【挿話】第3回騎士団長会議4
会議室にしんとした沈黙が落ちた。
なぜフィーアの周りでだけ常にない事態が発生するのか、その事実を解明するヒントがほしいと希望したシリルに対し、誰も答えを持ち合わせていなかったためだ。
しかし、膠着状態に陥るかと思われたその時、クェンティンがおもむろに口を開いた。
「オレが思うに、フィーア様はオレたちと別の次元にいるのだ!」
クェンティンが何やらまた変なことを言い出したぞ、と騎士団長たちは顔をしかめたが、彼からしたらヒントがほしいと訴えたシリルに協力しているつもりだった。
「恐らくフィーア様が見えるモノは、オレたちと異なるのだ。フィーア様が『大聖女の薔薇』を王城の庭で見つけた、と言われるのならば、恐らくその花は元々王城にあったのだ。だが、オレたちにはそれが『大聖女の薔薇』だと気付けなかった。多くの人間がその花を目にしても、その前を通っても、300年もの間、誰も気付くことができなかったのだ。しかし、フィーア様は皆が見逃した花の特異性を知覚することができた」
クェンティンは最大限彼が把握していることを口にしたが、話を聞いている騎士団長たちには謎かけのように聞こえたらしい。
そのため、誰もが額に皺を寄せてクェンティンの話を聞いていた。
「黒竜王様の件だとて同様のはずだ。恐らく、オレたちが同じ場面に遭遇しても、回復薬を差し出そうとは思わないはずだ。そもそも目の前の魔物が黒竜王様だと気付かないかもしれない。しかし、フィーア様は気付かれるし、最善の一手を選ぶのだ。それが決定的な違いだ!」
クェンティンの言葉に同意できるものを感じたのはサヴィスだった。
「……なるほど。確かにオレが最初にフィーアに着目したのは、彼女の目だったな。新人騎士でありながら、入団式の場で冷静に局面を観察し、分析していたフィーアの目を、『支配者の目』だと感じたのだ。そして、フィーアはオレの古傷に気付いた。……10年もの間、誰一人として気付かなかった傷に」
デズモンドがそうだった、そうだったと言葉を引き取る。
「入団式で総長の弱点を狙ってくるあたり、あいつはいい性格をしているよな! しかも、最初は総長の古傷に気付いたことを黙っていて、『総長の視界の悪い方に打ち込むことを良しとは思いませんでした。騎士道精神です』と、真顔で大嘘をぶっこいていたよな。これ、入団初日の話だぞ? 今考えても、あいつのふてぶてしさには感心するわ」
さすが庭で摘んだ花を、総長に献上するだけのことはある。所属騎士団長の悪い影響を受けたのかと心配していたが、思えば、フィーアは最初からああだったな……と続けるデズモンドを、フィーア所属の騎士団長がじろりと睨む。
「新人騎士に夕食代をせがむ、全く影響を与えることができない騎士団長よりはましだと思いますがね」
「いや、だから、あれは違うぞ! 出資元である国王陛下とサヴィス総長のお立場を慮って、断れなかっただけだ。言っておくが、オレは金に不自由してないからな!」
「もちろんそうでしょうとも。あなたは独身で、恋人もいないのですから、使い道がありませんからね」
相手に負けじと応酬しあう騎士団長2人を前に、カーティスは一人考え込んでいた。
なぜならこの場で、カーティスだけが真相を知っていたからだ。
『大聖女の薔薇』は元々、見た目が貧弱な薔薇種にすぎない。
しかしながら、大聖女が一定期間魔力を注ぎ続けることで、『大聖女の薔薇』に変化するのだ。
恐らく王城の庭に、『大聖女の薔薇』となり得る特定の薔薇種が現存していて、それにフィー様が魔力を注がれたのだろう。
シリルの話から判断するに、フィー様の素晴らしい志が総長から認められ、聖女へ捧げる花の調達を頼まれたようだが、その際にフィー様は、最上の花を提供したいと思われたのだろう。
そして、お心のままに純粋な好意で、『大聖女の薔薇』を再現させたのだろう。
そのことが、後にどれほどの大騒動に発展するかを予想もせずに。
「……なるほど、クェンティンの話も一理あるな。王城の隅で打ち捨てられていた薔薇種に、フィー様が手を差し伸べたのだろう。その際、サザランドの民がフィー様を大聖女と認識したように、薔薇もフィー様を大聖女と認識して、美しい花を咲かせたのかもしれない」
「「「あー」」」
カーティスの夢見るような発言に、騎士団長たちは良く分からない感情でもって同意した。
そうだった、そうだった。
フィーアはサザランドで大聖女に認定されたのだった。
つい数か月前の御前会議にその議題が出た時は、誰もが驚愕したものだ。
そして、その席で、フィーアが多くの騎士団長に聖石をプレゼントしていたことが判明したため、もらっていないシリルがすねたのだ。
しかも、唯一シリルを取りなすことができるサヴィス総長が、一番上等の聖石をもらっていたものだから、誰も手が付けられなくなり……
そもそも、シリルの認識と事実に大きな乖離があったことが問題だった。
フィーアがサザランドから持ち帰ったのは、未使用の聖石だとシリルは考えていて、『今後、聖女に頼み込んで、聖石に回復魔法を溜め込まないといけませんね』と発言したのだが、その際に騎士団長たちが訝し気な表情をしたのだ。
そのため、シリルが不思議に思って質問した。
『どうしました?』
『……いや、既に信じられないような強力な回復魔法が溜めてあるじゃないか』
そう返したのは、どの騎士団長だったか。
―――あの発言を境に、騎士団長会議は阿鼻叫喚の場と化したのだ。
なぜなら総長を始めとした多くの騎士団長たちがもらった聖石には、見たことも聞いたこともないほど強力な回復魔法が込められていたことが判明したからだ。
『シリル、ここは戦場じゃねぇぞ!』
そう叫んだのは、どの騎士団長だったか。
あんな恐ろしい雰囲気をまとったシリルは、戦場にしか登場させてはいけない……
数か月前の恐怖の会議を思い返した騎士団長たちは、ぶるりと震えた。
そして、現状に立ち返り、状況の危うさにはっとする。
カーティスの馬鹿が! あの場にいたというのに、再びあの会議を思い出させるような発言をしやがって!!
騎士団長の半数は、『黙れ!』と念じながらカーティスを睨みつけた。
残りの半数は、『前回の会議を思い出すな~!』と祈りながら、貼り付けたような笑みを浮かべてシリルを見つめた。
そんな中、クラリッサがその場の雰囲気を変える提案をした―――恐怖の提案を。
「結局のところ、ここで色々言い合ったとしても、想像の域を出ないわよね。こうなったら、フィーアちゃんに直接聞いてみるのはどうかしら?」
即座に反応したのはデズモンドだった。
「フィーアに直接聞くだって? 一体、誰が聞くんだよ! 聞き方を間違って、黒竜の機嫌を損ねたら、オレらが黒竜以上の黒焦げになるんだぞ!!」
彼はかつて迂闊な発言をして、黒竜に命を狙われるのではないかと恐怖した経験があるので、その声には真剣な響きがあった。
しかし、クラリッサは余裕の表情で笑い飛ばす。
「うふふ、そのことだけど、私は何を聞いてもフィーアちゃんのご機嫌を損ねない人物を知っているのよね。だって、本人に直接、『本命は誰か』って聞いたんだもの!」
「クラリッサ、お前……いつの間に、何てことをやっているの?」
あまりの驚きに、口調が乱れるデズモンド。
しかし、クラリッサはデズモンドを無視すると、楽しそうに皆を見回した。
「うふふふー、それでね…………」
たっぷりと間を持たせた後、彼女はちらちらとシリルとカーティスを見た。
「ついこの間まではシリルだったらしくて、最近はカーティスもいいと思ってきたらしいんだけど…………」
「え?」
「なっ」
一人は驚いた表情を浮かべ、一人は感激した表情を浮かべた。
誰もが緊張して答えを待つ中、得意気なクラリッサの声が会議室に響いた。
「結局は、ぶっちぎりでサヴィス総長らしいわよ!!!」
「「「…………」」」
その答えは誰も予想していなかったものだったため、全ての騎士団長が驚いたように動作を止めた。
そして、全員が何かを訴えるかのように、視線をせわしなく動かしたものの、結局誰一人として、言葉を発することはなかった。
そのような中にあって、初めに自分を取り戻したのはデズモンドだった。
彼は動揺した様子ながらも、取りなすように上ずった声を出す。
「み……、見る目があると言うべきか? 無謀だと言うべきか!? やっぱり、フィーアは『未曽有の大事件を起こさないと爆発する呪い』にかかっているのかもしれないな! だからこそ、自ら大事件を起こしにかかっているんだよ!!」
しかし、そう口にしたデズモンドを始め、騎士団長たちは全員思っていた。
……もちろんサヴィス総長がフィーアを選ぶことはないだろう。
ないだろうが……もしも選んだとしたら、総長が苦労する未来しか見えない。
たとえ相手が総長であったとしても、きっとフィーアは変わらない。
だとしたら、振り回されて苦労するのは、間違いなく総長だ。
そして、その場合、サヴィスの部下である騎士団長たちも、漏れなく苦労することになる……
「ク、クラリッサ、それはパンドラの箱だ! 開けてはいけないやつだ! 閉じろ!! その情報は、未来永劫封印するんだ!!」
デズモンドは両手を大きく前に突き出すと、ぶんぶんと激しく振った。
真剣な様子のデズモンドを見て、クラリッサは嫌そうな顔をした。
「まあ、イーノックだけじゃなく、デズモンドもへなちょこだったのね!」
騎士団長は皆勇敢だと思っていたけれど、へなちょこたちの巣窟だったのかしら! と、クラリッサが不満そうに呟いたが、誰一人表立って反論する者はいなかった。
上等だ。クラリッサにそしられるだけで、対処できないような災いが回避できるのならば、甘んじてその呼称を受け入れよう。
……ある意味、騎士団長たちは男気に溢れる集団だった。
そして、そのことを、クラリッサを除く騎士団長たちだけが知っていた。