139 王様ゲーム1
王都へ戻って1番初めにやるべきこと―――それは勿論、シリル団長への報告だろう。
はっきり言って、だいぶ、かなり、元々の休暇期間をオーバーしてしまった。
私の免罪符は、シリル団長から言われた「第十一騎士団の砦に滞在する間は業務扱いとする」との言葉で、そのことは正しく守っていたから問題ないはずだ。
―――『黒竜不在時の霊峰黒嶽における竜たちの移動状況を確認する』という、あまり実体のない業務を理由に滞在期間を延長したことは、シリル団長に分かるはずないのだから、堂々としているべきだろう。
私はシリル団長の執務室の扉をノックすると、普段より大きな声を出した。
「おはようございます、シリル団長! フィーア・ルードです」
それから、扉を開けて入室すると、執務机でペンを走らせていたシリル団長と目が合った。
「フィーア、お帰りなさい。休暇はどうでしたか?」
シリル団長はすぐにペンを机の上に置くと、笑顔で私を見つめてきた。
私は執務机の前まで歩み寄ると、元気よく返事をする。
「素晴らしかったです! 久しぶりに姉に会えましたし、お友達にも会えましたから」
そのお友達は王都まで一緒に付いてきてくれて、今は私の部屋で大人しくしているはずですけどね、と思いながら話を続ける。
全ての騎士が従魔を従えていた魔物騎士団とは異なり、第一騎士団の騎士は従魔を持っておらず、そもそも魔物を従えるという考えがない。
そのため、魔物騎士団にいた時とは異なり、ザビリアを肩に乗せて過ごすのは止めた方がいいだろうと、勤務時間中はザビリアと別行動をすることにしたのだ。
ザビリア自体も竜たちと連絡を取るなど、やるべきことがあるようで、あっさりと別行動を受け入れた。
私の報告を聞き終えたシリル団長は、笑顔のまま嬉しそうな声を出した。
「あなたの休暇が実りあるものだったようで、私も嬉しいです。ところで、フィーア、休暇前に予告していた国王陛下との面談ですが、サヴィス総長が王都に戻り次第、実施したいと考えていますがよろしいでしょうか」
そうでした、国王との面談を予定していると事前に予告されていたのでした。
けれど、そのこととサヴィス総長の帰還とは何か関係があるのでしょうか?
頭に浮かんだ質問は不躾すぎるように思われたため、そのまま口にするわけにもいかず、尋ねやすい質問に変える。
「サヴィス総長はどちらかへお出かけですか?」
お忙しい騎士団総長ですから色々と用事はあるのでしょうけどね、と考えながら尋ねると、シリル団長はふっと唇を歪めた。
「ええ、毎年のことですが、総長は陛下との面談時期になると、必ず王都を離れる用務を思い付かれるのです。今回は地方の騎士団の視察に出掛けられており、数日中に戻ってくる予定です」
シリル団長の含みのある言い方に、何かあるのかしらと気にはなったものの、巻き込まれてなるものかと笑顔を保ったまま返事をしないでおく。
すると、シリル団長は綺麗な笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ふふふ、ですが、陛下は総長のご令兄様ですし、私にだけ全てを押し付けるのはいかがなものかと思いますので、あなたの面談には総長もご同席していただこうとスケジュールを調整しているところです。敬愛すべきサヴィス総長が同席されても、問題ありませんよね?」
勿論、縦社会の住人である私に、否と答える権利はないのだ。
「ええと、陛下との面談は、私以外は全て終了しているんですよね? ということは、サヴィス総長が国王陛下との面談に同席されるのは、私の時だけですか? ……光栄です」
あ、シリル団長が好きなだけ休暇を延長していいと、気前よく申し出た理由が分かったわよ。
勿論、根が優しい団長ですから、親切心からの発言だったことは間違いないでしょうけれど、恐ろしく記憶力がいい団長でもありますから、毎年の総長の行動からこうなることを予想していたことも間違いないでしょう。
「し、してやられた!!」
友人の名の下にサザランドを訪問させられたことといい、最近の私はシリル団長の手のひらで転がされている気がする。
勿論、結果だけ見れば、サザランドを訪問したことも、霊峰黒嶽の訪問期間を延長したことも、どちらもよかったことなのだけれど、団長の思い通りにコロコロと転がされている過程が何とも歯がゆく思われる。
そう団長に告げると、心外だという表情をされた。
「何を言うかと思えば……、いつだって振り回されているのは私の方ですよ。あなたをコントロールできればと心底思いますが、いつだってままならないのが人生ですからね」
何と、ちょっと苦情を言ってみたところ、人生という大きな話として返ってきてしまった。
脱力した私は、許可が出たのをこれ幸いと、失礼しますと言いながら団長室を後にした。
◇◇◇
1日の勤務を終えて部屋に戻ると、ザビリアはいなかった。
「やっぱり」
あのやんちゃな子が、大人しく部屋にじっとしているわけはないのだ。
分かっていたわよと考えながら、出窓のスペースに置いていた剣を手に取る。
手にずしりとくる美しい剣は、第十一騎士団の砦から持って帰ったシリウスのそれだった。
長身のシリウスに合わせて作られているため、私には長すぎて使えないけれど、お守り代わりとして部屋に飾ることにしたのだ。
「…………」
剣を手にする度に、同じ部位に視線が引き付けられる。
なぜならシリウスの黒剣は、300年前と異なる箇所が1つだけあったからだ。
柄の下部に宝石がはめ込まれているのだけれど、300年前のそれは銀髪白銀眼のシリウスを表す美しい銀色の宝石だった。
それが、今では赤色の宝石に代わっている。
300年経つ間に持ち主が代わり、装飾用の宝石が代えられたのだろうか。
考え込んでいると、窓からお友達が飛び込んできた。
「フィーア、ただいま! それから、お仕事ご苦労様」
「ザビリア!」
私は剣を元あった場所に戻すと、急いでザビリアに駆け寄る。
ザビリアは私が用意していたブルーダブグッズを身に着けておらず、縮小化しているとはいえ黒竜の姿だった。
誰にも見られなかったでしょうね、と窓から顔を出してきょろきょろと辺りを見回していると、ザビリアののんびりした声が聞こえた。
「見られるようなヘマはしていないよ。それに、北の砦で思ったんだけど、黒竜が縮小化するなんて思いもしないだろうから、案外このままの姿でもいけるんじゃないかな」
確かにザビリアは、第十一騎士団の砦において、縮小化しただけの姿で過ごしていた。
霊峰黒嶽を訪問した際には、まさかザビリアが一緒に王都に戻ってきてくれると考えもしなかったため、ブルーダブ変身グッズを持参していなかったからだ。
そのため、ザビリアはミニ黒竜の姿で砦の中をうろうろしていたのだけれど、そんなザビリアを目にした砦の騎士たちは誰一人『黒竜か!?』と疑うことなく、それどころか独自の解釈を始めたのだ。
「フィーア、お前が肩に乗せているのは鳥か? トカゲのようにも見えるが、翼があるし鳥だよな? 初めて見る形状だが、霊峰黒嶽にはこんな鳥がいるんだな」
「お前、少しは世話をしろ。羽がごわごわして鱗みてぇじゃねぇか。洗ってやったらどうだ? 汚れすぎて、色も真っ黒になっているぞ」
「ははは、確かに上手い具合に汚れて、黒っぽい色になっているな。魔物にとって黒は極上だから、その色を羨んだ魔物に喰われないように気を付けるんだぞ。こんな弱そうな生物、気を抜いたら一発で喰われちまうからな」
なんて感じで、誰1人として疑いもしないのだ。
……でも、案外そんなものかもしれない。
まさか黒竜が小さくなって目の前にいるなんて、考えもしないだろうから。
「うーん、確かに細かいことを気にしない騎士たち相手ならバレないかもしれないわね。でも、そろそろ寒い季節だから、必要だと思ったらブルーダブグッズを着用してちょうだい。幸運なことに、バレたとしても黒竜は王国の守護聖獣だから、『ははあ』と誰もが跪いている間に逃げればいいわ」
「なるほど、僕が黒竜だと分かった途端、騎士たちは恐れ敬って僕に跪くってこと? そういうことを本気で考えているあたり、そして、そんな考えを修正せずに済んでいるあたり、フィーアは大物だよね」
「……それは、褒めているようで貶しているという高等テクニックかしら?」
ザビリアをじとりと見つめると、邪気がなさそうな表情で見つめ返される。
「まさか、フィーアが気付かない可能性が高いのに、婉曲な嫌味なんて言わないよ。僕は純粋に褒めたんだよ」
「まあ、それはありがとうございます。王様に褒められるなんて、至極光栄ですわ!」
そんな風に以前と変わらない会話をザビリアと楽しんだ後、私は早めにベッドに入った。
なぜなら、王都に戻ってきたのは昨日のことだ。
何だかんだで、私はすごく疲れていたのだ。
窓際に近付くとシリウスの剣を手に取り、ベッドに引き入れる。
お守り代わりに、シリウスの剣を枕元に置いて眠ろうと考えたからだ。
ザビリアとシリウスの剣。この2つと一緒に眠れば私は完全に安心だわ、と思ったのも束の間、私はすぐに眠りに落ちた。
そして、私がベッドに入った途端に眠るのはいつものことだったので、ザビリアとシリウスの剣がどれほど安眠に効果的かは不明のままだった。
シリウスの剣と安眠との相関関係は、未だ解明されていない。