【挿話】第二回騎士団長秘密会議 前
その夜、珍しいことに、王都在住の全ての騎士団長が、王城内にある高級娯楽室に集合していた。
しかしながら、さして会話が弾むことなく、はたまた、楽しそうな様子でもなく、むしろ誰もがこの娯楽室から帰りたそうな雰囲気を醸し出していた。
そんな何とも言えない雰囲気の中、ザカリーが皆の心中を代弁する質問をずばりと口にする。
「それで、公爵令嬢はどのような方だったんだ?」
対するシリルとデズモンドは顔を見合わせると、何事かを無言のまま応酬し、その結果、押し付けられた形のデズモンドが、握っていたグラスをテーブルに置いた。
「ちょうどそのことを、これから説明しようと思っていたところだ。……では、オルコット公爵家訪問について報告する。まずはメンバーだが、訪問者はオレとシリル、フィーア、ファビアン、シャーロット聖女の5名。対応者は、オルコット公爵ロイドと養女であるプリシラ聖女の2名だ」
話を聞いていた騎士団長たちは、「シャーロット聖女って誰だ?」とは思ったものの、口を差し挟むことなく話の続きを促す。
「プリシラ聖女の能力は測ることができなかったため未知数だ。しかし、本人は筆頭聖女に選ばれる気満々だったから、それなりの実力があると信じているのだろうな」
「聖女としての御力がどれほどのものなのか、全く分からなかったのか?」
ザカリーが確認すると、デズモンドは頷いた。
「彼女の能力について、市井の評判は悪くない。しかし、教会が煌びやかに見えるように見せ方を操作しているはずだから、そのまま信じるわけにはいかない。そのため、オレが被検体になろうとしたが、プリシラ聖女に能力を出し惜しみされて、分からず終いだった」
デズモンドの言葉に、クラリッサがびっくりしたように目を見張る。
「えっ、デズモンドが実験体になろうとしたの?」
他の団長たちも驚いた様子でデズモンドを見つめたため、彼は両手を広げると、ここぞとばかりに言い募った。
「その通りだ! なぜならオレが紅茶を飲んでいる最中に突然、筆頭騎士団長様が風魔法で、オレが持っていたカップを真っ二つに割ったからな! 無情にも、怪我をして被検体になれとの指示だ! 無言の圧力に負けた哀れなオレは、手にカップを食い込ませることしかできなかったというわけだ」
芝居がかったデズモンドの態度に、シリルは呆れたような視線を送る。
「私は戦場であなたを庇い、あれ以上の傷を何度も負いました」
「存じ上げております。ありがとうございます」
シリルが淡々と口にした事実に対し、デズモンドは素直に頭を下げた。
一方、クラリッサはデズモンドの両手を取ると、怪しむかのように目を細める。
「でも、デズモンドの手のひらには傷一つないわよ。公爵邸を訪問したのは今日でしょう? そんなに早く怪我が治るはずないわよね」
「ああ……それは、シャーロット聖女が治癒してくれたからだ」
デズモンドの答えに、皆が首を傾げる。
「「「シャーロット聖女?」」」
「ああ、フィーアの知り合いの王城勤めの聖女様らしいが、あの方は本物だ。シャーロット聖女はわずかな時間で、オレの怪我を跡形もなく消すことができる、稀に見る能力の高い聖女様だ。実は、以前にも一度、顔を合わせたことがあって、その際にも見たことがない薬を作って、オレが苦しめられていた症状を消してくれた」
「へぇ」
「まあ、そんな親切な聖女様がいるのね!」
騎士団長たちは口々に、驚いたような呟きを零した。
デズモンドは大きく頷いた後、顔をしかめる。
「それなのに、フィーアと友達のように口をきき合うし、名前を呼び合うし、簡単に回復魔法を発動するし、全く聖女らしくない性質を持っていた。惜しいな。あと10歳年上だったら、恐らく、彼女が筆頭聖女に選ばれていただろうに」
「まあ、それは本当に惜しいわね! 年齢ばっかりは、どうしようもないものね」
驚くクラリッサに対し、クェンティンは感心したような声を上げた。
「さすがはフィーア様だ! 黒竜王様といい、いつだって存在自体が疑われるような、至上の方々とお知り合いになられるとは!」
いつも通りのクェンティンの大げさな物言いに、ザカリーは顔をしかめたものの、構うことなくデズモンドに質問する。
「ところで、肝心のプリシラ聖女はどうだったんだ?」
「ああ、高位の聖女らしい聖女様だった。オレたち騎士が忠誠を誓うお相手としては、最高だと言わざるを得ないな」
デズモンドの言葉はプリシラを褒めているものの、その口調には反対の響きがあったため、ザカリーは顔をしかめた。
すると、すかさずシリルが取りなすような言葉をかける。
「ザカリー、デズモンドは女性に対して少々手厳しいところがありますから、話半分に受け取ってください。私が確認した限り、プリシラ聖女は正しいものを正しく扱おうとされており、感情の発露も見られましたので、いずれ素晴らしい聖女様になられるのではないかと思われますよ」
そんなシリルを、クラリッサが呆れたように見つめた。
「いつものことだけど、デズモンドが女性に対して手厳しいように、シリルは聖女様に対して甘々よね! まるで砂糖菓子のように、採点が甘くなっているわ! その他のことは何だって冷静に観察して、公平に判断するのに、聖女様にだけは別基準が存在しているかのように、必ずプラスに解釈するんだから」
シリルは思ってもみないことを言われたとばかりに目を見張ったけれど、すぐに手元のグラスに視線を落とした。
「……別基準ですか。言われて気付きましたが、そうかもしれませんね。なぜなら私もサヴィス総長も、必ず聖女様と婚姻を結ばなければなりませんから。誰だって、ともに暮らす相手を悪く思いたくはないでしょう」
クラリッサは鼻の頭に皺を寄せる。
「その王家の慣習、何とかならないの? 高位貴族も同じ慣習を持っているけど、貴族家には男子と同じ割合で女子が生まれるから、聖女様の血を引き継ぎたいって婚姻理由を納得できるのよね。でも、偶然だろうけど、王族って男子しか生まれないじゃない。だから、聖女様の血の継承が目的なら、むしろ聖女様と結婚しない方がいいんじゃないかしら」
不満気に感想を漏らすクラリッサに対し、シリルは感情を読ませない笑顔を浮かべた。
「ですが、私もサヴィス総長も聖女様に恋焦がれているのです」
「シリルが聖女様に恋焦がれている!」
とんでもない話を聞いたとばかりに、デズモンドがシリルの言葉を復唱した。
「サヴィス総長が聖女様に恋焦がれている!」
同じくザカリーがシリルの言葉を復唱する。
そんな2人に対し、シリルは顔をしかめた。
「お二人とも、妻も恋人もいないのですから、恋が何たるか分かっていないでしょう。茶化すのは止めてください」
反論したシリルの声が、いつになく弱々しいものだったため、「お前だって妻も恋人もいないだろうが!」と言いかけた言葉を2人は飲み込んだ。
その隙に、クェンティンが分かったような口をきく。
「恋愛の多くは思い込みと勘違いから始まると言うからな。シリルは自動で恋に落ちるタイプじゃないから、必死で暗示をかけているんだろう。そっとしておいてやれ」
まさかのクェンティンに恋愛話で助け船を出されたシリルは、引きつった笑みを浮かべた。
しかし、それでも言い返さないシリルを見て、他の騎士団長たちは遅ればせながら彼が弱っていることに気が付く。
……ああ、そうだった。
サヴィス総長が筆頭聖女と婚姻を結ばなければならないように、シリルは次席聖女と婚姻を結ばなければならないのだ。
恐らく彼は、筆頭聖女の最有力候補を目にしたことで、次席聖女も似たような女性だろうと類推し、そのような相手と結婚することを想像して、落ち込んでいるのだ……本人はそのことに気付いていないのだろうが。
―――シリルは長年、聖女に理想を抱いてきた。
戦場で傷を治す御力。それがどれほど尊くありがたいものかについて、議論の余地はないだろう。
そのため、仲間思い、部下思いのシリルは、その価値を非常に重く受け止めているのだ。
加えて、準王族として幼い頃から叩き込まれてきた聖女を尊ぶ教え。
それらががんじがらめになって、シリルの聖女に対する価値観を固定化し、至上の存在と見做す思考から抜け出せないのだろう。
だからこそ、クラリッサが言ったように、シリルは無意識のうちに聖女専用の基準を設けてしまっている。
そして、聖女たちのどのような言動も、「聖女様だから」と善意に解釈して受け入れるのだ。
ただし、シリル本人は嫌になるほど聡いし、洞察力も観察力も優れているから、心の奥底では聖女が至上の敬愛を捧げる相手ではないと理解しているに違いない。
だからこそ、相反した思いに苛まれ、苦しんでいるのだろう。
普段になく弱っている様子のシリルを見て、全ての騎士団長が心の中で思った。
『シリルはいい奴だから、幸せになってもらいたい』
『が……聖女と結婚するのであれば、無理だろうな』と。
たとえばサヴィス総長のように、達観してしまえば楽になるが、シリルは割り切ることができないのだ。
空気がどんよりとしたところで、それを撥ね返すかのように、クラリッサが感心した声を上げた。
「そう考えると、サヴィス総長はすごいわよね! 聖女様を憎んでいるのに、それはそれと割り切って、その感情を隠し切って、ご結婚されるんだもの。初めから何の期待もしていないから失望することもないし、何かを望むこともない。そして、憎しみの感情を生涯、相手に向けることもない。礼節を持って、穏やかに暮らしていくんだわ……表面上は」
デズモンドが慌てたように両手を突き出す。
「ま、待て、待て! クラリッサ、それはお前の想像だ!! サヴィス総長は1度も、聖女様を憎んでいると口にされたことはないぞ!! お前、止めとけ! それだけは、本当に止めておけ!!」
そんな2人のやり取りを眺めていたザカリーが、どうでもよさそうに肩を竦めた。
「クラリッサはさも事実であるかのように想像を口にするが、大抵の場合、それが当たるから見逃せねぇんだよな。だが、事実であったとしても問題ないだろう」
そう言い切ったザカリーの言葉を、デズモンドが引き取る。
「もちろん問題はないさ! オレは総長の心の内を勝手に想像することが不敬だと言っているのであって、発言内容そのものについて否定しているわけではない! 明らかに、総長にとって恋だの愛だのは優先順位が低いし、間違っても恋愛結婚をするはずないから、総長が決められたお相手ならば何の問題もない。そもそも、総長は国が正しく機能して、騎士団の皆が元気なら、満足されるだろうしな」
それから、デズモンドは皆のグラスの中味が空になったことに気付くと、新たな酒を用意するようカウンター内にいる給仕に合図をした。
その間に、ザカリーが新たな話題を提供する。
「それよりも、このままだとオルコット公爵家から、王妃が誕生するかもしれねぇな。オレにとっては、そちらの方が興味深い話だが」
ザカリーの言葉にデズモンドが同意する。
「確かに、オルコット公爵家から王妃が誕生するとしたら、10年来の悲願が実ることになるな。恐らく、国王陛下の悲願を達成させるために、ロイドはプリシラ聖女を養女にしたんだろうよ」
「まあ、デズモンド、あなただって想像でしゃべっているじゃないの! あっ、……嫌だ! 考えてみたら、10年前のメンバーが全員揃うことになるじゃないの。うわっ、何も起こらないといいけど」
クラリッサは自分の発言内容にぞわりとした怖気を感じたようで、それを抑えるために自分の体を抱きしめた。
すると、彼女の言葉を否定する、凛とした声が即座に発せられる。
「何も起こりはしませんよ。少なくとも、悲劇が再現されることは決してありません」
はっきりと言い切ったシリルの表情に、強い意志が秘められている様子を見て、騎士団長たちは全員口を噤んだ。
……そうだった。
10年前の悲劇は様々な事柄が絡み合い、連鎖していたが、―――発端は『サザランドの嘆き』だったのだ。
だからこそ、シリルは起こった悲劇の多くを、自分の責任だと考えている。
シリルにとって不幸なことに、その気持ちは未だに変わらないようで、―――彼は強い口調で続けた。
「私がいる以上、何も起こさせません」
10年前の悲劇については、その情報の多くが公表されていない。
にもかかわらず、その場にいる騎士団長たちは全員、うっすらと事情を理解していたため、誰一人シリルに言葉を返せるはずもなく、……無言のまま深く頷いたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
今回で連載200回になります。
長いですね。お付き合いいただきありがとうございます!
引き続きお付き合いください◝(⁰▿⁰)◜✧*˚‧









