142 王様ゲーム3
国王の執務室は白色と青色と金色でまとめられた豪華な部屋だった。
物凄く広いと思ったサヴィス総長の部屋よりも、さらに広くて天井が高い。
そして、部屋に敷かれている絨毯や、設置してある暖炉や飾り戸棚、執務机等のどれもが、希少な素材に金や金糸で精緻な飾りをしてある値段の付けようもない逸品ばかりだった。
圧倒されそうなほど煌びやかな部屋には、ローレンス王と2ダースの騎士、半ダースの側近、そして数人の道化師が揃っていた。
この時点で、通常なら涙目になるだろう。
完全に国王とその取り巻きが居並び、新人騎士をいびる構図ができあがっているように思われるからだ。
毎回付き合わされるシリル団長が嫌になる理由が良く分かる。
恐らく面談が終わった後、萎縮して言葉も上手く返せなかったとしょげ返る騎士を慰めるまでがワンセットなのだろう。
私はため息を飲み込むと、室内の配置を確認する。
まず、部屋の中央には、国王まで真っすぐ続く青色の絨毯が敷かれていた。
左右の壁際にはそれぞれ等間隔に騎士が配置されており、全員が第一騎士団の騎士たちだ。
部屋から5分の4ほど進んだ距離に数段の階段があり、その近くに煌びやかな貴族服を着用した国王の側近たちが控えていた。
そして、階段には、道化師の格好をした者たちが行儀悪く座っている。
さらに階段を上がった先には豪華な執務机が置いてあり、煌びやかな格好をした国王が椅子に座ってこちらを見下ろしていた。
私は手はず通り、立ち止まったサヴィス総長とシリル団長の横をさらに進むと、階段の数歩手前で立ち止まり深く礼を取った。
「お初にお目にかかります、第一騎士団のフィーア・ルードです」
私の後ろに位置したサヴィス総長とシリル団長が、同じように礼を取る。
数秒の後、控えている側近の1人が声を上げた。
「面を上げよ。国王陛下のご尊顔を拝する栄誉を与える」
顔を上げると、華やかな顔立ちをした国王と目が合った。
ローレンス王は黄金の髪に青い目をした、30歳くらいの豪奢な美貌を持つ男性だった。
黄金の椅子に深く腰掛けて足を組み、頬杖を突いてこちらを興味深げな様子で見つめている。
頭の上には、髪と同じくらいに輝いているきらっきらの三重冠が載っていた。
どこからどう見ても間違いようもない王様の姿だった。
総長とご兄弟とのことだけれど、全然似ていないと思う。
サヴィス総長が黒髪黒瞳の落ち着いた美貌なのに対し、ローレンス王は金髪碧眼の煌びやかな美貌だったからだ。
質実剛健対、豪華絢爛。
どちらがいいということではなく、全く異なるものという印象だ。
「君が、遅れてきた最後の騎士か」
発せられた声は、想像していたよりも温かかった。
国王からしたら、騎士など使い捨ての盾くらいに思われていても仕方がないと思っていたのだけれど、どうやら騎士を粗雑に扱う主君ではないらしい。
さすがサヴィス総長のお兄様だわと思ったけれど、実際は逆で、サヴィス総長が立派な騎士をしているからこそ、国王が騎士を認めているのかもしれない。
「君の話は聞いているよ。入団式でサヴィスと手合わせをした騎士だね。想像していたよりも小さいから、サヴィスと斬り合ったら1合で吹き飛ばされそうだけれど、実際はそうでなかったのだよね。弟が手加減したのかな?」
国王は頬杖を突いたまま、興味深そうな様子で質問してきた。
私は礼儀正しく口を開くと、答えるべきことにだけ答える。
「最後は吹き飛ばされた形で地面に倒れ込みましたので、私の体重が足りていないというご指摘はその通りです」
回答のポイントは、私のことについてだけ答えることで、間違ってもサヴィス総長について触れてはいけないのだ。
なぜなら王弟である総長について、私がコメントすることは不敬にあたるのだから、いくら国王が質問してきたとしても、さり気なく回避しなければならない。
私の答えを聞いた国王は、へえという風に片方の眉を上げた。
「……シリル、お前が最後に出してきただけあって、きちんと教育されているな。先日面談をしたファビアンと同じくらいにしっかりした回答だ」
国王の発言にファビアンの名前が出てきたことで、さすが優秀な同期だわと感心する。
わずか1回の面談をしただけで国王に覚えられるなんて、滅多にないことのはずだもの。
入団式で代表挨拶をしただけのことはあるわね。
けれど、感心する私とは異なり、発言を求められたシリル団長は感情を露にすることなく、淡々と返事をした。
「お褒めいただきありがとうございます。ですが、私が新規配属の騎士たちを陛下の元へご案内する順番に、意図はありませんよ」
そんなシリル団長を見て、ローレンス王は困った様子で片手を上げる。
「シリル、そう構えるな。お前がその気になると、さすがの私も腹の底が読めなくなるから手加減しろ。私はお前の大事な部下をいじめようとしているわけではなく、私を護衛する騎士を事前に知りたいと思って質問しているだけだ。相互理解が深まるほうが、よりよい関係が築けるとは思わないか?」
「勿論、私もそう望んでおります。ですので、行き違いが発生し、万が一にも取り返しがつかなくならないようにと、必ず調整役として同行させていただいております」
涼し気な表情ですらすらと発言するシリル団長だけれど、その言葉の端々に国王への警告が交じっているように思われ、2人の関係性を意外に思う。
あれ、国王という存在は1人だけ権力が突出しているから、サヴィス総長やシリル団長を含めた全ての者と、一線を画した付き合いをしているかと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。
想像していたよりもローレンス王とサヴィス総長、シリル団長は親しい間柄のようだ。
私の推測を肯定するかのように、国王は楽しそうにサヴィス総長に視線をやった。
「酷い言われようで、悲しくなるな。だが、サヴィス、そういう意味では、お前が私と騎士との面談に同席したのは2年振りだ。フィーアとは入団式でわざわざ手合わせをしたとのことだし、よほどお気に入りと見える」
国王のからかうような言葉を、サヴィス総長は冷静に受け入れる。
「陛下のお言葉通り、フィーアはオレのお気に入りでしょうね。ただし、オレが気に入らない騎士など、そもそも騎士団に1人もおりませんが」
「相変わらず騎士団は結束が固いな。実態はどうであれ、表向きは綺麗なことしか言わないから、内情がちっとも分からない。実際はここにいるフィーアが物凄くできが悪くて、そのためにお前がわざわざ付いてきたのか、あるいは、本当はできがよくて、お気に入りなのかすら分からないとは。……セルリアン、お前はどう思う?」
国王の呼びかけに反応したのは、だらしない姿勢で階段に座り込んでいた道化師の1人だった。
馬の耳と鈴のついた頭巾をかぶり、青と白の派手な市松模様を基本にした全身タイツを着用している。
お尻からは尻尾まで生えており、片方の足首や腰には飾りと鈴をはめていた。
典型的な道化師の格好をしているけれど、周りに座る他の道化師と異なり、彼だけとても若かった。
10歳くらいだろうか。私よりもだいぶ年下に思われる。
金髪に瑠璃色の瞳のとても綺麗な顔立ちをした美少年だわと思っていると、彼は少年特有の高い声を出した。
「えっえー、僕ですかー? うーん、フィーアは出来が悪い! かな? あははははー」
セルリアンと呼ばれた道化師が笑い出すと、周りにいた2人の道化師も声を上げて笑い始める。
そして、3人でげらげらと、おかしくて堪らないといった様子で笑い続けた。
まあ、楽しそうね。
そう思って、思わずにまりとすると……
「えっえー。何で、フィーアが笑うのさー? 馬鹿にされているのに笑うなんてー、お前、本当に頭が悪いんだーなー」
すかさずセルリアンに突っ込まれた。
国王が自分の意見を確認する相手として、セルリアンを選んだことに―――数多く侍らせていた側近や騎士でなく道化師を選んだことに加えて、明らかにその場で1番年若い道化師を指名したことに―――驚いていたけれど、なるほどと納得する。
これほど素早く的確な反応ができるあたり、セルリアンはとても優秀なのだわ。
私はそう、心の中で思ったのだった。









