【挿話】第3回騎士団長会議3
「それでは、次の議題ですが………」
シリルが今度こそと、手に持った書類をめくった。
そんなシリルを見て、デズモンドが安心したようににやりと笑う。
「よしよし、一番重かった『耳を塞ぎたい議題』は終わったな? 残りは、比較的易しい『聞きたくない議題』か?」
シリルは一番に嫌いな物を食べるタイプだったんだな、と言いながらデズモンドが椅子の背中にもたれかかる。
そんなデズモンドに対して、シリルは綺麗に微笑んだ。
「私は好きな物も嫌いな物も、等しく食べるタイプです。幼い頃から、嫌いな物を食べる時も顔に出さないようにと躾けられましたので、嫌いな物を食べていても気付かれることはないでしょう」
「え、どういう意味だ?」
説明を求めて、きょろきょろと周りを見回すデズモンドだったが、答える声はなかった。
そのため、しんと静まり返った部屋にシリルの声が響く。
「では、類似案件からいきましょうか。先日、『大聖女の薔薇』が発見されました」
「「「……『大聖女の薔薇』?」」」
誰もが聞いたことのない単語に、首を傾げる。
「『ばら』だと? オレの分からない単語が出てきたな!」
そんな中、さらに手前でつまずいているのがザカリーだった。
彼ほど男前度を極めると、花の種類など何一つ分からないようだ。
しかし、そんなザカリーをしり目に、一人だけ先をいくイーノックが、がたりと音を立てて椅子から立ち上がった。
「何だって、だ、『大聖女の薔薇』だと? そんなはずはない! あれは300年前になくなってしまったはずだろう!?」
興奮した様子で頬を真っ赤にするイーノックを見て、「え、これ誰?」とクラリッサが零す。
「さっきから、何なの? 無口キャラはどこにいったのよ?」
私が去年一年間で聞いた言葉よりも多くの言葉を今日一日で聞いたわよ、と苦情を申し立てるクラリッサを無視すると、イーノックはきらきらと輝く瞳をシリルに向けた。
「シリル、もったいぶるな! 『大聖女の薔薇』は本物なのか? それとも、第一の議題と同じく、『本物かもしれない』なのか? それはどこで見つかった? そして、どこにあるのだ?」
矢継ぎ早に質問を重ねるイーノックを見て、ザカリーがぴゅううっと口笛を吹く。
「オレもイーノックがこんなに話すところを初めて見たな。はは、知らなかったが、奴は早口言葉が得意なタイプだぞ」
「『大聖女の薔薇は本物か? 大聖女の薔薇はどこで見つかった? 大聖女の薔薇はどこにある?』……いや、オレだって言えるわ!」
得意気に言い返すデズモンドをじろりと睨んだクラリッサは、シリルに続きを促す。
「シリル、続けてちょうだい!」
シリルは手持ちの資料から顔を上げた。
「『大聖女の薔薇』とはその名の通り、300年前に大聖女様の御印となっていた赤い薔薇のことです。花びらに特徴があり、まるでカットされた宝石のようにキラキラと煌めくのです」
「そんな花があるのか? だとしたら、宝石商は商売上がったりだな!」
皮肉気に片方の眉を上げるデズモンドを、イーノックが馬鹿にしたように見やる。
「お前は本当に想像力がないな! 大聖女様の薔薇だぞ!? 宝石の何倍も価値があるに決まっているだろう! それに金銭的価値に置き換えるまでもない。光栄にもその薔薇を大聖女様からご下賜いただいたとしたら、未来永劫誇るべき話だ!!」
べらべらと饒舌に語り続けるイーノックを、シリルは冷ややかな視線で見つめた。
これまでは全くと言っていいほど発言をすることがなかったイーノックが、今日はタガが外れたようにしゃべっている。はっきりいって邪魔だ、とその目は語っていた。
しかし、イーノックは他人の気持ちを推し量らないタイプなので、シリルの気持ちが届くことはなかった。
シリルが言葉を続ける。
「……その特別な薔薇は、大聖女様とともに失われました。そのはずでした。少なくとも、この300年の間、『大聖女の薔薇』の発見情報は一つもありません。にもかかわらず、その薔薇かと思われる花が、王城の庭で見つかったのです」
「「「王城の庭!?」」」
騎士団長たちは吃驚して大声を上げた。
「ええ? 確かに大聖女様はナーヴ王家の王女殿下でもあらせられたけれど、花の種でも王城に残っていたのかしら?」
クラリッサが不思議そうに首を傾げる。
一方、デズモンドは後悔しているような大声を上げた。
「あああああ、オレとしたことが大金持ちに成り損なった! くそう、誰だか知らないが、見つけた奴は上手くやったな!」
そんなデズモンドに、シリルが爆弾を落とす。
「おや、デズモンド、あなたはその恩恵に与ったのではないのですか?」
シリルの言葉にぴたりと動きを止めるデズモンド。
「……どういうことだ?」
目線だけを動かして尋ねるデズモンドに、シリルは思い出させるように言葉を重ねた。
「私は先ほど言いましたよね。次の議題もフィーア・ルードに関することだと」
「……言ったな」
さすがにシリルの言いたいことが分かったのか、デズモンドが恐る恐る返事をする。
すると、シリルは予想通りの言葉を口にした。
「この花を見つけてきたのは、フィーアです」
「「「!!!」」」
吃驚して、息を止める騎士団長たち。
初めに気を取り直したデズモンドが、やけになったように早口でしゃべり始めた。
「えっ、もう何なの、あいつ? 領地を散歩すれば黒竜を拾い、王城を散歩すれば『大聖女の薔薇』を見つけるって、異常すぎるだろう!! 未曽有の大事件を起こさないと爆発する、みたいな恐ろしい呪いにでも侵されているんじゃないのか!?」
「ははっ、正に未曽有の大事件だな。だが、これほどポンポン起こると、ありがたみがなくなるかと思ったが、やっぱり驚くもんだな! ははははは、やべえ、何だか笑いが止まらないし、体が震えてきたぞ」
腕組みをしながら笑い声を上げたザカリーを見て、シリルが意外そうな表情を浮かべた。
「おや、あなたもデズモンドと同様にフィーアが特別な薔薇を見つけた恩恵に与っていたと思ったのですが、全く思い当たらないとは……安心しました。我が騎士団に所属するフィーアは、口が堅いようですね」
「……どういうことだ?」
聞きたくないが、聞かないわけにはいかないといった、用心深い表情でザカリーが質問する。
そんなザカリーに対し、シリルは質問で返した。
「ザカリー、デズモンド、ギディオン、それからフィーアの4人で、食事に行きましたよね?」
「何だと! ギディオンがフィーア様と食事に行っただと!?」
クェンティンが弾かれたように不満の声を上げたが、間違いなく個人的な感情に基づいているだけで、本筋には何の関係もないことが分かっていたため、シリルは無視する。
それから、皆を見回しながら言葉を続けた。
「その日の午前中、フィーアは件の薔薇を見つけて、サヴィス総長に献上したのです」
「へえ?」
「そうなのか」
全く思い当たることがないようで、ザカリーとデズモンドはきょとんとした声を上げる。
そのため、シリルは丁寧な説明を始めた。
「順を追って説明しますと、元々の依頼主は国王陛下になります。陛下は定期的に聖女の墓標に花を捧げられており、その花を準備するようサヴィス総長に依頼されました。フィーアはああ見えて、聖女に敬意を払っているため、総長が直接フィーアに花の調達を依頼しました。すると、どういうわけか彼女は、王城の庭で『大聖女の薔薇』を見つけてきたのです」
順を追った説明ではあったものの、黒竜の話の時と同様、一番大事な部分の説明が抜けている。
要は、300年もの長い間、その存在が滅したと思われていた貴重な花を、フィーアがどうやって見つけてきたのかが問題なのだ。
しかし、シリルの説明を聞き終わったクラリッサは、驚いたような声を上げた。
「あああ! 私、その日、フィーアちゃんに会ったわよ! 『総長にお花を買ってくるよう頼まれ、調達したお花を渡してきた』って、普通の顔で言っていたわ。え、あの様子じゃ、本人は自分が渡した花の価値を分かっていないんじゃないかしら?」
言い終わると、クラリッサは当事者であるサヴィス総長を見つめる。
すると、サヴィスはクラリッサの言葉を肯定した。
「確かに、特徴的な薔薇の色合いを見て驚いたオレに対し、フィーアは『それは「大聖女の薔薇」っぽい薔薇で、本物ではないかもしれません』と答えていたな」
「ははっ、さっきのドルフの『黒竜ではなく、黒っぽい竜っぽい何かを従えさせた』のセリフに似てるじゃねぇか! やっぱり親子だな」
呑気な感想を漏らすザカリーに、デズモンドが気色ばんで畳みかける。
「いや、ポイントはそこじゃないだろう! しかし、見つけた本人が、全然価値が分かっていないなんてことがあり得るか!? まあ、確かにオレだって、城の庭で綺麗な花を見つけたとしても、それが過去の偉人由来のすげー花だなんて思いもしないが。というか、オレからしたら、いくら綺麗だと思ったとしても、そこいらの花を摘んで総長に献上する鋼の心臓が信じられねぇわ」
フィーアはぜんっぜん権威ってものが分かってねぇ、とぼやくデズモンドに頷くと、シリルが話を続ける。
「……確かに、国王陛下から花代として金貨を渡されておきながら、庭の花を摘んでくるフィーアのメンタルの強さは大したものですね。しかし、そのおかげで、ザカリーとデズモンドはフィーアからご相伴に与ったのでしょう?」
「「はあああああ!!」」
思い当たることがあったのか、2人は同時に奇声を上げると椅子から立ち上がった。
「思い出したぞ! デズモンドが料理屋で、『そこいらの花を陛下に献上して、代わりにお金をいただいたのか!? 恐らく、仲介したサヴィス総長は、そこらに生えている草花など見たことなかったから、すごく斬新に見えたのだろうな』って言っていたやつだな!」
デズモンドがザカリーに掴みかかる。
「ばっ、ザカリー! お前、今のは絶対に言ってはいけないやつだ!!」
それから、デズモンドはすぐに、総長に向かって祈るように両手を組み合わせた。
「違います、総長! オレは総長のご慧眼であれば、庭に生えている草花の中からでさえ、皆が見落としている凄いものを拾い上げてくださるだろうと、そういうことを申し上げたかったのです!! 酒のせいで、少しだけ表現がズレたようで申し訳ありませんでした!!」
サヴィスが許容するかのように無言で頷くと、デズモンドは安心したかのように全身で息を吐いた。
それから、興奮冷めやらぬ様子で続ける。
「あああ、だが、オレも思い出したぞ! 勘定は自分が持つと言ったフィーアを前に、『オレは絶対に後日、このつけを払わせられるぞ。しかも、人生が変わるほど高いつけだ!!』と、口にしたことを!! ほら見ろ、オレは今、そのつけを払わされている! あの日のオレは、自分の分を自分で払うべきだったんだあああ」
デズモンドの告白を聞いたシリルは、下劣な者を見る目で同僚を見やった。
「……あなた、騎士団長でありながら、本当に1年目の騎士に奢ってもらったのですか? それは、立場を利用したかつあげですよね」
「え……。いや、そんな話では……」
慌てた声を上げるデズモンドに対し、シリルは冷静に言葉を続ける。
「それで、食事の席でフィーアは何か言っていませんでしたか? サヴィス総長から伺った話では、フィーアは持参した花の価値をよく理解していないようだったとのことですが、私は不思議でならないのです。彼女の周りでこのように次々と、大変なことが発生することが。偶然だと片付けるには、回数が多すぎます。しかも、なぜ彼女の周りでだけ、これほど異常事態が発生するのか、その理由が全く不明なのです」
シリルの表情と口調から判断するに、彼にしては珍しく心底困っているようだった。
「だからこそ、あなた方の発言から、何か有益なヒントがでてこないかと期待して、本日はいつも以上に会議中の私語を認めているのです。さあ、気付いたことがあれば、遠慮なく言ってください!」
「いや、言ってくださいと言われても……。酒の席での話など、大した内容では……」
シリルから少しでも離れたくて、椅子の背もたれに張り付いたようになったデズモンドは、シリルの質問に口ごもった後、意を決したように口を開いた。
「それに、はっきり言わせてもらうと、今日の会議内容はいつもと違って、あり得ないような内容ばかりじゃないか! こんなぶっ飛んだ話をされて、黙って聞いていられるわけがないだろう! これでも、総長の手前だからと遠慮して、しゃべりたいことの5分の1しか口にしていないんだから見逃してくれ!!」
デズモンドの言葉を聞いたシリルは、「……これで5分の1」と呆れたように呟きながら、頭を押さえた。
いつも読んでいただきありがとうございます!
書籍版の話になりますが、おかげさまで6巻まで刊行され、毎回、書下ろしを書かせていただいています。
次巻以降掲載分として、「読んでみたい」というストーリーがありましたら、お手数ですが、感想欄にでも書いていただけるとありがたいです。300年前の話についても。
参考にさせていただきます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾