156 公爵邸訪問7
オルコット公爵が肖像画の聖女は妹だと認めるのを聞いて、ああ、なるほどと納得する。
プリシラの話では、肖像画の聖女は青銀色の髪をしているとのことだったので、公爵と同じ髪色だと気付いたからだ。
オルコット公爵は亡くなった妹を偲んで、部屋に肖像画を飾っていたのねと思ったけれど、プリシラは公爵に妹がいることを知らなかったようで、驚いた声を上げた。
「妹?」
先ほどのオルコット公爵の態度から、これ以上この話題に踏み込まないように、との警告を受けている気持ちになった私だけれど、プリシラは違ったようで、さらに詳細な質問をしていた。
「まあ、亡くなった原因は何ですの?」
感情を読まれたくなかったのか、オルコット公爵はすっと目を伏せる。
「妹は、……しばらく体調を崩していてね」
「でも、聖女だったのでしょう? 自分で治せばよかったでしょうに」
プリシラは理解できないとばかりに言葉を続けたけれど、その瞬間、オルコット公爵は目に見えて分かるほど、一瞬で真っ青になった。
それは倒れ込むかと思うほどの顔色の悪さだったけれど、それでも、オルコット公爵は全身にぐっと力を入れると、冷静な声を出した……少しだけ震えてはいたけれども。
「……プリシラ、誰もが君のように力ある聖女というわけではない」
プリシラはオルコット公爵の顔色の悪さに気付かなかったようで、公爵の言葉の内容だけに反応した。
「ああ、なるほど」
それから、答えの内容に失望した様子を見せると、紅茶のカップに手を伸ばす。
プリシラが明らかに興味を失い、聞きたいことは聞き終えたとばかりに口を噤むと、しんとした沈黙が部屋に落ちた。
皆の様子を窺うと、シリル団長とデズモンド団長は無言のまま、神妙な顔をしている。
そのため、オルコット公爵の妹の死について、何か知っているのではないだろうかと思わされたけれど、たとえ知っていたとしても、必要だと思わない限り、この2人は何も話さないことが分かっていたため、ファビアンに視線を移した。
すると、ファビアンは上品な笑みを浮かべて私を見た。
「フィーア、君の分のタルトを聖女様にお譲りするのならば、私の分を食べてもいいからね」
「えっ?」
「実は、私は甘いものが苦手なんだ。君が食べてくれたら、私も助かるよ」
ファビアンのほんわかした発言で部屋の雰囲気が変わったため、まあ、ファビアンはすごいわねと感心する。
彼は高位貴族の嫡子だから、同じく高位貴族であるオルコット公爵家の情報は掴んでいるはずだ。
そして、公爵の態度から判断するに、彼の妹にまつわる話は楽しいものでないのだろう。
だからこそ、そのことを知っているファビアンは、この話を続けることは得策でないと判断して、とぼけた話に変更したに違いない。
まあ、ファビアンったら結構な策士じゃないの。
そう意外に思いながらも、せっかくの申し出だからと、ありがたくタルトをいただくことにする。
私は友達の親切を無駄にしないタイプなのだ。
それなのに、―――シャーロットは素直に私からタルトを受け取ったというのに、プリシラはいらないと言い張ったので、結局、私は3個のタルトを食べることになってしまった。
美味しかったから、何の不満もないけどね。
タルトに関しては。
一方、プリシラは何かでご機嫌を損ねたようで、それから先は一言も口を開かなかった。
そのため、残念ながら、私はプリシラと聖女について語り合う時間を持つことはできなかった。
……仕方がないわね。プリシラはすぐに他人と打ち解けるタイプではなさそうだから、少しずつ知り合っていくことが大事かもしれないわ。
今日はその1歩目に過ぎないから……と、未来の私に希望を託すことにする。
その後しばらく、オルコット公爵とファビアン、シャーロットと私で話をしていたけれど、シリル団長とデズモンド団長はほとんど口を開かなかった。
にもかかわらず、会話がひと段落した際に、シリル団長は満足した様子でオルコット公爵にお礼を言った。
「ロイド、歓待いただきありがとうございました。おかげで、有意義な時間を持つことができました」
そして、その言葉を合図に、公爵邸をお暇することになった。
そのため、皆で玄関に向かってぞろぞろと廊下を歩いていたところ、ついと廊下の端に寄ったオルコット公爵から手招きされる。
「フィーア」
小さな声でこそりと呼ばれたので、何かしらと近付いていくと、可愛らしい包装に包まれた手荷物を渡された。
「さっき君が、美味しいと言いながら食べたタルトだよ。あまりに美味しそうに食べていたから、急遽、1ホールをお土産用として準備したんだ」
「まあ!」
両手で抱えなければならないほど大きなホールタルトをもらった私は、びっくりして公爵を見上げる。
オルコット公爵は悪戯好きで、色々と謎めいたところがあるけれど、でも、根は親切なのだわ。
お土産をもらったからでもないけれど、私は公爵をそう評すると、嬉しくなってにこりと微笑んだ。
「ありがとうございます、オルコット公爵!」
すると、公爵は眉を下げて苦笑した。
「これだけ特別扱いをしているのに、まだそんなに他人行儀なの? ねえ、フィーア、どうやったら僕をロイドと呼んでもらえるのかな?」
「え?」
すごいわね。そんなどうでもいいことに、まだこだわっているなんて。
呆れる私の目の前で、公爵はしつこく食い下がる。
「何事も条件さえクリアすれば、願いは叶えられるべきだろう。君と友人になる条件は何かな?」
「ええと、そうですね、たとえばファビアンみたいに私の同僚になることですかね」
権力者と友人になると何かと面倒だと思った私は、実行不可能そうな事柄を挙げてみる。
すると、オルコット公爵は独自の解釈を披露した。
「なるほど。つまり、同じ目的を持って、何事かを一緒にやろうとする関係になれればいいんだね」
「回りくどい表現を使いますね」
まあ、公爵は賢いわね。
これだったら、必ずしも騎士団に入る必要はなく、解釈次第で条件がそろったと言い張れるじゃないの。
じとりとねめつけると、楽しそうに笑われた。
「ふふ、最大限の保険をかけているんだよ。僕が騎士になることは決してないからね」
「もちろんそうでしょうとも」
オルコット公爵は王城に出入りするくらいだから、国の要職に就いているはずだ。
それが分かっているからこそ、絶対に実現不可能そうな騎士になることを挙げたというのに、これでは台無しだ。
せっかく公爵と友達にならずに済む良い条件を思い付いたと思ったのに、とがっかりしていると、公爵は意外なことを言い出した。
「ああ、僕が騎士になることがないと言ったのは、多分、君が考えていることとは異なる理由でだよ。既に僕が文官だからではなく、ただ単純に騎士になりたくないのさ。ふふふ、シリルから聞かなかった? 僕が昔、騎士養成学校に通っていたって」
「えっ、知りませんでした!」
驚きの声を上げながらも、納得する。
ああ、なるほど。
いつぞや立派な騎士である私が、公爵の腕を振りほどけなかった理由が分かったわよ。
「10年前の僕には、騎士になって守りたいものがあった。しかし、もうなくなってしまったから、騎士になることを止めたのさ。僕にとって騎士団はもはや、痛みの記憶を呼び起こす場所でしかないからね」
「そうなんですね」
直感的に、オルコット公爵が言っている『守りたかったもの』は、亡くなってしまった彼の妹のことだと思われた。
公爵が『騎士になって』妹のことを守りたいと思っていたのならば、公爵の妹は王国騎士にならなければ守れないような立場にいたのだろうか。
それは一体どのような立場かしら、と考えていると、公爵がふっと表情を緩めた。
「僕はね、君を奇跡の存在だと思っているんだ。鋭いし、物おじしないし、独自の発想で一足飛びに正解に辿り着ける人物だとね。だが、何よりその髪色がいい。どれほど高位の聖女様ですら持つことができない鮮やかな赤い髪をしながら、その実、聖女ではないなんて」
言葉だけを聞くと褒められているようだけれど、公爵の表情からはちっともそのような印象を受けなかった。
どういうことかしらと公爵を見つめていると、彼は面白くもなさそうに唇を歪めた。
「君の存在自体が、最高に皮肉が効いている」
そう言ってほの暗く笑った公爵を見て、私は初めて気が付いた。
……ああ、公爵は心底、聖女が嫌いなのだわ。
いつも読んでいただきありがとうございます!
おかげさまで、本シリーズが累計100万部を突破しました◝(⁰▿⁰)◜✧*˚‧
出版社に特設ページを作ってもらったので、よかったら見てください。
〇出版社特設ページ
https://www.comic-earthstar.jp/works/daiseijo/
(記念CMがふざけていて面白かったです✧*˚‧)