【挿話】第3回騎士団長会議6
カーティスは立ち上がったその場で、ぐるりと皆を見回した。
「魔人についての詳細を説明する」
誰もが黙ってカーティスを見つめる中、彼は落ち着いた声を出した。
「まずは2名の同行者についてだが……シリルの説明にあったように、フィー様のガザード辺境伯領行きの真の目的が黒竜であることは、事前に分かっていた。そのため、出発日前日に偶然再会した、フィー様旧知の冒険者に同行してもらうことにした」
実際には、カーティスはフィーアと2人だけでも安全に黒嶽を訪問できると思っていたし、グリーンとブルーが同行することに、初めは難色を示したのだった。
しかしながら、全てを説明するには時間が不足する上、開示する必要のない情報まで提供することになるため、皆が理解しやすいような話に組み替える。
「あら、それは王都で会った男性2人組のこと?」
思い当たることがあったクラリッサが尋ねると、カーティスは首を縦に振った。
「そうだ。同行者の2名は、アルテアガ帝国出身の冒険者だ。以前、フィー様がルード領の近くで、ともに魔物討伐を行った仲間とのことだが、様々な地を渡り歩いているようで、腕は確かだった。そのため、協力騎士として同行願った」
デズモンドが腕を組んだまま、訝し気な声を上げる。
「フィーアの知り合いだと? あいつは騎士になる前に冒険者をやっていたのか? ……全く想像がつかないが。初心者パーティならまだしも、カーティスが同行を認めるような腕の立つ連中に交ざれるほど、フィーアは強くないだろう」
カーティスは一瞬押し黙った後、言いたくなさそうな様子で口を開く。
「……当時、フィー様には採取したい薬草があったようだ。そして、彼らは強いものの、無茶をするきらいがあったため、フィー様を同行させることで、自分たちの暴走を止める制御役としたかったようだ。もちろん最後には、採取した薬草を全員で分配したので、対等な協力者としての冒険だったがな!」
カーティスはしきりとフィーアの有用性を主張していたが、騎士団長たちは冷静に話を分析していた。
そして、デズモンドが分析結果を声に出す。
「つまり、フィーアが参加することで、自動的にパーティのストッパー役が果たされたってことか。強くないフィーアを巻き込んではいけないと、むやみやたらに魔物を狩らない傾向を生むためのメンバーが、フィーアってわけだ。ある意味、すげえな。フィーアの役どころは、いつもオレの予想の上をいくぞ」
デズモンドの感想は皆が心の中で考えていたものと一致したため、騎士団長たちは納得して頷いた。
フィーアの行動は、一見理解し難いものばかりだ。
しかし、きちんと説明を聞くと、それなりに納得できる。
1つ言えることは、フィーアは恐ろしく運がいいということだ。
腕が立つ一流の冒険者が、役に立たないと分かっているフィーアを同行させるなんて、滅多にない出来事だ。
騎士団長たちの納得した表情を見たカーティスは、不満気な表情を浮かべたものの説明を続ける。
「魔人に遭遇した状況は、シリルが語った通りだ。私と協力騎士2名とで山の様子を探っていたところ、突然、小柄な少女が現れた。黒竜が治める、凶悪な魔物が棲む山の中に、少女がたった1人で足を踏み入れるなどあり得ないことだ。そのため、警戒して距離を取っていたところ、正体を現して魔人の姿を取ったというわけだ」
「待て、待て、待て!」
デズモンドは片手を大きく振ると、カーティスの言葉を遮った。
それから、頭痛がするとでもいうかのように、もう一方の手を額に当てる。
「オレは仕事柄、魔人についての資料に一通り目を通したことがあるが、人に擬態するという記述は一切なかったぞ! 角を持つ異形の姿をしていて、独自の言葉を話し、人が踏み入らないような森や湖に暮らす存在、それが魔人だ!」
カーティスはゆっくりと頷いて、デズモンドの言葉を肯定する。
「そうだな。ここで特筆すべきは、魔人が人間に擬態していたことだ。角と特徴的な瞳を隠し、人の服を着て、人の言葉を話していた」
「ひっ!」
その事実の恐ろしさを十分理解しているデズモンドは、喉の奥で悲鳴を上げた。
「ま、待て! 魔人は人間の言葉を、人間らしい振る舞いを、どこで覚えたんだ? あ、ダメだ、オレの明晰な頭脳が、答えを導き出したぞ」
「そう難しい話じゃねえよな。オレの頭脳はお前ほど明晰じゃないが、やはり答えを導き出したぞ」
青ざめるデズモンドに向かって、静かに相槌を打つザカリー。
その横では、クェンティンも納得したように頷いていた。
「オレは元々、魔人と人が大きく変わるとは考えていない。魔物は凶悪で狂暴で、人に害を与える存在として無条件に討伐対象となっている。しかし、契約をすれば人に従うし、時間を掛ければ信頼関係も生まれる。人の社会、人のルールの中で魔人が暮らしたら、どうなるのかは興味深い話だ」
クェンティンは純粋な興味でもって口にしたのだが、カーティスは顔色を変えると、その考えを一蹴した。
「馬鹿げた話だな、クェンティン! しょせん魔人は魔人でしかない! どこで暮らそうが、何を教わろうが、残虐で凶悪な性質は変わらない!! 魔人相手に話が通じると思うな! 切って捨てるべき相手、それだけだ!」
一瞬にして激高したカーティスを見上げると、クェンティンはあっさりと引き下がった。
「……そうか。実際に魔人と対峙したお前は、全身で色々なものを感じ取ったはずだ。お前がそう言うのならば、そうなのだろう」
クェンティンが口を噤むと同時に、しんとした沈黙が落ちたため、シリルが口を開く。
「……300年前に姿を消した魔人たちは、より深い森の中に身を隠したと考えられていたのですが、今回の件により、魔人のうちの幾人かは、人の中に紛れている可能性がでてきました」
デズモンドが拳を握り、どんと円卓を叩く。
「はっ、人狼ゲームかよ! 餌を簡単に取れるように人間の近くに住み、だが、正体がバレると集団で攻撃されるから、人間に擬態しているって? ……いや、無理だな! これでは、意味が通らない! 魔人は圧倒的強者だ。人間が束になってかかっても倒せないし、そもそも人間を食べるわけでもない。だとしたら、……人間に交じる意味は何だ?」
重苦しい雰囲気が漂ったが、誰一人デズモンドの問いに答えを持ち合わせていなかった。
そのため、カーティスが話を続ける。
「結論が出ないようなので、説明を続ける。私たちが遭遇した魔人は、『二紋の鳥真似』と呼ばれる魔人だった」
カーティスは表情を変えることなく、さらりと魔人の情報を開示した。
驚いたのは、騎士団長たちだ。
「二紋!?」
「は? それは相手が悪過ぎるだろ! 黒竜クラスじゃねえか!!」
「逃げ切れるはずもないわよ!!」
思ってもみない報告に、騎士団長たちは仰天した表情でカーティスを見つめる。
なぜなら皆は、カーティスとフィーアが無事に王都に戻っている状況から、遭遇した魔人は紋なしだろうと考えていたからだ。
全員の視線が集まる中、カーティスは素直に頷いた。
「その通りだ。逃げ切れるとも思わなかったので、戦うことにした」
しかし、皆の意見を受け入れた形となったカーティスは、騎士団長たちからさらに貶される結果となる。
「はあ!?」
「おま……それは最悪手だろ!」
「最近、壊れてきたとは思っていたが、そんな簡単な判断もできなくなっていたのか!?」
次々に否定的な意見を吐く騎士団長たちを無言で見やると、カーティスは分かっていないなとばかりに頭を横に振り、頬をゆるめた。
「途中からは、フィー様も参戦してくれた」
「「「フィーアは何の戦力にもならねぇよな!?」」」
騎士団長たちの言葉を聞いたカーティスは、むっとしたように眉を寄せたものの、話を続ける。
「結果……、(フィー様の魔法で)魔人が弱体化していたことと、協力騎士の2名が腕利きだったことから、魔人を倒すことができた。回復薬を飲み、傷が快癒してから下山したので、あの地の騎士たちには魔人の存在を気付かれていない。まずはサヴィス総長に報告し、情報を開示すべき範囲等について、判断を仰ぐ案件だと考えたからな。その後、数週間あの地に滞在して様子を見ていたが、他の魔人が現れる様子はなかった」
さらに説明を続けようとするカーティスを、デズモンドが慌てて制する。
「ま、まてまてまて! お前は一番大事なところをさらりと流すな!! 倒したって、二紋の魔人をか!? そればっかりはあり得ないだろ!!」
デズモンドが驚いたように椅子を蹴倒しながら立ち上がると、同じようにザカリーも立ち上がった。
「カーティス、そもそもお前たちのパーティには聖女様がいないだろう! 300年前に、魔人を次々に封じたのは大聖女様だ! つまり、魔人戦において聖女様は必要不可欠なはずで、聖女様なしで魔人を倒せるはずもない! それとも、お前の言う『魔人の弱体化』は相当なもので、相手が弱り切っていたのか!?」
ザカリーの言葉を聞いたデズモンドが、我が意を得たりとばかりに畳み掛ける。
「ほらみろ、カーティス! ザカリーも同じ意見じゃないか! まだフィーアが王女だった、とかの話の方が信じられるわ!! いや、あり得ないが!! つまり、魔人討伐もあり得ないだろ」
全員ががやがやと騒ぎ立て始めたため、会議室は一瞬にして騒然となる。
しかし、そこでクェンティンが皆を諫めるかのように口を開いた。
「お前たち、もう少しカーティスの言葉を考えてみろ!」
「……何をだよ?」
訝し気に尋ねるデズモンドに、クェンティンが続ける。
「フィーア様はサザランドの地で、何を捧げられた?」
「え、何って……」
「現在では失われてしまった、古の聖女様の回復魔法と同等の力を発揮する至上の聖石だ。それを複数個携帯し、ここぞという時に使用したとしたら、それはかつての大聖女様を彷彿とさせる働きになるのではないか?」
「「「!!!」」」
「加えて、フィーア様は黒竜王様を自在に使役できる。フィーア様が亡くなったら、命がつながっている黒竜王様も死ぬことになるから、黒竜王様は全力で戦うだろうな」
「「「!!!!」」」
クェンティンの言葉を聞いた騎士団長たちは戦慄した。
……確かにその通りだ。
フィーアがサザランドから聖石の権利を譲り受けたことは、考えていた以上に物凄いことかもしれない。
なぜなら聖石には、サザランドの優れた聖女様たちが長年かけて溜めた魔力が凝縮されているのだから。
結果、聖女様が同行するよりも何倍も凄い効果を、小さな石一個で得ることができるのだ。
そして、第一の議題で議論された、フィーアの従魔が黒竜だという話。
確定できないとは言いながらも、これまでの話から判断するに、ほぼ黒に近いグレーだと思われる。
つまり、フィーアの意志に従って、黒竜は全力で相手を叩きのめしにいくのだろう。
だとしたら……
騎士団長たちはごくりと唾を飲み込むと、無言でカーティスを見つめた。
クェンティンの言葉を一言も否定しない姿を見て、遅ればせながらフィーアの話は事実なのかと肌が粟立つ思いを覚える。
しんとした沈黙が落ちる中、デズモンドが皆の心中を代弁した。
「はは、は……。本人の実力ではなく、様々なものに頼り過ぎているが、……もしかしてフィーアが最強なのか?」









