16 第一騎士団
かんかんかんと、規則的な剣戟の音がする。
私は、朝から気持ちのいい汗を流すと、ファビアンに微笑みかけた。
「さすがねぇ、ファビアン。正確でまっすぐな剣筋。とっても相手をしやすいわ! さすが、入団式で代表挨拶をするだけはあるわね」
「……ありがとう。じゃあ、私も言わせてもらってもいいかな?」
ファビアンがにこりと笑って、見つめてくる。
あらら。ファビアンを褒めたお返しに、私も褒めてもらえるのかしら?
期待して待っていると……
「フィーアの剣は、どうしてこんなに軽いの? 総長との模範試合で使用した宝剣が有名になりすぎて、フィーアの力は大したことがないってみんな思ってしまっているようだけど、入団試験の一次試験では木剣を使っていたよね? あの時、力技で戦っていた試験官の剣を弾き飛ばしたのは、君の力でしょう? ……ここ一週間程様子を見ていたけど、君の剣はいつだって軽いし、手を抜いている様子もない。どうなっているの?」
うわぁ!まさかのするどいつっこみがきたぁ!
正しい社会人としては、褒めたら褒め返されるのだと思っていたよ!!
「……あ―――、実は、私、朝に弱いのよねぇ。剣の訓練が朝にあるのが、問題だと思う……」
「フィーア、これ、朝が弱いとかのレベルじゃないから」
……ですよねぇ。
「……じゃあ、追い込まれると、普段以上の力が出るタイプなのかなぁ?」
たまにいるよね、そういうタイプ。と思いながら言うと、ファビアンは困ったように小さく手を振った。
「フィーア……。失礼なことを言って申し訳ないけど、君の言い訳って、3歳児くらいのレベルだから」
いや、ファビアン。あなた、3歳児と接したことないでしょ。
少なくとも、3歳の子どもはこんなに流暢にしゃべれないからね!はるかに私が上だから!
それに、言い訳をさせてもらうと、身体強化は長時間するものじゃあないのよね。出来ないことはないんだけど、翌日が筋肉痛で酷いことになるから……
「ぷっ、フィーアってば」
さて、困ったな、次は何て言おうかなと考えていると、ファビアンがおかしそうに笑いだした。
「なんて顔をしているの。最近、君の困った顔を見るのが、楽しみになったみたいで、ちょっと意地悪を言ってしまったみたいだ。ごめんね。……さあ、次は、教養の時間だから、移動しないと。今日は、チェスだったよね」
ファビアンは、やっぱり紳士だった。
気になることがあっても、深くは追及せずに見逃がしてくれる。
……新人だけど、既に崇高な騎士様だわ!
私は、木剣を元あった場所に直すと、ファビアンににこりと笑い返した。
「ありがと、ファビアン。着替えたら、娯楽室に集合ね」
◇◇◇
―――私が、第一騎士団に配属されて、1週間が経った。
第一騎士団の役割は王族警護で、警護対象は、国王と王弟である総長の2人だ。
彼らには数十人単位の騎士が3交代で警護に当たるが、十分人手は足りている。
だから、最初の数カ月間、新規配属の騎士は、基本的に警護のシフトから外され、第一騎士団特有の訓練を行うこととなっている。
つまり、礼儀作法とか!ダンスとか!大陸共通語の学習とか!音楽とか!詩歌とか!
騎士に必要か、これ!!の世界なのだ。
ええ、私も、前世では王女でしたよ。けど、300年も経てば……
興味がないものは、覚えていないというか、覚えていても、300年前の知識であまり役に立たないというか。
……つまり、学びなおしが必要ってことですよ、げふんげふん。
まぁ、王族警護が特殊で、色々なスキルが必要になるってことなんだろうけど。
だけど、私以外の新たに配属された騎士たちも、通常訓練である乗馬や剣捌きの時間は嬉々として訓練しているのに、教養の時間は全くやる気が感じられないのは、気のせいじゃないと思う。
ちなみに、今回、新たに配属されたのは、ファビアンと私を含めて20名だけど、特徴的なのは、そのうち10名が女性ということだ。
騎士団所属の女性の割合を考えると、明らかに多すぎで、作為が感じられる。
「……国王は、女性を愛せないって話だったわよね。女性嫌い、ってことかしら?それで、女性嫌いを治そうとしているのかな?」
どんなに嫌いな相手でも、身近にいれば慣れるというもの。そういうことかしら。
「それとも、総長が男性ばっかりに囲まれ過ぎて、気分を変えてみたくなったとか?」
男性騎士たちの総長への愛は、熱くて重い。ちょっと気分を変えたいと思っても仕方がないわ。
なんてことを考えながら、手早く着替えると、娯楽室に向かった。
……ドアの前で立ち止まると、不穏な空気を感じる。
う――ん、今日も来ているのかしら……
おそるおそる娯楽室のドアを開けると、早速声を掛けられた。
「遅いぞ、フィーア。もう駒は並べておいたからな」
「ひっ! デズモンド団長」
嫌な予感が当たってしまった。
「ほら、座りな。お前が白な」
一番奥の席にどかりと陣取っていた、濃紺の髪の騎士に手招きをされる。
この人畜無害で、人当りのよさそうな美形騎士は、デズモンド第二騎士団長だ。
本人の自己紹介によると、32歳、独身で騎士寮暮らしらしい。
親しみやすい騎士に見えるけど、これでも、シリル第一騎士団長とともに、「王国の竜虎」と呼ばれる騎士団の双璧らしい。
「ええと、デズモンド団長、毎回毎回、チェスのお相手をしていただいて恐縮ですが、お仕事はいいんですか?」
暗に「帰ってくれ」と言ってみたが、相手はさすが騎士団長。私の心の声など聞こえているだろうに、あっさりと無視をし、近くに座れと手招きをしてくる。
「いいの、いいの。団長なんて、直接の仕事なんてないんだから。何かあった時だけ、対処すりゃあいいのよ。一番重要なのは、連絡が取れることだから。ああ、だから、ここにいないと逆にマズいな。オレは、これから1時間は、娯楽室にいるって部下に言い置いてきたから」
「……そうですか」
言っても無駄だなと思ったので、諦めて、団長の前の席に座る。
それに、団長とチェスを指すのは、正直楽しい。チェスの間、色々と話をしてくれるからだ。
「じゃ、お前からな。どうだ? 騎士団には、慣れたか?」
「はい、皆さんよくしてくれるので。といっても、まだ訓練中ですから、早く通常業務に就きたいと思っています」
中央のポーンを動かしながら、新人騎士らしく真面目に答える。
「ははは。第一騎士団の訓練は、特殊だからな。ほら、詩歌とかあっただろ?」
「ええ、昨日、講義がありました。『貴婦人への敬愛』というテーマで詩歌を作る課題だったんですけど、ファビアンが、まぁ、素敵な詩歌を作るんですよ。将来、すごい女たらしになるんじゃないかと心配です」
「ああ、あいつはモテるだろうな。お前、同期だろ。ああいうの、どうよ?」
デズモンド団長がこちらをチラリと見ながら、尋ねてくる。
「はは、侯爵家嫡男ですよ? 身分が釣り合わなさすぎるでしょう」
「だよな。お前が何か特殊能力でもあれば、別だけど」
「特殊能力……。片目をつぶったら、全ての男性がひざまずき、私をたたえる詩歌を捧げ出すとかいう、例のあれですか?」
「……ねぇよ、そんな能力。お前の妄想、半端ねぇなぁ」
まぁ、こんな感じでゆったりと話しながら勝負をして、勝ったり負けたりの繰り返しだ。
正直、なんでデズモンド団長が、毎回チェスの相手をしてくれるか分からない。
口では、ああ言っていたが、騎士団長ってのは、ものすごく忙しいはずだ。
なのに、チェスクラスの1回目から、当然の顔をして娯楽室の椅子に座っていた挙句、古くからの知り合いのように私に声を掛けてきた。
そして、それから毎回、チェスの時間には、デズモンド団長が私の相手をしてくれる。
団長・副団長ってのは、遥か上の上席だから、普通は、なかなか口をきくこともできない。
それが、隣の団の団長にこんだけ構われるって、ちょっとえこひいきっぽく見えて、同僚から何か言われないだろうかとファビアンに相談したところ、呆れたような目で見られた。
「総長と剣を合わせておいて、何をいまさら。全騎士からやっかまれるとしたら、そちらだと思うよ。でも、騎士団は見事なまでの縦社会だから。上位者である総長や団長・副団長が自らの意志で動かれたことに対して、邪魔をしたり反発したりする騎士はいないよ」
ただし、どんな集団にも例外はいるから。やっかみでおかしなことをしてくる連中がいても、不思議じゃない。そうだね、フィーアの心配が杞憂では済まないかもしれないね。気をつけて、とファビアンは締めくくった……
「そういえば、明日から、第六騎士団の魔物討伐に同行するんだってな。気を付けろよ」
思い出したようにデズモンド団長が言ってきたので、お礼で返す。
「ありがとうございます。気を付けます」
その後も、何てことない話をしながら数局打って、その日は4勝1負で終わった。
デズモンド団長は気分屋のようで、強い日と弱い日がある。
ちなみに、今日は弱い日だった。明日は魔物討伐だから、ゲン担ぎで花を持たせてくれたのかな?
お読みいただきありがとうございました。
【お礼】たくさんの方にブックマークをしていただいて、ありがとうございました。すごく、嬉しいです!遅筆ですみません。









