147 王様ゲーム8
最初に冷静な声を上げたのは、サヴィス総長だった。
「陛下、人払いをお願いします」
セルリアンははっとして目を見開くと、驚愕した様子でこちらを凝視していたローレンス王に視線を移した。
たったそれだけの仕草で、ローレンス王は即座に椅子から立ち上がると、そのまま側近と騎士を引き連れて退出していった。
騎士たちは部屋の外で警護を続けているのかもしれないが、―――部屋の中に残ったのはセルリアン、総長、シリル団長、私、そして道化師のロンとドリーだけだった。
側近と言われる人たちが退室し、道化師が残ったということは、このロンとドリーこそが国王の側近なのだと気付かされる。
やはり、この2人は相当な切れ者に違いない。
全くそうは見えないけれどと考えながら、筋骨隆々としたロンと女性的なドリーを眺めていると、鋭い声が飛んだ。
「……サヴィス!」
はっとして顔を上げると、苛々とした様子のセルリアンが、目の前に座る総長の名前を呼んでいた。
けれど、総長は素知らぬ様子でひょいと肩を竦める。
「オレは陛下の遊びの邪魔は一切していませんよ。そのようなことをしたら、後々面倒なことになることが分かり切っているのですから、手を出すはずもないでしょう」
「……シリル!」
次にセルリアンは、物静かに様子を見守っているシリル団長の名前を呼んだ。
「フィーアはお前の直属の部下だろう! 今回の面談内容を漏らしたな!?」
国王から名指しされたシリル団長は、悲し気に眉を下げる。
「私をお疑いとは悲しいですね。毎年毎年飽きもせず、陛下が新人を1人ずつやり込めていく遊びの全てに、私はお付き合いしているというのに。なぜ今回に限り、ルールを違えたとお疑いなのでしょうか」
「だったらなぜ!!」
セルリアンは全く信じられないといった表情で、私を見つめてきた。
「なぜこんな勘の悪そうな年若い騎士が、僕を王だと見抜いたんだ!!」
全く酷い言われようだ。目の前で悪口を言われている。
けれど、発言を許されたわけではないようなので、無言のままセルリアンをじとりと見つめる。
すると、セルリアンは理解できないといった様子で質問してきた。
「フィーア、一体どういう理由で僕を王と呼んだんだ? 冷静に考えて、王はきらきらの椅子の上でふんぞり返っていたローレンスのはずだろう!?」
直接質問を受けたことで、口を開く権利が与えられたと解釈した私は質問に答える。
「ああ、そうですね。その名前も理由の1つですね。ローレンス(Laurence)を並び替えたら、セルリアン(Cerulean)になりますよね。始めは青い瞳の色からあなたの名前が付けられたのかなと思っていましたが、国王であることを暗示した趣味の悪い偽名だったんですね?」
「な……っ!!」
私の答えを聞いたセルリアンは、これでもかというほどに目を見開いた。
けれど、驚いたとしてもそれはセルリアンのいたずらの結果なのだ。私が悪いわけではない。
そう考え、容赦することなく説明を続ける。
「それに、その格好もですよね」
そう言うと、私はセルリアンの頭の天辺から足の先までわざとらしく視線を這わせた。
馬の耳のついた頭巾をかぶり、青と白の派手な市松模様の全身タイツを身に着けた姿を。
「我が国の現在の守護聖獣は黒竜ですが、その前は白いユニコーンですよね。そして、その時期の国旗は青と白でした。ルーア語をリスペクトされていた陛下ですので、ルーア語が全盛だった時期における我が国の国旗と聖獣を模しているというわけですね」
「………………………………」
セルリアンはぱくぱくと口を開いたり閉じたりしていたけれど、そこから声が漏れることはなかった。
そのため、話を続けるべきだと解釈した私は、説明を続ける。
「けれど、それだけの理由では、成人前の道化師が子どものような遊びをしているなと考えるだけで、まさか陛下と道化師が入れ替わっているなんて思いもしませんよね。我が国で最も高貴な国王陛下が道化師に扮するなんて、常識では考えられないことですから」
そう言うと、私はセルリアンの左腕をじっと見つめた。
「確信が持てたのは、陛下の左腕を蝕んでいる呪いに気付いたからです。これほど強力な呪いを私は見たことがありません。それもそのはずですよね、これは……精霊王の呪いですね」
私は自信を持って言い切ったけれど、内心では精霊王が呪いをかけたことにすごく驚いていた。
前世において、聖女は皆精霊と契約しており、精霊自体が身近な存在だったけれど、その前世ですら、精霊王という高位の存在にお目にかかったことがある者は一人もいなかったからだ。
人とは関りをもたないはずの精霊王が人の前に現れただけでも驚くような事柄だけれど、さらに呪いを掛けただなんて、信じられないような事象だ。
けれど、―――私が全く解除方法を分からない呪いなど精霊王しか考えられないのだ。
ただし、私にも分かっていない点が2つあった。
1つは、精霊がいなくなって久しいというのに、なぜ精霊王がわざわざセルリアンの前に姿を現し、呪いを掛けたのかということ。
もう1つは、セルリアンはサヴィス総長の兄であるはずなのに、なぜ総長より一回り以上も年下の姿をしているのかということだ。
私にはさっぱり見当もつかないけれど、セルリアンは答えを知っているのかしら。
そう考えてじとりと見つめたけれど、セルリアンはそれどころでないようで、大変な衝撃を受けたとばかりに荒い息を繰り返していた。
その苦し気な息の中から、かろうじて声を絞り出す。
「せ………っ、精霊王の呪いを受けていたとして、も………僕が王という証明には、ならない……」
いや、なるでしょう。
私は何を当たり前のことを言っているのだと思いながら、口を開く。
「なりますよ。精霊は契約の範囲でしか人と関われませんから、当然、人に呪いをかけることなどできません。できるとしたら……同じ精霊相手のみです。だからこそ、人の身で精霊の呪いを受けることができるとしたら、それは王家の血筋のみです。ご存じのように、現王家の始祖は精霊王と人間の娘との間にできた子ですからね」
そして、この状況で道化師に扮する王族など、国王しかないでしょう。
サヴィス総長以外の王族は、国王しかいないと聞いてもいることだし。
セルリアンはまるで時が止まってしまったかのように全身を停止させると、荒い呼吸を繰り返していた。
それから、非常に苦し気な様子で声を絞り出す。
「………………………………………………………………は……っ、サヴィス、この子、……何なの?」
精一杯の発声にもかかわらず、かすれた声しか出せない国王に対し、サヴィス総長は硬い表情で返事をした。
「さて、ユニコーンの話までは、オレも冷静に聞くことができていたのですが、………最後のは…………彼女が何者であるのかは、オレが聞きたいくらいですよ」
「えっ!?」
サヴィス総長の発言内容を聞き、親愛なる騎士団総長様に切り捨てられたような気持ちになった私は、慌てて総長のもとに走り寄った。
「サ、サヴィス総長、切り捨てようとするのは止めてください! もちろん私は総長がよくご存じの、とっても素直で役に立つ、どこにでもいる一介の騎士ですよ!!」
「…………」
「…………」
「…………」
私が必死に取りすがっていることは分かっているだろうに、いつも私に親切な第一騎士団長様まで含めた、国王、サヴィス総長、シリル団長の3名は、無言で私を凝視したまま誰一人返事をしなかった。
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