157 第一騎士団配属の理由1
オルコット公爵家を訪問した翌週、私は朝の訓練終了後にファビアンに話しかけた。
「ファビアン、久しぶりね! 先日の公爵家訪問だけど、珍しいメンバーでの訪問だったから緊張しなかった? 私は緊張していたみたいで、訪問日の夜にお腹が痛くなって、なかなか眠れなかったわ」
それなのに、一緒に公爵家を訪問したシリル団長とデズモンド団長は、他の団長たちとその日の夜更けまで飲んでいたみたいだからタフよねーと続けると、小首を傾げられた。
「フィーアの腹痛は、緊張とはまた別の話じゃないかな。君はオルコット公爵からもらったタルトの半分を、その日の夜に食べたと言っていたよね。そして、その晩、食堂の晩御飯を完食していたよね。あの大量の晩御飯を食べた上に、さらにタルトをハーフホールも食べたのなら、食べ過ぎたって話じゃないの?」
ファビアンの指摘に、私はびっくりして目を見開いた。
まあ、ファビアンったら、私のことをよく見ているわね。
そして、推理力も優れているわ。
「そう言われれば、そんな気もしてきたわね。自分では公爵邸で緊張していて腹痛になったと思っていたけど、食べすぎだったのかしら?」
「私の印象では、フィーアは公爵邸で全く緊張していなかったと思うよ」
「そ、そう? ええと、そうだとしたら、つまり、色々あって眠れなかったという話よ」
おかしいわ。ファビアンの方が私のことに詳しいって、どうなっているのかしら。
話題を変えた方がいいようねと思った私は、ここ1週間の間、ずっと浮かんでいた疑問を尋ねることにする。
「ところで、その公爵邸訪問だけど、シリル団長とデズモンド団長が2人揃って訪問した理由が分かる? 大事な話でもあるのかしらと思ったけれど、2人ともそんな様子じゃなかったし、理由が分からないのよね」
ファビアンはおかしそうにふふふっと笑った。
「フィーアと少しでも一緒にいたかったんじゃないの? 君がオルコット公爵と仲良くなり過ぎないように、見張られていたのかもね」
「ファビアン、信じていることだけを口にしてちょうだい!」
私はファビアンをじろりと睨み付ける。
「そんな風に誤魔化そうとするってことは、何か知っているわね。これは私の勘だけど、公爵は聖女様がお嫌いだと思うのよ。その理由が分かる?」
私の言葉を聞いたファビアンは、驚いたように目を見張った。
「フィーアはすごいね。あんな短時間の訪問で、しかも、いつだって飄々として心の内を覗かせないオルコット公爵の心の内を当てるなんて、大したものだ」
「まあ、やっぱりファビアンは何か知っているのね!」
いつだって気安く接してくれるけれど、彼は高位貴族の嫡子なのだ。
同じく高位貴族であるオルコット公爵の情報を色々と掴んでいることは間違いないだろう。
そう思って詰め寄ると、ファビアンは困った様子で両手を上げた。
「私が知っていることは全て、推測の域を出ない話なんだよ。恐らく、公爵が気にされているのは10年前の事件だろう。だが、その件に関して、当事者全員が口を噤んでいる上、彼ら全員が聞き取りをすることもはばかられるような高位の方々ばかりだから、ろくな検証もできずに終わっているんだ」
ファビアンは一旦言葉を切ると、言い聞かせるように続けた。
「確証がない話をするのは、ただの噂話と変わらない。だから、好きではないんだよ」
「うん、それで?」
こくこくと頷きながら続きを促すと、ファビアンは呆れたように天を仰いだ後、諦めて口を開いた。
「うん、それで、……オルコット公爵には妹さんがいらっしゃったんだよ。コレット様といって、公爵より1つ年下の聖女様だった。コレット様は10年前に亡くなられたけど、その場に他の聖女様が居合わせていたから、……やり方によっては、コレット様を助けられたのではないかと公爵は考えているみたいでね」
「ああ……」
「ほら、聖女様方の中には、できるだけ魔力を温存しようと考えていて、お役目以外では回復魔法を使用しない方もいらっしゃるって話だったよね。だから、魔力を出し惜しみしなかったら、コレット様は助かったのに、と公爵は考えているんだよ。そして、その悪感情が聖女様全般に向かったまま……今に至っているんじゃないかな」
「まあ、それはお気の毒な話ね」
私は当時のオルコット公爵の気持ちを想像して、悲しい気分になる。
そして、少しだけ公爵の気持ちを理解したように思った。
―――聖女の回復魔法は、怪我や病気を跡形もなく治してしまうため、その力は奇跡そのものに見えるだろう。
だから、つい聖女は何でもできるのだと錯覚してしまうけれど、もちろん万能ではないし、できないこともあるのだ。
たとえば私がどうしてもセルリアンにかけられた呪いを解けないように、聖女によっては、大きな怪我や病気を治すことができない者もいる。
特に、死に至るほどの大きな怪我や病気ならば、回復魔法が劣化した現在では、治癒できる聖女は数えるほどしかいないのではないだろうか。
そう考えた私は、しゅんとして言葉を続けた。
「その場にいたわけではないから、はっきりしたことは言えないけれど、でも、聖女様が全ての怪我や病気を治せるわけではないわ」
だから、その場にいたという聖女は、全力を尽くしたけれど、どうにもならなかったのかもしれない。
だとしたら、「なぜできなかった!」と責められるのは、聖女として辛いことだろう。
一方で、オルコット公爵が『もっと何かできたはずだ』と思う気持ちもよく分かるのだ。
難しい顔をして黙り込むと、ファビアンは取りなすための言葉を続けた。
「うん、そうだね。実際に何が起こったかは、当人たちじゃないと分からないし、人によってとらえ方は異なるから、それぞれ言い分も異なるのかもしれない。オルコット公爵とコレット様は仲が良かったから、公爵はコレット様の死を直視するのが辛くて、誰かのせいにしたいのかもしれないな」
「……そっか」
でも、オルコット公爵は賢そうだし、現実が辛くても、真っすぐ真実を見つめるタイプだと思ったんだけどな。
そう考えていると、ファビアンがもう1つの疑問に答えてくれた。
「それから、シリル団長とデズモンド団長が公爵家を訪問した理由だけど、プリシラ聖女を見極めようとしたんじゃないかな」
「え、何を見極めるの?」
「もうすぐ筆頭聖女の選び直しの時期だからね。そして、プリシラ聖女はその最有力候補だから、どのような方なのかを確認されたかったのだろう」
まあ、プリシラは力の強い聖女なのね。
あれ、でも、選び直しということは、現在の筆頭聖女は別の方ってことよね。
「現在の筆頭聖女はどなたなの?」
小首を傾げて尋ねると、ファビアンから呆れたような表情を向けられる。
「それはもちろん、イアサント王太后陛下だよ。国王陛下とサヴィス総長のご母堂様だ」
「えっ、そ、そうなのね!」
そう言えば、王族は聖女と結婚するって話だったわ。
まあ、セルリアンとサヴィス総長のお母様は聖女だったのね!
驚く私とは対照的に、ファビアンは夢見るような表情を浮かべた。
「『ナーヴ王国にこの癒しの花あり』と、世界中の吟遊詩人から歌われている、誰からも慕われている我が国が誇る聖女様だよ。お美しく、お優しく、その癒しの力で全てを治癒されるとのことだ」
なるほど、国王はひねくれすぎていてよく分からないけど……
「サヴィス総長は高潔でご立派だものね! どんな風に育てられたらああなるのかしら、と常々思っていたけれど、なるほど、答えは『癒しの花』だったのね!」
というか、その呼称はいいわね。
私にも、そんな素敵な呼称はないものかしら。
心の中でそう思っただけだというのに、ファビアンはまるで私の考えを読んだかのように、そういえばと口にした。
「フィーアにも立派な二つ名があったよね。『ぽっこり救世主』だなんて、『癒しの花』よりもすごいことができそうだね」
「ファビアン!」
完全に馬鹿にされていることを理解した私は、むううっと彼を睨み付ける。
すると、彼は楽しそうな笑い声を上げた。
「ごめん、ごめん。でも、同僚から『救世主』ってあだ名を付けられるフィーアのことをすごいと思うのは本当だよ。遠い場所にいらっしゃる『癒しの花』よりも、フィーアの方が何かと救うことができるのじゃないかな?」
それから、ファビアンはいたずらっぽい表情で私を見た。
「いずれにしても、新しい『癒しの花』のお近くに仕えることができるかもしれないよ。私もフィーアもね」
「え?」
どういうこと、と首を傾げる私に対して、ファビアンは苦笑した。
「本当にフィーアは、興味があることと、ないことの落差が激しいよね。10年以上の騎士経験がある者しか配属されない第一騎士団に、私と君が配属された理由を考えたことはないの?」
「それはもちろん、入団試験の成績が良かったからでしょ!」
それ以外何もないじゃないの、と胸を張って答えを返すと、ファビアンは驚いたように瞬きをした。
「……なるほど、そうきたか。だけど、10年分の騎士としての経験を埋めるほどの好成績ってどれほどのものだろうね。それを収めることができたと考えるフィーアは、本当にすごいよね」








