘を受けた。その通りだよ! サヴィスが忘れられないような出し物を、僕も一緒に披露しよう!! そして、僕のことをずーっとサヴィスに覚えていてもらおう!!」
「セルリアン!!」
分かってもらえたことが嬉しくなり、手を取り合って喜んでいると、後ろでドリーが楽しそうな笑い声を上げた。
「うふふ、意見が一致したようでよかったわね。ところで、忘れているようだけど、フィーアの素敵な衣装がここに残っているわよ。あたしの渾身の一作だから、着て見せてちょうだい」
ドリーは聖女の衣装を取り上げると、高い位置に掲げてひらひらと振った。
その様子を見たセルリアンが、ぱちんと指を鳴らす。
「ああ、そんな話をしていたのだったな。フィーア、ちょうどいいから、衣装の試着がてらプチ武者修行に行かないか?」
「プチ?」
武者修行と言えばカッコいいのだけれど、『プチ』と付くだけで、一気に迫力がなくなってしまう。
まあ、一体何をするつもりかしら、と訝し気にセルリアンを見れば、彼は邪気のない様子で微笑んだ。
「『武者修行』と言い切ったら、隣国くんだりまで行かなければならないような、大袈裟な気持ちになるだろう? その点、『プチ武者修行』って言ったら、ふらりと街に行けば済みそうじゃないか。その衣装で街に出て、まずは皆の反応を見てみようよ」
「それはいい考えだわ!」
いきなり宴会で出し物を披露するのでなく、まずは街中で試してみることは、とてもいい考えに思われる。
そのため頷いていると、セルリアンから聖女の衣装を手渡された。
「フィーア、とりあえずこれに着替えてきて。道化師と騎士の組み合わせで街に繰り出したら、人々に不信感しか抱かせないよ。だが、この衣装なら、連れ立って歩いても、誰もが力を抜くだろうからね」
「そうよー、あたしのデザインしたドレスは、実際に着てみたらもっと可愛いんだから。ああ、でも、どうせたくさんの騎士が護衛として付いてくるんでしょうね。雰囲気を壊されたら嫌だから、騎士たちにはできるだけ離れるように言っておくわねー」
今すぐ3人で外出するつもりになっているセルリアンとドリーに、私は慌てて訂正を入れる。
確かに街に行くことに賛同したけれど、私はお休みの日のことだと思っていたのだ。
「えっと、待ってちょうだい。私はこの後、初めての国王陛下の護衛業務が待っているのよ! だから、今から街に行くわけにはいかないわ」
すると、セルリアンとドリーは呆れた表情で私を見てきた。
「ローレンスの護衛って、それよりも僕の護衛の方が、どう考えても大事だよね。フィーアがこれから行うのは、道化師の弟子入りに見せかけた、至近距離での僕の護衛なんだから」
「えっ、そういう話なのかしら?」
自由気ままな王様の、思い付き王都散策に巻き込まれる、って話じゃないのかしら?
そう首を傾げたけれど、セルリアンは自信あり気に頷いた。
「そうだよ、王が認めた優れた騎士に、真の王の護衛をしてもらおうって話だよ! それに、この間、『あたら有能な若い騎士に恥をかかせたのです』って、サヴィスから説教されたじゃないか。あの言葉が、僕はずっと気になっていてね。フィーアは面談した騎士の中で飛びぬけて優れていたのに、そのことが皆に上手く伝わっていないなら申し訳ないと思っていたんだ」
「まあ」
全てを支配する王様だというのに、わざわざ私のことまで気に掛けてくれるなんて、セルリアンはいい人ね。
そう考えてじんと感動していると、セルリアンはさらに言い募ってきた。
「だからね、君が立派な仕事をすることを、皆に知らしめようと思って。この後、シリルのところに行って、有能で優秀なフィーアが気に入ったから、しばらくは僕専属の護衛に就けさせるよう命じてくるよ」
えっ、それはダメだ。
やっぱりセルリアンは世間知らずの王様だったわ。
私は駆け出しの新人騎士だから、色々と経験を積まなければいけないのに、半分お遊びのようなセルリアンの警護業務ばかりしていたら、騎士としてのスキルが上達するとは思えないもの。
これは私の将来のために、きっぱりと断らないといけないわね!
「いえ、セルリアン、私はやっと一人前の騎士として、国王陛下とサヴィス総長の警護ができるようになったのだから……」
けれど、セルリアンの次の言葉を聞いて、言いかけた言葉がぴたりと止まる。
「そう? 僕の警護だったら、業務時間内に街で買い食いし放題だし、いろんなお店に寄り道し放題だよ。それから、道の真ん中に座って、おしゃべりし放題! どれだけ好き勝手やったとしても、『至尊なる王の警護中』という名目の下、シリルは1言だって文句を言えないからね」
「セルリアン、よく考えたら、あなたの警護業務が一番大事だったわ! もちろん、あなたについていくわ!!」
私は勢い込んで、セルリアンの提案に同意した。
そうだった、国王制ってのはぶっちぎりで国王が偉いのだった。
王が言ったことは、どんな理不尽なことだって通るし、受け入れられるのだ。
だから、騎士の1人が少々遊んでいるように見えたって……国王が仕事だと言えば、それは立派な仕事として認められるのだ!
国王制万歳! 騎士としての能力のスキルアップは、また今度考えよう。
そう気持ちを切り替えた私は、善は急げとばかりにドレスを手に取った。
「ちょっと待っていてね。すぐに着替えてくるから!」
それから、私は隣室にて着替えをしたのだけれど、着用した衣装は想像以上に可愛かった。
全体的にひらひらとしたレースがたくさん使われている上、スカート部分はふんわりと膨らんでいて、まるでどこかのお姫様が着るようなドレスに見えたからだ。
今の聖女たちが着用しているのはシンプルな白いローブだから、私の赤と白のドレスとは明らかに異なっているのだけれど、なぜだか見る人に聖女のイメージを抱かせる不思議なドレスだった。
仕事が丁寧なことに、おそろいのリボンまで付いている。
「まあ、フィーア、すごく似合っているわよ! 可愛らしい聖女様の誕生だわ! うふふふ、あんたは平均より小さいし、外見も幼いから、そんな風に小さなご令嬢向きのドレスが似合うんじゃないかと予想した、あたしの先見の明がバッチリ当たったわね!」
部屋から出て行くと、うずうずして私を待っていたドリーから、そう絶賛される。
一部、不穏当な単語が交じっていた気もするけれど、大らかな私は見逃すことにした。
セルリアンも満足した様子で目を細めていたので、嬉しくなった私は、くるりとその場で回ってみせる。
それから、両手を広げて、聖女っぽいポーズを取った。
「さあて、皆様方、ご覧あれー。この世界一有能な聖女様が、ちちんぷいぷいと傷を治して差し上げますよー」
けれど、その瞬間に2人の表情が曇る。
「……フィーア、それは違う」
「そうね、口を開いた途端にフィーアはインチキ臭くなるわね。赤い髪に金の瞳というだけで、舞台装置は完璧なんだから、あんたはできるだけ黙っていた方がいいかもしれないわね」
まあ、ひどい! 私は本物の聖女だというのに、その立ち居振る舞いがインチキ臭いってどういうことかしら? 2人とも見る目がないわよね。
そう不満に思っている間に、2人が外出準備を始めたので、私はふと思いついてセルリアンに提案する。
「セルリアン、今から街に行くにあたって、いいことを思い付いたのだけど」
「……フィーアのいいことか。なぜだかあまり聞きたい気持ちになれないな。まあ、僕は公平な道化師だから、一応、聞いておくけど」
聞きもしないうちから『聞きたくない』と決めつける、ちっとも公平とは思えない道化師の言葉を聞き流すと、私はぱちんと手を打ち鳴らした。
「あのね、何か困った時があった時のために、合図を決めておくのはどうかしら。『ピンチです』とか『助けて』とかのジェスチャーをね」
「『ピンチ』も『助けて』も、同じことじゃないの」
意外と細かいセルリアンが、呆れた様子で口を開く。
それから、彼は反対するかのように首を横に振った。
「それに、実際に追い詰められた状況に陥った場合、フィーアはジェスチャーを決めていたことすら忘れると思うけど」
まあ、セルリアンは鋭いわね。そのような状況も、あり得そうな気がしてきたわ。
「ええと、では、さらに最終手段として、本当に困った場合には、ルーア語で意思疎通を図るのはどうかしら?」
今度の提案はセルリアンの興味を引いたようで、彼は驚いたように目を見開いた。
「……まさかとは思うけど、フィーアはルーア語が話せるの?」
もちろんだわ、できもしないものを提案しないわよ。
「ほほ、教養の範囲ですから」
そう高笑いをすると、疑われているのか、セルリアンがルーア語に切り替えてきた。
<嘘だー。あれは、ほんとーにむっずかしぃんでっから>
けれど、彼が披露したのは訛り交じりのルーア語だったため、おかしくなって笑い声を上げる。
「あはははは、セルリアンったら笑わせようとするのは止めてちょうだい!」
さすが道化師だわ。ところどころで笑わせようとしてくるところはさすがよね。
<何を笑ってんだーよ。ここまで話せることを、褒めてほっしーわ。ってか、お前、すっげーぞ! ほんとーに僕が言っていることを、分かっているんだーな?>
けれど、頼んでも止めてくれないため、私もルーア語に切り替える。
<『分かっているんだーな!』なんて、あはははは! さすがねセルリアン。やってみたら分かるけど、訛り交じりに話すことは難しいのに、すごく上手だわ>
すると、セルリアンはやっと納得したのか、普段の言葉に切り替えた。
「…………マジか。訛りなしでルーア語をしゃべれる者なんて、初めて見た…………」
小さな声で呟くと、セルリアンはがくりと床に崩れ落ちた。
いくら道化師といっても、さすがにこれは演技過多だろう。
そう思ったけれど、ドリーも信じられないとばかりに、しきりに首を横に振っている。
「何てことかしら、騎士の頭には等しく筋肉が詰まっていると思っていたけれど、フィーアには立派な脳みそが詰まっているわよ!」
うーん、ドリーがオルコット公爵である以上、有能なるシリル団長やデズモンド団長のことをよく知っているはずだから、騎士の有能さを理解しているだろうに、発言内容は完全に騎士を馬鹿にしている。
どうやらドリーは、騎士を馬鹿にすることが習慣になっているようだ。
こんな2人と出歩いて大丈夫かしら、と一瞬、心配になったけれど……何とかなるでしょうと、私はすぐに思い直したのだった。









