155 公爵邸訪問6
デズモンド団長、シリル団長、ファビアン、オルコット公爵の4人が、独自の思考の基に好き勝手な発言をする様子を見て、私は諦めの境地に至った。
なぜなら全員の発言内容が私の真意から遠ざかり過ぎていて、1つ1つ丁寧に説明して理解させるのは、一苦労だと思われたからだ。
いいでしょう。私は心が広い騎士ですから、酷い誤解の全てを見逃しましょう。
そう考えて、すっと彼らから視線をずらすと、強い視線でシャーロットを見つめているプリシラが視界に入った。
……あっ、もしかして自分が治癒しておけばよかったと考えているのかしら。
そうだとしたら、プリシラも立派な聖女ね。
嬉しくなってふっと微笑むと、なぜだかプリシラから睨まれた。
それから、彼女は不機嫌な声を出した。
「あれくらい、私だって簡単に治癒できるから! 毎月1度、市井に出て3名の怪我人を治す取り組みを行っているけど、これまで1度だって失敗したことはないのだから」
「そうなんですね」
返事をしながら、私はプリシラの全身に目を走らせた。
さすがに1度も魔法を発動していないプリシラの能力を測ることはできないけれど、何の作為もなく選ばれた怪我人3名を毎回治癒できているのならば、彼女は優れた聖女に違いない。
そうよね。大聖堂が手放さずに育てた、公爵家の養女になるくらいの聖女だから、物凄く優秀なはずだわ。
そう思い至り、嬉しくなって微笑むと、再びプリシラから睨まれる。
「あなたは赤い髪をしているのに、騎士ですって? 宝の持ち腐れじゃないの! 大聖堂の下働きにも赤い髪の娘がいたけれど、彼女も全く魔法を使えなかったわ。なのに、知ったかぶりをして、聖女のことにあれこれ口を出してくるから、物凄く不愉快だった!!」
プリシラの言いたいことが分からなかったため、問い返す。
「ええと、つまり、私が聖女様のことを分かっていないと、プリシラ聖女はご不満なんですね?」
そこで、ぴんと閃く。
「ああ、失礼しました! シャーロットにだけタルトを分けようとしたことが、ご不満なんですね? 分かりました。ちょうどあと2切れ残っていますから、シャーロットとプリシラ聖女で1切れずつ分けますね」
「なっ、何を聞いていたら、私がタルトをほしいという話になるのよ! 違うでしょう!!」
親切に申し出たというのに、なぜだかプリシラは顔を真っ赤にして立ち上がった。
それから、足をだんと踏み鳴らす。
その様子を見たオルコット公爵は、ぶふっと噴き出した。
プリシラは真っ赤な顔のまま、ぎらりと公爵を睨んだけれど、公爵は気にせずに腹を抱えて笑い出す。
「あはははは、プリシラ、可愛らしいね! いつだって感情を見せずにつんけんしている君が、今日は16歳に戻っているよ。ははははは、プリシラのこんな表情を引き出すなんて、フィーアは凄いな」
「え、そ、そうですか?」
褒められたので、嬉しくなって問い返すと、オルコット公爵ではなくプリシラが返事をした。
「ちっとも凄くないわよ! この娘があまりに頓珍漢だから、私が教えてやっているだけだわ!」
「うん、でも、どれほど頓珍漢な子がいても、これまでの君は、知らない振りをして関わろうとしなかったじゃないか。それなのに、フィーアのことは放っておけないのだから、彼女は君の庇護欲を刺激するのだろうね」
オルコット公爵の言葉を聞いたプリシラは、蛇蝎を見るような目で私を見た。
「この娘が私の庇護欲を刺激するですって?」
それから、プリシラはソファに座り直すと、つんとそっぽを向いた。
「とんでもないことですわ! ただ、少しばかり赤い髪をしているから、勘違いをしないようにと念を押しただけです!」
まあ、私が何を勘違いしているのかしら、と首を傾げていると、シリル団長が口を開いた。
「ああ、確かにフィーアは、見事な赤い髪をしていますからね。私もよく彼女の髪に見とれてしまうのです」
その言葉を聞いて、私はすかさず用心する。
シリル団長が私の髪に見とれるですって?
もちろんそのような事実は、これまで1度もない。
それなのに、団長は一体何を言い出したのかしら?
私がじとりと見つめる先で、シリル団長は邪気のない笑みを浮かべた。
「プリシラ聖女は非常に能力の高い聖女だと伺っています。もしよろしければ、そのような高位の聖女様に、聖女としての考え方をお聞かせ願えればと思っているのですが、……たとえば聖女様に仕える騎士が、フィーアのような赤髪であったとすれば、そのことをどうお感じになりますか?」
プリシラが探るように目を細めたので、デズモンド団長が補足する。
「昔から、教会は赤い髪の者を尊重していますからね。そのため、代々の筆頭聖女様の下に赤い髪の騎士を付けることを、教会も聖女様も望まれていました。ただし、プリシラ聖女が目に留めたように、フィーアの髪は稀に見るほどの鮮やかさです。畏れ多いことですが、人によってはフィーアの髪を見て、神聖不可侵なる伝説の大聖女様を彷彿とさせるようです」
プリシラはむっとしたように、片方の眉を上げた。
「その質問自体がお門違いのものでしょう。私につく騎士が赤髪だろうと、黒髪だろうと、気にもしませんわ。聖女が比べられるのは、あくまで聖女の中でだけです。それ以外の者はそもそも、比較対象ですらないのですから」
「……なるほど。貴重なご意見をありがとうございました」
プリシラの答えは明確な意思を示していたため、シリル団長はにこやかな表情で質問を打ち切った。
それから、シリル団長は「ああ」と、今思いついたかのように付け足した。
「ところで、プリシラ聖女は最近、王都に来られたばかりだと伺っています。何かお困りのことでもあれば、遠慮なくお申し付けくださいね。こちらにいるデズモンドは王都に近接する地に所領を持つローナン伯爵で、王都は庭のようなものですから」
「げふっ!」
咄嗟にむせ込んだデズモンド団長を見て、シリル団長が片方の眉を上げる。
「おやおや、デズモンド。タルトが喉に詰まりましたか? というよりも、デザートに手が出るとは、余裕が出てきたようですね。さすが王国が誇る第二騎士団長です」
対するデズモンド団長は、引きつった顔で乾いた笑い声を上げた。
「はは、は、シリル、冗談はそれくらいにしておいてくれ。お前の威光からすれば、オレなど場末の店のロウソクのようなものだ」
目の前で謙遜大会を始めたシリル団長とデズモンド団長を前に、一体何が始まったのかしらと首を傾げる。
先ほど突然、私を騎士としてどう思うのか、と質問したかと思ったら、今度は2人で褒め合っている。
何を目指しているのか分からないけれど、私はプリシラと聖女の話がしたいんだけどな。
そう考えている間に、オルコット公爵がシャーロットに話しかけていた。
「ところで、シャーロット聖女は王城勤めだよね。1回、プリシラを連れて挨拶に行こうと思っているからよろしくね」
「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
シャーロットは背筋をぴんと伸ばして、返事をしていた。
プリシラは素知らぬ振りをして紅茶を飲んでいたけれど、仲が良さそうに話をする2人が気に入らないようで、突然、話に割り込んできた。
「ああ、そういえば公爵に尋ねたいことがあるのですけど」
「うん、何かな?」
穏やかな表情を浮かべるオルコット公爵に対し、プリシラは考えるかのように顎に手を当てた。
「あなたの部屋に飾ってある肖像画の少女はどなたです? 服装を見るに、彼女は聖女ですよね。私以外の聖女を養女に迎えた話は、これまで聞いていないのですが。でも、青銀色の髪だなんて、聖女としての力は弱いのじゃないですか」
オルコット公爵はまっすぐプリシラを見つめると、質問に対して質問で返した。
「……プリシラ、僕の部屋に入ったのかい?」
プリシラは公爵を正面から見返すと、小さく頷く。
「ええ、尋ねたいことがあったので部屋を訪ねましたわ。ご不在だったのですが、その時に肖像画が目に入りましたの」
「……気付かなかったのかもしれないが、僕の部屋には泥棒除けの様々な仕掛けがしてあって危険なんだ。今後は、僕がいない時に部屋に入るのは止めた方がいい……君の安全のために」
そう口にしたオルコット公爵は、変わらず穏やかな笑みを浮かべており、口調も柔らかいものだったけれど、なぜだか警告をされているような印象を受けた。
それから、公爵は温度のない笑みを浮かべると、プリシラの質問に答えた。
「肖像画の少女は確かに聖女だ。しかし、養女ではなく、彼女は僕の……妹だ。10年も前に亡くなったがね」









