【挿話】第3回騎士団長会議7
しんとした沈黙が落ちる中、カーティスは愚問だとばかりにデズモンドの質問を繰り返した。
「フィー様が最強か、だと? もちろんその通りだ!!」
そして、肯定した。
カーティスにとって、フィーアは至上の存在だ。
そのため彼は、フィーアがあらゆる意味で褒め称えられるべきだと考えていた。
そんなカーティスの前で、猜疑心が強く、あらゆる物事を斜めから検証して否定的なことばかり述べていたデズモンドが、やっとフィーアの能力を認めたのだ。
カーティスとしては、全力でデズモンドを肯定すべきだろう。
普段ならば、フィーア贔屓が過ぎるカーティスの物言いに、「大袈裟な」「おかしくなってきたんじゃねえか」と反論する騎士団長たちだったが、今回に限っては全員が黙って聞いていた。
なぜなら確かに、その通りだと思ったからだ。
攻撃も回復も、1人で破格に高レベルのものを提供できるのならば、それは間違いなく「最強」だろう。
「フィーアちゃんったら、すごっ!」
思わずといった様子で呟いたクラリッサだったが、その声をかき消すような大きな声をデズモンドが上げた。
「ああ! ああ! 思えば前からそうだった! フィーアが入団してきた時、総長の怪我を見抜いた姿を見て、普通じゃないと思ったんだった。だからこそ、オレ自らあいつが何者なのかを確認するとシリルに言ったが、結局、よく分からないままだった。なぜならいつだって、あいつの行動はでたらめで奇天烈で、分析しようもないからな! 結果、フィーアの周りでは、信じられないような偶然がよく起こることが分かっただけだ。あの異常事態発生率は尋常じゃないからな!」
「……その通りだな」
サヴィスが言葉を差し挟む。
「フィーアの赤髪は特別だ。あの色は300年前の大聖女と同じ色をしている。そして、高位の精霊ほど赤い髪を好んだというから、今はなき精霊たちが何らかの冥加を与えているのかもしれないな。以前、森の中でそう感じたことがあったが……フィーアが偶然のような幸運を呼び込むとしたら、あの髪色に起因しているのかもしれない」
シリルが同意するように頷く。
すると、デズモンドがくしゃりと髪をかき回した。
「……なるほどな! フィーアは結局、サザランドでなんちゃって大聖女様に認定されたし、そのおかげで聖石をあの地から譲り受けたんだよな。あれだって、フィーアの髪色とおかしな言動のせいで、事実無根にもかかわらず大聖女様扱いだ! 信じられるか? クラゲダンスをイルカダンスと答えたら、大聖女様に認定されたんだとよ!! そんなおかしな事案、どうやって解析しろっていうんだよ!!」
あいつ一人のせいで、オレの憲兵司令官としてのプライドはズタズタだ! と、泣き言を口にするデズモンドをじろりと見やると、カーティスは結論を口にした。
「では、全員、フィー様に至上の価値があることで異論はないな?」
騎士団長たちはそれぞれ異なった表情を浮かべ、一拍置いた後、声を揃えた。
「「「……ない」」」
デズモンドが散々騒ぎ立てたように、フィーアが黒竜を従えた理由も、サザランドの民を味方につけた理由もどちらも不明だが、双方を完全に掌握していることは理解したからだ。
そのため、デズモンドを始めとする騎士団長たちは素直に頷いた。
その場に一体感のようなものが生まれたところで、脱力した様子のデズモンドが倒れていた椅子を戻すと、ゆっくりと座った。
「それで……魔人を倒したというのは、殺したってことだよな? そうだとしたら、あまり意味はないかもしれないぞ」
デズモンドの発言を聞いた他の騎士団長たちは、首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「殺したんだから、紋付きの魔人が減ったんだろう? 大聖女様はそうやって魔人の数を減らしてきたはずだ」
当然の疑問を返す団長たちに、デズモンドは「ああ」と答える。
「オレは魔人に関するあらゆる資料に目を通したと言ったよな。文献から読み取れる先人たちの結論は、『魔人の紋を滅したかったら、魔人を殺してはいけない』ということだった。どうやら魔人は特殊な箱に閉じ込めないといけないらしい。なぜなら魔人の紋と魔人は別物だからだ」
「お前の言っている意味が分からねぇ」
ザカリーが顔をしかめて苦情を言うと、デズモンドも顔をしかめた。
「そうだろう。オレも詳細は理解できていないが、……文献によると、紋自体が独立しているとのことだった。そのため、紋付きの魔人を殺すと新たな魔人が生まれ、その魔人に紋が移るとあった。たとえば2紋の魔人を殺すと、ほぼ同じタイミングで2体の魔人が生まれて、それぞれが1紋を持つらしい」
「何だそれは? だったら、世界中の紋付きは皆、一紋しかいないことになるじゃねぇか」
「そうだな。それ以上の話はどこにも書かれていなかったから不明だが、いずれにせよ特殊な箱にさえ閉じ込めてしまえば、魔人は決して出ることができないから、それが最良の解決法だとあった」
デズモンドの説明を理解したザカリーが、納得した様子で頷いた。
「そうか。だが、そうだとしても、カーティスが魔人を倒したことに、意味がないことはねぇだろう。300年以上生き延びて狡猾になった魔人が、まっさらの経験を持たない魔人に変わったのだとしたら、全然別物じゃねぇか」
カーティスの戦いを評価するザカリーの言葉に、デズモンドも同意する。
「確かにな。新たに生まれた魔人であれば、城から兵士に格下げになったようなものか」
デズモンドはチェスの駒にたとえたが、残念ながら理解できる者の方が少なかったようで、相槌を打つ者はいなかった。
騎士団長たちが思い思いに話をする様子を、黙って見つめていたシリルだったが、静かに立ち上がると、何かを包み込むように重ねた両手を前に突き出した。
「……どうした、シリル?」
訝し気に尋ねるデズモンドに応えるかのように、シリルが片手を開く。
すると、もう片方の手の上には、複雑な模様が刻まれた箱が載っていた。
「なっ!?」
ぴたりと動きを止めて、瞠目するデズモンドとは対照的に、他の騎士団長たちは不思議そうな表情で小さな箱を見つめた。
「なあに? デズモンドがそんなに驚くってことは、彼の若かりし頃の、恥ずかしい日記とかが収められている箱なのかしら?」
興味深げに箱を見つめるクラリッサと、異様な緊張感を漂わせて黙り込むデズモンド。
それから、状況が分からないため、視線をあちこちにさまよわせる騎士団長たち。
そんな中、シリルはこともなげに口を開いた。
「こちらはカーティスから提出いただいたものになります。恐らくデズモンドが語っている箱と同じものでしょう」
「……何で、文献通りの形状の箱があるんだ? おいおいおい、まさかまた、フィーアがどっかから拾ってきたんじゃないだろうな!?」
椅子の背にぴたりと背中を張り付けて、できるだけ箱から遠ざかろうとしながらデズモンドが質問する。
「いえ、あなたの心臓に優しいことに、今回はカーティスが準備した箱になります」
「いや、その箱が存在している時点で、オレの心臓に優しくないぞ!」
そう叫びながら、カーティスを振り仰ぐデズモンド。
「カーティス、お前はフィーアの側にい過ぎたせいで、あいつの悪運が移ったのか? どうやって入手したんだ? ……さすがにあれは空だよな!?」
カーティスは無言でデズモンドを見つめた後、口を開いた。
「……サザランドは、大聖女様の護衛騎士であった青騎士の領地だった。彼はあの地の民と同じ一族でもあったため、サザランドには青騎士の多くの資料が残っている。その中でも1番多いのは、魔人に関する情報だ。青騎士は魔人を滅すべき存在だと考えていて、そのための情報を細かく残していたようだ」
シリルが理解を示す。
「あの地の民は義理堅く誠実です。そして、他の地では考えられないほど多くの事柄が、長い間、伝えられているのです」
クラリッサが前回の会議内容を思い出して、シリルの言葉を補強する。
「そうだったわね。シリルが『文献上、歴史が全て正しく伝わるとは限りません』って話していたやつよね。300年前に大聖女様がサザランドの地を訪問し、不治の病から多くの住民たちを救ったけれど、公式な記録には一切残っていなかったのよね」
シリルは同意の印に頷いた。
「その通りです。しかしながら、サザランドの民はその事実と感謝の思いを、300年もの間伝え続けてきたのですから、あの一族の伝達能力の高さは私も感心するところです」
皆が、そうだった、そうだった、と前回の会議内容を思い出している様子を横目に、カーティスは説明を続ける。
「『魔人は必ず「封じの箱」に封じなければならない』との言葉とともに、青騎士は複数の小箱をあの地に遺していた。そして、私がサザランドを離れる際、族長よりそのうちの1つを預かってきたため、その箱を使用して魔人を『封じの箱』に閉じ込めた」
「ひっ!! や、やっぱり入っているのか!!!」
デズモンドが情けない声を上げると同時に、他の騎士団長たちも吃驚した様子で短い言葉を発する。
「えっ!?」
「お前……マジか!!」
誰もが椅子の背に張り付くようにして、箱から距離を取り始める中、デズモンドがカーティスに苦情を述べた。
「カーティス、お前は一体何なんだ!? 魔人を倒すだけでも信じられないことなのに、正しい手法で定められた箱に閉じ込めるなど、どうやったら可能になるんだ! いくら青騎士の遺言があるにしても、お前だけ情報量が多過ぎるだろ!!」
デズモンドは平手でばしんと円卓を叩く。
「オレが何十冊にものぼる禁書を、ひーひー言いながら読み込んで得た知識と同等のものを、サザランドの井戸端会議で入手するなんて、真面目に本を読んだオレがかわいそ過ぎるじゃないか!!」
しかし、そこでクェンティンが冷静な声を上げた。
「いや、同等ではないだろう。デズモンドが持っていない、魔人を封じる箱を入手しているのだから、カーティスの方が上だ」
そんなクェンティンを、デズモンドはきっとして睨み付ける。
すわ言い合いが始まるかと思われたその時、シリルが言葉を引き取った。
「魔人を封じた箱は、大聖堂に収める規則となっています。ただし、大聖堂に収めることで、300年間姿を現さなかった魔人が出現したことを、世界の要人たちに知らしめる形になりますので、カーティスは一旦指示を仰ぐためにこの箱を持ち帰りました。本日の会議に先立って、国王陛下のご意思を確認しましたが、……我が国だけで秘匿すべき情報ではないとのご判断でした」
国王の名が出たことで、騎士団長たちは居住まいを正す。
シリルは説明を続けた。
「そのため、近々、正式な使者を大聖堂に送り、魔人出現についての説明を行うとともに、この箱を収めてくる予定です。その際、新たな箱を幾つか大聖堂からお預かりできればとも思っています。私が対応できれば一番いいのですが、……人選についてはサヴィス総長とご相談の上、明日にでも直接、対応いただく方にご相談します」
どうやら大聖堂へ向かう者の人選は、サヴィス総長とシリルとの間で行われるようだ。
ナーヴ王国とアルテアガ帝国の間に位置する小国、ディタール聖国に大聖堂はある。
なかなかの遠出にもなることだし、自分ではありませんように、と騎士団長の何名かは心の中で祈った。
皆が一息ついたところで、クラリッサがぽつりと呟く。
「何だか大変なことになっちゃったわね。でも、改めて考えてみると、魔人を封じるなんてよくできたわよね。王都で会った2人組も、一緒に魔人を倒したのだから凄腕だったのね。……ここだけの話、あの2人からは高位者特有の匂いがぷんぷんしたのだけれど」
そう言うと、クラリッサは探るようにカーティスを見つめた。
「大勢の護衛が付いていたようだし、ただの冒険者じゃないと思ったんだけど、……でも、命懸けで魔人と戦ったのなら、私の思い違いかもしれないわね。その護衛たちがこっそり黒嶽まで付いてきて、いざという時に加勢してくれたわけではないのでしょう?」
「ああ、それはなかった」
カーティスの言葉を聞いたクラリッサは、ふむと言いながらため息をついた。
「そう。あの2人が要人であれば、危険地帯の黒嶽に護衛が付いてこないなんてあり得ないわよね。多くの護衛があの2人組に付いていると思ったのは私の勘違いで、たまたま別の重要人物が、同じ時間帯に王都にいたのかしら。こういうことで外したことは、今までないのだけれど。うーん、でも、躊躇なく魔人と戦おうとするのも、高位者の行為としてはあり得ないわよね。我が国のサヴィス総長のような例外でもない限り」
たとえとして名前を出されたサヴィスは、居心地が悪そうに身じろぎをした。
王弟の身分を考えると、無茶をし過ぎるきらいがあることを自覚していたからだ。
対して、カーティスは肩を竦めた。
「彼らと身上についての話はしていないので、正確なところは分からない。だが、言動に粗野なところがあり、生まれも育ちも貴族という印象は受けなかった」
「それは私も思ったわ。じゃあ、いいところ大貴族の庶子ってことかしら。まあ、そうよね。帝国の大貴族の本家筋なら、お供なしに外国に来るはずもないわよね。うちのシリルみたいな例外でもない限り」
昔の秘しておきたい話を持ち出されたシリルは、無言で微笑みを浮かべた。
彼は沈黙の価値を十分分かっていたため、不要な言葉を発することなく無言を保つ。
そんなシリルを見たクェンティンが、おかしそうに口を開いた。
「ははっ、ここは例外の溜まり場だな!」
それに対し、デズモンドが「お前も多くの意味で例外だ!」とクェンティンに返していた。
騎士団長会議は、あと1つの議題を残すだけになっていた。