151 公爵邸訪問2
「ファビアン、オルコット公爵邸を訪問する話を聞いた?」
私は久しぶりに会ったファビアンに、声を潜めて質問した。
場所は夕方の食堂で、一般騎士用と騎士団長用の食堂は分かれているのだけれど、どういうわけか時々、騎士団長たちがふらりと一般騎士用の食堂に現れることがある。
そのため、用心して囁くような声を出したのだ。
すると、ファビアンは口元に手を添え、私を真似して小さな声を出した。
「うん、シリル団長から直接伺ったが、明日訪問だなんて急な話だよね。フィーアから質問されるということは、君が原因なのかな?」
けれど、ファビアンの発言内容が誤解に満ちていたため、私の小声はそこで途切れ、むしろ大きな声になってしまう。
「ち、違うわ! 犯人扱いするのは止めてちょうだい!!」
「ふふふ、冗談だよ。公爵家訪問の目的について、大体の予想は付いているが、フィーアが何も知らないところを見ると、前情報なしで君を参加させようとの、シリル団長の考えなのだろうね。だとしたら、私も沈黙を守るべきかな」
「え? な、何の話?」
ファビアンが何かを知っているように思われたので質問すると、考えるように腕を組まれた。
「つまり……聖女様は縄張り意識が強いんだよ。オルコット公爵家に既に聖女様がいらっしゃるのならば、シャーロット様を連れて行くことを不快に思われるかもしれない。あるいは、赤い髪の君を見て、どう思うのだろう?」
「えっ、シャーロットと私は公爵家を短時間訪問するだけよ。縄張りを侵したりしないし、おとなしくしているから問題ないわ。それに、私は赤髪と言っても……聖女様でないわけだし」
はっきりと嘘をついたので、相手の目を見られずに俯いてしまう。
すると、ファビアンは私が俯いた理由を、聖女でないことに落ち込んだからだと勘違いしたようだ。
「フィーア、おかしなことを言ってごめんね。私はフィーアが騎士でよかったよ。こうやって対等に話ができるし、一緒に夕食を食べられるしね」
元気付けようと、言葉を重ねてくるファビアンはいい人だと思う。
「まあ、だったら、もしも私が聖女様だったとしても、一緒にご飯を食べてあげるわね!」
そう答えると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「ふふふ、それはありがたいね」
仮定の話をしただけで、これほど楽しそうになるなんて、ファビアンは可愛いものだわ。
そう考えていると、ファビアンがふっとため息をついた。
「いずれにしても、シリル団長からのお声掛けだから、公爵家訪問の同行を断ることは、私にできやしない。……順当に考えて、フィーアショックが起こった時のために掛けられた、数多くの保険の1つなのだろうね、私は」
そうだった、ファビアンは上げておいて下げにくるのだったわ。
「フィ、フィーアショックって何? 変な言葉を作らないでちょうだい!」
「ふふふ、今回で言うと、フィーアがオルコット公爵家を訪問したことにより起こるハレーションのことかな。考えてもみてよ、ただの公爵家訪問だったらシリル団長とフィーアだけで十分だよね。そこにデズモンド団長が加わること自体が戦力オーバーだ」
「いや、戦いに行くわけじゃないからね! 戦力という視点は不要だから」
「……そうだといいね」
ファビアンが浮かべた表情を見て、まあ、まるっきり私の言葉を信じていないわと呆れた気持ちになる。
いつもいつも私が問題を起こしているわけではないし、むしろできるだけ問題を起こさないようにと、おとなしくしているのに。
ファビアンはまだまだ、私のことがよく分かっていないようね!
私は同期の観察力のなさを心の中で嘆きながら、メイン料理のお肉を両手で掴むと、がぶりと噛みついた。
……本当は、例の国王陛下との面談について、ファビアンと話をしたいところだけれど。
道化師セルリアンが本物の王様であることを、私以外の誰も見抜けなかったらしいので、下手なことを言わない方がいいわねと我慢する。
がじがじとお肉を噛んでいると、運がいいのか悪いのか、正にその話を、ファビアンから切り出された。
「ところで、全員が終了するまでは口外するなと止められていたけど、最後だったフィーアも国王陛下の面談が終わったんだよね。あれは一体、何だったのだろうね?」
「えっ、あっ。口止めされていたんだ」
突然振られた話に驚いて、質問に質問で返す。
すると、ファビアンは生真面目な表情で頷いた。
「そう、今だって、第一騎士団のメンバー以外には口外するなって、緘口令が継続中だ。第一騎士団内部で留めておかなければならないほど、重要な案件なのかな? つまり、第一騎士団以外の騎士は、いつか我が団に異動してきて、例の面談を受ける可能性があるから、知らせるなってことなのだろうけど。……フィーアは外部の団に話すなって、口止めされなかったの?」
不思議そうに尋ねられたため、慌てて肯定する。
「えっ、も、もちろんされたわよ!」
私の場合は『誰にも言うな』とのことだったけど、口止めされたのは間違いないので、こくこくと頷く。
「そうか、だが、あの面談は秘密にするような内容ではなかったよね? そもそもお忙しい国王陛下が時間を割き、わざわざ騎士一人一人を面談された理由が分からないんだ」
悩まし気に頬杖をつくファビアンを見て、普通に考えたらそうだろうなと思う。
そもそもあの面談は、道化師に化けた国王が騎士たちを見極めるための場なのだけど、知らない人から見たら、道化師が好き勝手にしゃべるお気楽な時間でしかないのだから。
「派手な道化師が3人いて、間延びした独特の話し方をしていたよね。聞き取るのも一苦労だったが、騎士との面談を希望されたはずの陛下御本人は、シリル団長と2人でずっと話をされているので、道化師の相手をするしかない。しかも鳥みたいな道化師は、『綺麗な肌だーね』と言いながら、私の頬を触ってきたんだよ。あれは恐怖だったな」
「まあ……」
私はファビアンに同情すると、改めて彼の顔を見た。
ファビアンは王子様のような麗しい外見をしているから、女性的な道化師ドリーの中の何かを呼び覚ましたのかもしれない、と考えながら。
イケメンならではの災難ね。同情するわ。
「それから、執務室に専用のカードテーブルが置いてあって、道化師たちは頻繁にカードゲームをしているとの説明だったのに、彼らがゲームに弱いことといったらなかったよ。よくあれで道化師が務まるよね?」
「ああ!」
呻くような声を出すと、ファビアンは「だけど」と言いながら、小首を傾げた。
「最後の私の手は揃い過ぎていたから、あれは作為的だと思う。そして、あれほどの手を揃えるカードを作為的に配れるとしたら、道化師たちは実は器用なのかもしれない。……と、そんな風に考えたら」
「か、考えたら?」
真剣な表情で考え込むファビアンの次の言葉を、息を詰めて待っていると……
「私は接待されたのかな? しかも、完膚なきまでに勝てるカードを用意してくれるなんて、よほど熱心に接待してくれたのかな。だが、一体何のために……と考え出したら、止まらなくなってね。そのため、他の騎士たちの面談はどうだったのだろうと聞いてみたくなったんだ」
私はぷふぁあ、と詰めていた息を吐き出した。
よかった、正解には行き着いていなかったわ。
さすがファビアンだけあって、いいところまで推測できていたけれど!
常識的に考えて、王様が道化師に扮することも、精霊王の力で年齢が若返ることも、どちらもあり得ないことなので、正解にたどり着けるはずはないのだ。
にもかかわらず、セルリアンたちと秘密を共有したことで、いつの間にか国王の正体を隠す立場の気持ちになっていたようで、ファビアンの答えを聞く間はどきどきしていた。
私はほっと安心すると、その反動で、面談内容についてぺらぺらと話し出す。
「話を聞く限り、私の面談内容はファビアンのものとほとんど同じだったわ! あ、でも、私の時は、出張から戻られた総長も、ご一緒に参加されたわね。金色の陛下(の影武者)と黒の総長は対になっていて、お互いがお互いを引き立てる素晴らしい組み合わせだったわ!」
面談時の2人の姿を思い浮かべながら、瞳を輝かせて答えたけれど、ファビアンは上品な笑顔を浮かべただけだった。
「……なるほど。それはまた、私とは異なる視点からの感想だね」
彼の表情から想像するに、どうやらファビアンが聞きたいのは違う話のようだ。
え、だったら、どの話がいいのかしら……と考えていたところ、大事なことを思い出す。
そうだった、私は騎士団の一員として、上司の仇を取ったのだわ!
「ファビアン、子どもの道化師がいたと思うけど、サヴィス総長とシリル団長に対する彼の態度は無礼すぎたと思うの。だから、私が成人として、お灸をすえてやったわ!」
「へえ、どんな風に?」
「ふっふっふ、カードゲームで完膚なきまでにやり込めたのよ!!」
両手を広げ、じゃじゃーんと得意気に私の活躍を披露する。
今度こそ、ファビアンの聞きたい爽快感溢れる話だと思ったのに、「そうなんだ」とあっさり流されてしまう。
ぐうっ、騎士団の一員としてよくやった、と褒められるかと思ったのに、クール過ぎるわよ!
すっごく頭を使って頑張ったのになー、と思いながら、食堂を後にしたけれど……
ファビアンと別れた後で、もしかしたら彼には、私の話が上手く伝わっていなかったのではないかと思い至る。
なぜなら国王面談では、全員がカードゲームの接待を受けていて、誰だって勝てるように仕組まれていたからだ。
そのことに気付いた瞬間、大きな声を出す。
「ああっ!」
運よく、そこは寮の私室だったけれど、室内にいたザビリアが驚いたように私を振り返った。
けれど、私は自分の考えに夢中だったため、両手で顔をおおうと、心の中でファビアンとの会話を反芻する。
……まって、まって。
先ほどの説明では、セルリアンを最下位にした上で、私が1位になったという、彼をぎゃふんと言わせた状況までは伝え切れなかったんじゃないかしら。
というよりも、道化師から接待された好状況をそのまま利用した形で勝利した、と思われたんじゃないかしら。
そうだとしたら、ファビアンにとって私は、接待されていることにも気付かずに、実力で勝ったと喜んでいる間抜けに見えたはずよね。
「そうじゃない、そうじゃないのよ!」
顔を上げ、両手を握りしめて、誰もいない空間に向かって、何度も同じ言葉を繰り返す私を、ザビリアが不思議そうに見つめていた。