149 王様ゲーム10
疑問が残る様子ながらも、一応納得した様子のセルリアンを見て、私は大きな不満を覚えた。
あらまあ、私が一気に残念な子扱いになってしまったこの状況は何なのかしら。
分かっている、知っていると言い続けていたのに、なぜだか私の勘違いから正解を引き当てたと思われてしまった。
色々と納得がいかなかったけれど、説明が難しい話、言えない話が含まれていたため、不満ながらも現状を受け入れる。
私は気持ちを切り替えると、セルリアンに質問した。
「セルリアン、私も1つ聞いていいかしら? 精霊はどこかへ姿を隠してしまったと思っていたのだけど、精霊王に呪いをかけられたということは、あなたの前に精霊王が現れたの?」
「なるほど、そういう質問をしてくるあたり、本当に分かっていないんだね。いや、フィーア、僕は精霊王に会ったこともないよ」
「へ?」
私はぱちくりと目を瞬かせた。
「この身の呪いはね、300年もの昔に僕のご先祖様が受けたものだよ。僕はそれを継承しているってわけ」
「さ、300年前に受けた呪い!?」
何事においても自分を中心に考えるものではないと分かっているものの、300年前にナーヴ王家が受けた呪いと聞いた途端、もしかしたら前世の私が関係していたのではないかと思ってしまう。
いや、でも、精霊王とはお目にかかったこともないし、そんなはずないわよね……
そう自分に言い聞かせていると、セルリアンはおかしそうに微笑んだ。
「フィーア、君の百面相を見る限り、その頭の中では僕に理解できない思考が次々と繰り広げられているのだろうね。こんなにも面白い存在が騎士団に隠れていたとは、……君には興味が尽きないよ」
セルリアンは右手を差し出してきた。
「とりあえずおめでとう。まさか僕が王だと見抜かれる日が来るとは思わなかったが、体験してみると、僕自身を見つけてもらったようで気分がいいね。さて、この後は外せない約束があるから、今日はここまでにしよう。だが、フィーア、時間を取るから、今後は僕と頻繁に会ってくれ」
子どものような言動をする自由気ままな道化師ではあるものの、これでも一国の王なのだ。
拒否などできるわけもなく、曖昧な表情を浮かべて握手をする。
すると、セルリアンから呆れたようにため息をつかれた。
「僕をどう思っているかは、言動の端々に表れるものだ。そんなに嫌々握手をしておいて、『敬愛する主君』だなんてよく言えたものだよね」
「……わ、私は成人した時から、簡単には心の内が読めないようなミステリアスな女性を目指しているの。つまり、私の複雑な心は、セルリアンのような子どもには分かり難いと思うわ」
私の言葉を聞いたセルリアンは、おかしそうに微笑んだ。
「外見に騙されてはいけないよ。実際の僕は29歳なのだから……もう、あと1年で30だ」
何らかの含みをもたせたような言い方に、ああと思う。
「分かるわ、30歳の壁ね! 同僚の女性騎士は、30歳になった瞬間、滝壺に落ちたような絶望的な気持ちになったと言っていたわ! 29歳と30歳は、心境的に大きく違うらしいわね」
慰めるつもりでそう言うと、セルリアンは困ったように眉を下げた。
「……うん、まあ、当然だけど、フィーアは分かっていないよね。……30歳になった時、僕がどう感じるのか、か。なるほど興味深いね」
それから、セルリアンはシリル団長に顔を向ける。
「シリル、これにて面談は終了だ。どうせこの後、騎士団長を集めて会議を開くのだろう? 結果を報告してくれ」
シリル団長に向けて発せられた声は、明らかに為政者のそれだったため、団長は無言のまま頭を下げた。
そんなシリル団長の後ろ頭に向かって、セルリアンは独り言をつぶやく。
「……ああ、しかし、実に残念だな。彼女が君たちのお気に入りの騎士でなければ、道化師にスカウトするところなのに」
セルリアンのつぶやきを拾った私は、セルリアン、ロン、ドリーの個性的な格好をした3人の道化師をぎょっとして見やる。
それから、セルリアンにはっきりとお断りを入れた。
「い、いやよ。私は絶対に道化師にはならないわ!」
「そう? ここだけの話、道化師は超エリート集団だよ。僕ら3人と並びたてるほどの高位者といったら、サヴィスとシリルくらいだから」
あははははと爽やかに笑いながら退出していったセルリアンたち3人を、私はげんなりした表情で見送った。
それから、シリル団長に向き直ると、大きく頷く。
「シリル団長が国王陛下との面談を嫌がった理由が分かりました! これは確かに、疲労困憊のイベントですね」
シリル団長は少しの間、本当に分かっているのか、と疑いに満ちた表情で私を見つめていたけれど、言い合うのも面倒だと思ったのか、同意の印に頷いた。
「……ええ、そうですね。国王面談の主目的は、国王陛下が騎士を見極めることにあり、今後の国王警護の配置を考えると意味のある面談ではあるのです。しかし、振り回されるばかりの騎士たちを見ていて、これまで心労を感じていたのは事実です。ですが、今日、私は理解しました。振り回される騎士たちを見ている方が、何倍も心穏やかだったのだと。振りまわされる国王陛下を見ているのは、疲労困憊どころではありません」
「えっ」
「ここだけの話ですが、あなたが国王の口調をやり込めたところまでは、畏れ多いと思いながらも、少しだけ爽快感を覚えていました。しかし、カードゲームになると……あなたは次々に悪手を打つし、何をやらかすのだろうかと、私は胃がきりきりしっぱなしでしたよ」
「そ、それは」
「その上、『国王を上回るのは道化師だけですね!』との決めゼリフとともに、国王を木っ端みじんにするのですから、私は胃が破裂するかと思いました」
「い、いやまさか。ご立派な第一騎士団長様の強靭な胃は、それくらいでは破裂しませんよ」
えへえへと機嫌を取るようにシリル団長に笑いかけてみたけれど、真顔で見返されただけだった。
これは雲行きが怪しいと思った私は、シリル団長の気分を変えるべく話題を変える。
「と、ところで、自分で言うのも何ですが、シリル団長に対する忠誠心は、私が第一騎士団内で一番高いようですね!」
「……どういう意味でしょうか?」
言われた意味が分からないとばかりに、シリル団長が眉を寄せる。
そのため、私は胸を張って説明した。
「シリル団長は国王面談の前に、『国王陛下は色々と試してこられるところがあるかもしれませんが、訓練修了の確認だと思って、できるだけお応えしてくださいね』と言われましたよね。だからこそ、忠実なる部下である私は、シリル団長の要望に応えようと、普段以上の能力を発揮するべく頑張ったのです。そして、その結果、国王の正体を見破れたというわけです!」
これはシリル団長に対する忠誠心の表れですよね! とばかりに言い放つと、シリル団長は「ああ」と気のない様子でつぶやいた。
「つまり、私は自分で自分の首を絞めているのですね。反省します」
ご立派な第一騎士団長様の口から出たのは、どういうわけか理解しがたい反省の言葉だった。
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