【挿話】第3回騎士団長会議9
「…………筆頭聖女様って…………」
誰もが言いにくそうな様子で、ちらりとサヴィス総長に視線をやる。
すると、サヴィスはそれらの視線を受け止めながら、口を開いた。
「王族が婚姻をする際には、新たな筆頭聖女が選定される。近々、そのルールに則って、新たな筆頭聖女が選ばれる予定だ」
全員が何か言いた気な表情をしていたが、幾度かの無言の応酬が行われた後、押し付けられた形のデズモンドが代表して口を開く。
「サヴィス総長、ご質問をしてもよろしいでしょうか!」
「ああ」
「オレの認識では、新たなる筆頭聖女様が選定されるのは、一般の王族でなく王、もしくは次代の王となるべき者が、婚姻を結ぶ時だと思っておりましたが……」
「その通りだ」
あまりに簡単に首肯されたため、デズモンドは次の言葉に詰まる。
「え、あ、では、……ということは……」
そのため、その先をシリルが引き取った。
「はい、ご推察の通りです。セルリアンはあのご様子ですので、ご結婚など考えておられないと、先ほども申し上げました。実際問題として、影武者として立てている王とセルリアンの外見的な差異が大きくなってきましたので、今さら国民にセルリアンを王として認知させることは難しいでしょう」
確かにシリルの言う通りだ。
セルリアンは実質9歳程度の体で、今年29歳の王だと国民に納得させるのは無理がある。
「そのため、これは極秘事項ですが、セルリアンは……対外的には、影武者として立っている王は、サヴィス総長のご成婚のタイミングで、総長に王位を継承された上で退位される予定です」
「「「………!!」」」
騎士団長たちは驚愕した様子で大きく口を開けた。
それから、一斉にサヴィスを見つめる―――未来の王を。
……そうなってほしいと思っていたが、実際に総長が王になられるのだ。
何という僥倖だ。これほど王に相応しい方もおられまい。
誰からともなく騎士団長たちは立ち上がると、片膝を突いて跪き、深く頭を下げた。
「サヴィス総長、信頼いただき、事前にお知らせくださったことに感謝いたします。また、心からのお祝いを申し上げます」
騎士団長を代表して、デズモンドが言葉を発す。
サヴィスは片手を上げてその言葉を受け止めると、彼らに謝意を示した。
「お前たちにそう言われるのが、1番嬉しく感じるな。どのような立場になろうとも、オレは国のために職分を果たしていく。変わらず力を貸してくれ」
騎士団長たちはもう一度深く頭を下げた―――サヴィス総長の下で働ける幸運に感謝しながら。
それから、立ち上がってそれぞれの席に着くと、誰もがそわそわとした様子で総長とシリルを交互に見つめた。
誰一人言葉を発しなかったものの、彼らの疑問を正確に読み取ったシリルが口を開く。
「そうですね。総長が王となられれば、騎士団総長の任を解かれる形になります」
「「「ああ……」」」
彼らの声には落胆と、その先に続く希望のようなものが感じられた。
つまり、誰もがその先の展開を読んでいたけれど、声に出したのはザカリーだった。
「シリル、お前はサヴィス総長に次いで、王位継承権第二位を持っていたな」
「その通りです。そして、騎士団総長の職位は王族もしくは準王族が就く名誉職でもありますので、このままであれば私が任じられることになるでしょう」
シリルは全員が予想していた通りの答えを口にした。
そのため、騎士団長たちはほっと安堵する。
「は……」
「そうか!」
「おめでとう、シリル!!」
前王弟の一人息子にして、筆頭公爵家の当主。それがシリルだ。
公平で公正。苛烈な一面はあるものの、基本的に冷静で、大局を的確に把握できる、上に立つのに相応しいタイプだ。
そして、実際に、筆頭騎士団長として騎士団の先頭に立ち、騎士たちを引っ張ってきた。
そんなシリルが騎士団のトップに就くのであれば、騎士団の体制はこれまでと大差ないことだろう。
問題は……
騎士団長たちは一斉に次の問題を考え始めたようで、会議室の雰囲気が重苦しいものに変化した。
まるで突然、海の底に沈められたとでもいうかのように、誰もが息をすることにも苦心しているように見える。
そんな中、黙って何事かを考えていた様子のデズモンドが口を開いた。
「あの、サヴィス総長、もう1つご質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
サヴィスが促すように頷くと、デズモンドはごくりと唾を飲み込んだ。
「新たなる筆頭聖女様が選ばれるのであれば、『筆頭聖女承継の儀』が行われるということでしょうか?」
デズモンドの声は、珍しく震えているようだった。
サヴィスは片手を顎に当てると、小さく頷く。
「ああ、そうだ。だが、デズモンド、お前が真に聞きたいことは別のことだろう? その質問に回答すると、お前の予想通り、儀式には現行の筆頭聖女も参加する。……つまり、オレの母である王太后だな」
「あっ、はい!」
デズモンドは大きく頷いた。
サヴィスは顎をなぞっていた手を上げると、眼帯に指をかけた。
「それまでには、王太后を離宮まで迎えに行かなければならないな」
「あっ、そうですね」
デズモンドはもう1度、大きく頷いた。
会議室には重苦しい雰囲気が漂っていた。
間違いなく、王太后関係の業務が一番のハズレ業務だ。
これ以上の苦行は他に存在しないだろう。
そのため、デズモンドは先の議題の際、大聖堂には行きたくないと心の中で祈っていたにもかかわらず、今になって、ぜひ行かせてほしいと祈り直した。
しかし、それはデズモンドだけではなかったようで、全ての騎士団長が心の中で大聖堂行きを希望した。
―――「聖女」は何よりも尊ばれる存在だ。
そのため、筆頭聖女が王と結婚をしても、彼女は王族にならない。
王妃であっても、彼女はあくまで「筆頭聖女」という独立した存在なのだ。
そのことを証するように、王太后は前王が亡くなると同時に王城を離れた―――夫がいたからこそ王城で暮らしていたのであって、王が亡くなった以上、ここは住むべき場所でないとばかりに。
「サヴィス総長とご婚約された時点で、筆頭聖女様に護衛の騎士をつけます。ですが、聖女様はご婚約されても、ご成婚されても、ご自分を王族であるとは考えられませんし、そう扱われることを厭われます。そのため、ご婚約のタイミングで、筆頭聖女様専用の独立した近衛騎士団を新設します」
シリルの言葉を聞いた騎士団長たちは、びくりと体を強張らせた。
それから、息を詰めてシリルの次の言葉を待つ。
「新たな近衛騎士団の名前は、選定された筆頭聖女様にご決定いただく予定ですが、……その近衛騎士団長にはカーティスを予定しています」
「ああ!」
「それはいいな!」
「そのために、カーティスの職位をそのままに、彼を王都に呼んだんだな!!」
筆頭聖女専属の近衛騎士団の団長。
それは騎士団長たちが最も就きたくない役職だった。
そのため、騎士団長たちは諸手を挙げて、カーティスの近衛騎士団長就任を祝福した。
「素晴らしいぞ、カーティス! 適役だ!!」
「ああ、第十三騎士団長以上にやりがいがある職だな!!」
「素晴らしい!」「名誉だ!」と褒めそやしながらも、誰一人「うらやましい」とも「代わりたい」とも発言しなかった。
腐っても騎士団長だ。言質を取られる可能性がある発言は、決してすることがないのだ。
それから、カーティスを除く全員が立ち上がると、カーティスに対して大きな拍手を送り始めた。
シリルが『カーティスを「予定」しています』と発言していたことに、全員が気付いていたが―――彼らはまるで、そのことが決定事項であるのように扱ったのだった。